04
辺りが闇に沈む頃ようやく屋敷まで帰ってくることができた。
急いでイヴが待つ部屋へと駆けつけると、扉にかけたいくつもの鍵が出かける前と変わらずにかかっている事に安堵する。
鍵を開けて部屋へ入るとイヴは窓の側に立って外を眺めていた。
「イヴ?帰ったよ」
リースがイヴの近くまで歩み寄るとイヴは儚げな笑顔を浮かべて振り返った。
「リース、お帰りなさい。帰りが遅いから心配したわ」
出かける前よりも表情が明るくなったイヴを見てルースは思わず小さく息を漏らす。
「イヴ、まだ体が本調子じゃないだろう?ベッドで休んだらどうだい?」
「リースありがとう、けど大丈夫よ。まだ色々と受け入れ難いこともあるけど今日一日考えてだいぶん心の整理もついたから」
そう言って笑ったイヴの顔は生前よく見せていた笑顔で、リースは思わずイヴを抱きしめる。
「君に辛い思いばかりさせてしまってごめん」
痩せて骨張ってしまった腕を震わせながらイヴを抱きしめると、イヴもそれに応えるかのようにリースを抱きしめる。
「リース、泣かないで?私は平気だから。それより貴方随分痩せたんじゃない?そんなんじゃ患者さんに心配されてしまうわよ?」
イヴがリースの顔を両手で挟み見つめながらそういうと、見つめ合いながらお互い思わず笑みが溢れる。
「確かにそうだね、もう少し健康的な体に近づけたほうが良いかも」
「良いかもじゃなくて近づけるの!」
今までの距離感が嘘のようになくなり、ようやく生前のイヴを取り戻したような気がしてリースはこの日初めて神に感謝した。
◇◇◇
夜もすっかり深くなりルースはベッドで横になるイヴの隣りに座り、イヴが知らない空白の3年間の出来事を話して聞かせる。
「そういえばリース、病院の方は大丈夫なの?ここにはメイドさん達もいないようだし……それにずっと私につきっきり」
「あぁ、実は研究のために前勤めていた病院は辞めたんだよ。だけど安心して、本家に掛け合ってこの近くに小さな医院を作ってそこで働くことにしたんだ」
「!そうだったの……。私のためにごめんなさい」
「何を言うんだい!僕にとって君より大切なものなどありはしないんだから!それに、イヴも元気になったらまた私の助手として手伝ってくれるだろう?」
そう言ってイヴに笑いかけると、イヴは一瞬驚いたように瞳を丸くしてから笑顔で頷く。
「もちろんよ、リース。早く貴方と一緒に働けるよう頑張るわ」
「それじゃあ、今晩はもうお休み。明日からは少しづつ日常生活を送れるように訓練しよう」
イヴに優しく口づけを落とすとリースは部屋に鍵をかけて地下室へと足を進めた。
一番心配だったイヴが今の現状を受け入れることができるかについては問題なさそうだ。
あとは定期的に薬剤を点滴で入れるのと、血液を輸血することをうまく納得させる必要がある。
それにイヴが生きていた頃よりもこの国はより貧富の差は大きくなり、王政も徐々に綻びが出てきている。二人で安心して暮らすためにも将来はこの国を捨てどこか安全な国へ移ることも考えた方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら地下室に着くとすぐにストックしてある血液を取り出し、血液洗浄機にかける。
今は売春婦から血液を取ることしかできないが、医院を始めれば他の者からも血液を取ることができるだろう。
それにこのルーベン地区は捨てられた町。ちょっと基準の量より多く採血したって誰も咎めるものなどいない。
イヴの体を維持するには一週間にだいたい15ℓは血液が必要になる。15ℓもの血液を得るには基準の献血だけでは間に合わないだろう。
一週間に約3人分の血液を集めなければならないのだ。
イーヴリースはまだ気づかない。
悪魔の指先が自分のすぐ背後まで忍び寄っていることを。
◇◇◇
あれから一週間ほど経った。
イヴが今置かれている自分自身のことを受け入れてくれたことでリースの生活は変わった。
以前は点滴のみで食事をすることもなかったが、イヴが手料理を作ってくれるようになり少しづつ食事をするようになった。
さらに、進めていた医院も無事に開設しまだ患者は少ないが少しづつ着実にリースが思い描いていた通りに物事が進み始めた。
「じゃあ、行ってくるよ」
そう言って玄関先まで見送りに来たイヴの頬に行ってきますのキスをするとリースはルーベン地区の中心に建てた自身の医院へと向かう。
医院には自分以外に二人の看護師が勤めている。二人ともウィンザー家の息がかかった優秀な人物だ。
いつも通り診察室に着くと、今日の予定を確認する。
先週は思ったよりも患者が多かったので血液の採取量も十分に取れたが、今週はこのままだと3ℓほど足りなくなりそうだ。
患者からは基準の採血量よりもかなり多い量の血液をとっている。これ以上量を増やすのは危険だ。ではどうする?このままだとイヴの体を維持することが難しくなってしまう。
リースが頭を悩ませていると、看護婦の一人が慌てて診察室へと駆け込んでくる。
「イーヴリース先生!大変です、急患です」
「患者は?」
「はい、この町の売春婦で年齢は20歳ほど、腹部を刺されて出血が止まらないと……身寄りはいなくたまたま見つけた町の人がここまで連れてきました」
リースはこの時、これは神が自分に授けた褒美なのだと思った。
「分かった、すぐに手術をするから部屋の準備を。そして出血している血液を無駄にしないようできるだけ確保してくれ」
そう言い、リースは運び込まれた患者の元へと向かった。
患者はリースが以前血を買ったことがある売春婦だった。
何度か金を払って血を取らせてもらったが、次第にこちらのことを探るようになったので行くのをやめたのだ。
こんなに出来すぎた話はあるだろうか?
ここで彼女の体から全ての血を抜けば今週不足している量を確保できる。それにこの女は放っておけば厄介な存在になるかもしれない。
リースは笑みを浮かべると、術場の準備をしていた看護婦を下がらせ台の上で痛みに苦しみながら悶える女に向き直った。
お久しぶりです!
ちょっと交通事故にあってしまい執筆が中断していました。
完結目指してまた頑張ります。