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08

 あの事件からミネルバの態度が変わった。


元々必要以上に言葉を交わすこともなかったのだが、あの日以降ミネルバは故意にリースを避けているようだった。


イヴはあの事件以降刺された箇所の状態が悪く屋敷で一日の大半を寝て過ごしている。


どちらにしろ、しばらくは医院への出勤は控えてもらおうと思っていたから丁度良かった。イヴがいない間に色々と必要なモノを揃えることができるのだから。


「ミネルバ、最近疲れているようだけど大丈夫かい?」


リースは後片付けをしているミネルバの後ろに静かに立つと優しい声で問いかける。


ミネルバは勢いよく振り返るとその顔には驚きと畏怖が混ざっていた。


「い、いえ。大丈夫ですリース先生、最近考えることが多くて……」


慌てて表情を繕ったミネルバはリースから距離を取るようにして奥の備品棚の方へと後ずさる。


「悩み事なら力になるよ?それとも誰にも言えないような事なのかい?」


リースは笑みを浮かべたままミネルバの顔を覗き込むようにして距離を詰める。


「っ……。本当に大した事ではないんです。お気遣い有難うございます。ここの片付けは終わりましたので施錠を確認したら帰ります。お疲れ様でした」


ミネルバは早口でそういうとまるで逃げるかのようにして部屋を出て行った。


ミネルバは大十字架に貼り付けられていた遺体が誰のものか気づいているのだろう。それにイヴのこともだ。あの状況を見て疑問を抱かないはずがない。


医院の看護師が減るのは避けたかったが、そうも言ってられない。ミネルバにはイヴのために働いてもらうことにしよう。


◇◇◇


 屋敷に帰るとイヴは土気色の顔をしてベッドで寝ていた。


あの日以降刺された傷口から腐敗が始まり、全身に血が巡りにくくなってしまった。生者であれば日ごとに傷口は塞がっていくがイヴの体は受けた傷が塞がることはない。


こうなると、早急に新しい新鮮な臓器と取り替える必要がある。


リースは寝息すらたてることなくベッドで横になるイヴの額に軽く口づけを落とすと、地下室へと向かった。


地下室にはいくつもの薬品が詰まった瓶が並んでいる。


草のようなものから動物の何か……それに人のような何かまで置かれている。


リースは無数に並ぶ瓶の中から緑色の小瓶を取り出すと小さな注射器で瓶の中の透明な液体を吸い出していく。


注射器二本分の液を取り出すとそれを机に置かれたいつも診療に使っているバッグに丁寧にしまう。


明日は忙しい一日になりそうだ、それに新しい看護師も探さないといけないな。


リースがバッグを持ち地下室を出ようとすると、いつの間にか現れた彼によって止められる。


「おやおや?なんの準備をされてたのですか?」


彼は例のごとく人の良さそうな笑みを浮かべて問いかける。


「別に大したことじゃないですよ」


リースはこの男、メフィストフェレスが嫌いだった。


全てを見通しているくせに何も知らない顔をしてこうして自分の前に立つ。今だって私が何を準備していたかを知っていて問いかけているのだろう。


「う〜ん、つれないですねぇ。まあ、私は貴方が何をしようともお止めしませんよ、私はただ対価さえ支払って頂ければ良いので」


そう言って空にふわふわと椅子に座るような姿勢で浮いている彼は金貨を親指で弾き高く飛ばす。


金貨はくるくると回転しながら再び彼の手元へと落ちてくる。


「う〜ん、裏ですか。これはこれは」


彼がどうしたものかとこれ見よがしに悩むそぶりを見せてくるので、リースは仕方がなく彼に問いかける。


「コインが裏だと何か問題でも?」


リースが話しかけると彼は嬉しそうにリースの方を向き一瞬のうちに距離を縮める。


「いやあね、このコインは特別なコインで滅多に裏は出ないのですよ。裏が出る時は不吉な何かが始まる時……何も起こらなければ良いのですが」


「悪魔でもそんな迷信じみた事を気にしたりするんですね。それじゃあ、私はもう休みますので」


そう言って彼に背を向けて階段を上り始める。


「イーヴリースさん、彼女は生かしておいた方が良いでしょう。私がお伝えできるのはこれだけです」


リースが振り返るとそこにはすでに彼の姿はなく、暗く静まり返った地下室があるだけだった。


◇◇◇


ミネルバの手記


 私の身に何かあった時のために手記を残すことにした。


666.Mouv.13


 あの日からリース先生の私を見る目つきが変わった。


元々必要以上に会話をする先生ではなかったが、あの日から私を見るその目がまるで次の獲物の品定めをしているかのようなそんな恐ろしさを感じるのだ。


あの日見た光景は忘れようとしても忘れられずに脳裏にこびり付いている。


彼女の腹部から流れた血は間違いなく生者のそれとは違っていた。


それにリース先生のあの落ち着きよう……最愛の恋人が目の前で刺されたというのに淡々と模範通りの処置をこなしていくなんて。


あの日以降彼女は医院に来ることがなくなった。


正直どんな顔をして彼女に会えば良いのかさえ分からなかった私は心底ホッとした。


リース先生は刺された傷の治りが悪く自宅で療養していると言っていたが、果たして本当なのだろうか。


最近では大十字架の事件のせいで魔女狩り隊の活動も活発化している。


もし、彼女が魔女ならば一刻も早く魔女狩り隊にこの事を教えた方が良いのではないだろうか。


きっとリース先生も彼女の力で惑わされているに違いない。







お久しぶりです!

亀更新ですが完結までお付き合いいただけると嬉しいです。

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