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07

 医院に招き入れた人物は予想通りに薄汚れており、一目で浮浪者だと判断できた。


「開けて頂いてありがとうございます。腹が痛くて痛くて……」


浮浪者はそういうと両手で腹部を押さえつつリースの後に従って診察室へと向かう。


診察室に入るとイヴは準備を済ませて、診察室のリースの座る椅子の後ろに控えていた。


リースは浮浪者を丸椅子に座らせると簡単な問診をして、横にあるベッドに仰向けになって寝るように指示をする。


リースはその間に置いてあった聴診器などを取ろうと浮浪者に背を向けると、立ち上がった浮浪者はいきなり隠し持っていたナイフを取り出しリース目掛けて突き刺した。


勢いよく突き刺されたナイフはリースの背中に刺さる事なく浮浪者の手元から離れる。


ナイフはリースを庇って間に入ったイヴの腹部に刺さっていた。


ドンッ!とリースの背にイヴがぶつかり振り返ったリースは自分の方へふらりとよろめくイヴの腹部を見て目の前が赤く染まる。


「そ、その女が急に飛び出してきたんだ!ただ俺は少し金をもらえればそれで……」


浮浪者は自分の予想外の人物にナイフを刺してしまった事に動揺しているらしく、訳のわからないことを繰り返している。


リースはイヴを自分のかけていた椅子に座らせると、そのまま真っ直ぐ浮浪者の側まで歩み寄り上着の内側に隠していたナイフで心臓をひと突きにする。


苦悶と驚きの表情をしながらまるでスローモーションを見ているかのようにゆっくりと床へと倒れる浮浪者を冷たい目で見つめながら自分の足元に這いつくばるようにして動かなくなった遺体の頭を踏みつける。


「貴様らのような蛆虫達はいつも彼女の優しさにたかる。ほんと、見ているだけで虫唾が走るよ」


リースは診察室の床に赤い血溜まりを作り続ける死体をそのままに、椅子に座って震えているイヴの元にいく。


「イヴ大丈夫かい?痛みはあるかい?」


イヴの顔色はひどく悪いが、これは刺された部位から出血が止まらないからだろう。


イヴの体は死体と同じだ。出血はゆっくりと流れ続け傷口を縫わない限り止まる事はない。


不安げに揺れるイヴの瞳を見て一刻も早くイヴの体を修復しなければと奥の手術室へと運ぼうとするが、騒ぎを聞きつけたミネルバが運悪く診察室に入ってくる。


ミネルバは床に倒れている浮浪者と腹部にナイフが刺さったままのイヴの両者を見てからリースに視線をやる。


「これは……一体……」


「ミネルバ、そこの男は患者を装ってこの医院に強盗目的でやってきたんだ。見ての通り、イヴが刺された。今から緊急手術をするからここの後処理を任せられるかい?」


有無を言わさぬ雰囲気で指示を出すリースにミネルバはその場で頷き、視線だけイヴの方へとちらりと向ける。


リースの影になっていてハッキリとは見えないが、ナイフの大きさと刺された部位に対して出血量が少なすぎる?


本来あの場所を刺されていたら出血多量でショック状態を起こしていてもおかしくないのにイヴは体を震わせてはいるものも意識もハッキリとして椅子に自力で座っているように見える。


それに血の色が異様に黒っぽいのだ。そう、まるで随分前に亡くなった遺体から流れ出すようなそんな血の色をしている。


「ミネルバ!早くお願いできるかな?」


ミネルバの意識を戻したのはリースの声だった。


呼びかけられて視線を向けた先にいたリースの表情はいつもの優しげなものではなく、暗い闇の中からこちらを見つめるおぞましい彼の者のような瞳だった。


ミネルバは背中にひんやりとした汗が流れるのを感じ、慌てて診察室を出て行った。


「イヴ、動けるかい?このままだと血が止まらないから奥の手術室で処置をするよ」


イヴは弱々しく頷くと椅子から腰を上げてリースの肩を借りて手術室の寝台に横たわる。


「リース、痛みはないのだけど……なんだかふわふわして力が入らないの」


「大丈夫だよイヴ、出血量が少し多いからそのせいで上手く力が入らないんだ。このまま傷口を手当てするから、イヴは目を瞑って楽にしていて」


いつもより淡々と話すリースに対してイヴは困った表情を浮かべて問いかける。


「リース、私が貴方を庇った事怒ってる?」


「……少し怒ってるよ。もういいから、少し休んでいて」


リースはイヴの瞳の上に手をかざすとイヴに目を瞑るように促した。


イヴの体の損傷具合は思っていたよりも深部まで達しており、人間であれば致命傷になっただろう。リースは湧き上がる憎悪を抑えながらできる限り綺麗に血管や筋肉などの組織を縫合した。


二時間ほどに及んだ処置は無事に終わり、最後に出血した分の血液を輸血した。


今週分にと取っておいた血液があって良かった。そうじゃなければ、血の気を失って死体のような肌色のイヴを連れて屋敷まで戻らなければならないところだった。


イヴの処置を終えて診察室に戻ると、すでに床は綺麗に掃除されており浮浪者の遺体もそこにはなかった。


診察室の机の上には置き手紙があり、そこには浮浪者の遺体は遺体安置室へ置いておきましたと書かれていた。


どうやらミネルバは先に帰ったらしい。


机にあった置き手紙をその場でグシャッと握りつぶすとリースはそのまま遺体安置室へと向かった。


 安置室に置かれた遺体には布がかけられており、布をめくると浮浪者の顔が現れる。


「死んで楽になれると思うなよ。貴様には死んだ後も永劫に続く地獄を味合わせてやる」


◇◇◇


 医院に強盗が入ってから数日後、ルーベン地区にある教会の大十字架に見るのも悍ましく切り裂かれた遺体が張り付けられた状態で発見された。


遺体の損傷が激しく身元を割り出すことも難しかったため、その遺体は火葬された。


この事件は強盗や殺人が珍しくないルーベン地区の中でも一際異様さを放っており、住民達に恐怖を植えつけた。









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