御華との出逢い
あの子を見た時から、
私はあの子に夢中になった………
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私があの子に初めて会ったのは、父に連れられて病院に行った時だ。
「ねぇねぇ、ここにお母さんが居るの?」
同時、幼く小さかった私は、父のズボンを引っ張りながら病院を指さしして聞いた。
「ああ、そうだよ」
父は、私の頭を撫でながら、嬉しそうに言った。
「やったー!久しぶりに会えるーー!」
私は、大はしゃぎした。
数日間、母と会えなくて寂しかったからだ。
だから、
「ふっ、砂樹はきっと驚くだろうな………」
はしゃいでいた私は、父が呟いていたのが聞こえてなかった。
「ねえねえ!早く行こう!」
嬉しくて堪らなかった私は、父のズボンを引っ張り、急かした。
「ああ!早く行こうか!」
父も嬉しくて堪らなかったのか、大声を上げて、病院に早足で向かって行く。
「うん!」
私も、父の後を追うように早足で着いていく。
しかし、
「はぁ………まっ……てぇ………はあはあ」
大人の足と、子供の足では、雲泥の差があり。
どんどん距離が伸びるばかりだった。
私は、息を切らしながらも父に呼掛けたが。
離れ過ぎていたのか、声が届いていなかった。
そんな状況、普通なら諦めて歩くだろうが、
「はぁはぁはぁ」
私は諦めるのが嫌で、病院まで走りきる事を目標にした。
しかし、
「ごめんな砂樹。走る早さを考えてなくて」
先に病院に着いた父が、私が居ない事に気づいて、大急ぎで戻って来たのだ。
「だい……じょぅ……ぶ………はぁはぁはぁ」
慌てて戻って来た父に対して、私は大丈夫だと伝えながらも走る。
「全然、大丈夫そうに見えないよ!なんでまだ、走っているんだ」
父の疑問に、
「諦め……はぁはぁ…堪るはぁはぁはぁ………かぁ~~!」
私は精一杯、気持ちを叫んだ。
「はぁ~、その諦めない精神は妻譲りか……」
父は、ため息をついて納得してくれた。
「先にはぁはぁ……待ってて……」
私は父にそう言って、走る速度を上げる。
上げると言っても、幼く、体力が無かったから、些細な変化だったけどね。
「いや、納得してないからね!」
父はそう言って、私を止めようと腕を伸ばして来る。
「諦めてぇ………はぁはぁ堪るかぁ~~!!」
諦めたく無い一心で、力を振り絞って父から逃げる。
スカ
「えっ……」
父は驚いた。
体力が限界だと思っていた娘が、まだ走れる事に。
それと同時に、
(負けず嫌いな所も似ているのか。子は親に似るって言うけど。性格まで似るなんてあるんだね……)
父は、遠い目をして染々思った。
それからは、頑張る娘を微笑ましく見守る事にした。
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「はぁー………はぁー………はぁー………」
何とかたどり着いた私は、喜びを感じる前に、息切れを起こしていた。
「はぁー……はぁー……はぁー……はぁー……」
ポンポン
「よく頑張ったね。お疲れ様」
息を吸ったり、吐いたりしていた私の頭を、しゃがんだ父がそう言って撫でてくれた。
「はぁー………はぁー……うん!私の勝ち!」
何とか息を整えた私は、父に向かって勝ち誇った。
「はぁー、何処までソックリなんだ………それより砂樹。無理してまで頑張るのは良くないぞ」
ペシ
父はボソッと何かを呟いた後、私の頭を軽く叩いて叱った。
「痛い……」
私は、叩かれた頭を押さえて蹲った。
「えっ、ごめんな砂樹!痛かったか?!」
蹲る私を見て。
父は慌てふためいていた。
「うんうん、大丈夫!」
慌てるお父さんを見ていたら、痛いのが何処かに飛んでいちゃった。
「そ、そうか~。それなら良かった」
父は、胸を押さえて、ホッとしていた。
そんな私達、父娘を見ていた人達が、
「仲が良い父娘ね」
「癒される~」
「未来が思いやられる。娘を送り出す父親の辛さが……」
「過保護なお父さんタイプね」
「可愛らしい幼女!」
「おっ!確かに!」
「うん?貴方は!」
「まさか!」
ガシ!
「「同志よ!」」
「あの。ちょっと警察署までご同行願えますか?」
「「へっ?」」
「あなた達は、幼女を誘拐する可能性がありますから」
「いや、誘拐なんてするわけ無いでしょ!多分……」
「そんな事したら犯罪者になってしまうのでやりませんよ。多分……」
「貴方達は、犯罪者予備軍があるので、来てもらいましょう」
ズルズル
「しない!しないからーー!」
「いやぁーー!」
変な男の人達が、引っ張られて行く所を見た私は、
「ねぇねぇ、あの人達。何で引きずられているの?」
父の服を引っ張り、引きずられている人達を指さし聞いたら、
「え?………何か悪いことをしたから連れて行かれているだけだよ」
父は、引きずられている人達を見た後、私の頭を撫でて教えてくれた。
「そうなんだ!」
私は素直に、父の言った事を信じた。
「うんうん、そうだよ。それよりも、お母さんに会いに行こうか」
何度か頷いた後、父は立ち上がり。
私に手を差し出して、そう言った。
「うん!お母さんに会いに行く!」
父の手を両手で掴んで、返事をした。
______________
「砂樹。ここが、お母さんが居る病室だよ」
そう言って、父が見せてくれたのは。
来る途中に何度も見た、ドアだった。
「ねぇねぇ、どうして分かったの?」
私は父のズボンを引っ張り、どうして分かるのか聞いた。
「あっ、そっか。砂樹、持ち上げても良いかな?」
何かに気づいた後、父は私に聞いてきた。
「うん!良いよ!」
返事をして、私は両手をばんざーいした。
「うん、ありがとう。それじゃあ、持ち上げるよ」
父はそう言って、私を持ち上げた。
「わぁーい!」
私は、はしゃいでいた。
広く、高い視界。
それが、楽しかったからだ。
「そんなに楽しいのかい?」
微笑ましく見ていた父は、気になったのか聞いてきた。
「うん!楽しいよ!」
私は、満面の笑みを浮かべて言った。
「そうか。なら、良かったよ」
父は、瞳を細めて、嬉しそうに言った。
「あっ!お父さん!どうして分かったのか教えて!」
はしゃいでいた私だったが。
父に教えてもらう為に、持ち上げられたのを思い出して聞いた。
「あぁ、そうだったね。どうして分かったのか。それは、ドアの横にある、名札を見れば分かるよ」
父が、名札に近づいて教えてくれた。
「あっ!本当だ!」
確かに、これなら間違えないね!
「疑問も解決した事だし。お母さんに会いに行こうか?」
私を持ち上げたまま、父は聞いてきた。
「うん!」
私は、ワクワクしていた。
この向こう側に母が居ると分かったからだ。
「それじゃあ、行こうか」
ガラガラ
父がドアを開けて、一緒に入ると、
周りは白い壁だった。
「あれ?!お母さんは!」
すぐに、母に会えると思っていた私は、驚いて父に聞いた。
「大丈夫。ちゃんと居るから」
父は、私の頭を撫でて落ち着かせてくれた。
「なら、良かったぁ~~~」
父の、優しい声と、撫で撫でに。
疲れ始めていた私は、眠くなってきた。
「砂樹。まだ、眠っては駄目だよ」
父は、そう言って、撫でるのを止めた。
「もっとぉ~~~」
もっと、撫で撫でて欲しかった私は、頭を父の胸に擦り付けてせがんだ。
「駄目。寝てしまったら、お母さんに会えなくなるよ?」
「うっ、それは嫌」
父の言葉に、泣く泣く我慢する事にした。
「うん。良い子だ」
そう言って、父はまた、頭を撫でた。
「ふぁ~~~~~~はっ!お父さん!」
ペシペシ
危うく寝る所だった、私は。
ギリギリの所で意識を取り戻して、父を叩いた。
「あっ、つい癖で。ごめんな砂樹」
そう言って、手を頭から離してくれた。
「もう!」
父から顔を背けて、頬を膨らました。
「悪かったよ。だから、怒らないでくれ」
何とか、父は私を落ち着かせようとするが、
「ふん!」
私はそっぽを向いて、無視をした。
「これでも駄目か。なら、切り札を切るしかないか………」
父は、ボソッと何かを言った。
何を言ったのかが気になったが、怒っていたので聞けなかった。
「砂樹。怒ったままだと、お母さんに会わせないよ」
「えっ………」
父の言葉に、私は呆然としながら、父を見た。
「仕方ないだろう。久しぶりに会う娘が怒っていたら、嫌われたと思って、お母さんが傷ついてしまうからね」
「うっ……」
父の言葉は、私の胸に深く刺さった。
「砂樹はどうしたい?」
そう言って、真っ直ぐに見てくる父に、
「お母さんに会いたい………」
私は目を逸らしながら、小さく言った。
「砂樹。思いを伝える時は、ちゃんと目を見て言うんだ」
いつもの優しい父からは、想像が出来ない程、有無を言わせない声で言われた。
「う、うん………」
私は、返事を返したが。
怖くて目を見て言えなかった。
そんな私を見て、父は、
「はぁ、帰るか?」
帰るか問い掛けてきた。
「嫌!」
私は、お母さんに会えないまま帰るのが嫌で、咄嗟に言ってしまった。
「じゃあ、どうしたい?」
父は、また真っ直ぐに私を見て、問い掛けてきた。
「おか………っ!お母さんに会いたい!」
言い淀んでしまったが、お母さんに会いたくて。
頑張って、父の目を見て言いきった。
「うん、砂樹の気持ちはちゃんと伝わったよ。お母さんに会いに行こうか?」
「うん!」
父の言葉に私は、笑顔で返事をした。
父は、病室の中を進んで行き。
左側奥の壁に話し掛けた。
「湯樹菜さん、入っても良いかい?」
すると、
「大丈夫よ」
中から、母の声が聞こえた。
「えっ?」
私は、驚いて固まってしまった。
そんな私を見た父は、
「壁ではないよ」
私にそう言って、壁に手を掛けた。
すると、
シャーーーーーーー
壁が開いたのだ。
「お父さん凄い!魔法使いみたい!」
目をキラキラさせて、父を見た。
「砂樹。私は魔法使いではないよ」
父はそう言うが。
壁が移動するなんて、自動ドア?とか言うのしか知らない。
つまり、壁を動かせるのは、魔法以外無いのだ!
「いらっしゃい。砂樹、砂唯さん」
「うん、お邪魔します」
私は、父を憧れの目で見ていたが、お母さんの声が聞こえて来た。
聞こえた方を見ると、
「あっ!お母さん!」
そこには、会いたかったお母さんがいた!
私は、父の腕の中で暴れて行こうとしたが、
ペシ
「暴れては駄目だよ。怪我をしてしまうからね」
「はーい……」
父に叱れた。
「はぁ、反省していないよね?」
父の問い掛けに、私は顔を反らした。
そしたら、
「ふふ、仲が良いわね」
お母さんが笑った。
私は、首を傾げて、疑問を投げ掛けた。
「何で、笑っているの?」
「笑いどころではありませんよ。湯樹菜さん」
父は、呆れていた。
「ご、ごめんなさい。あなた達のやり取りが面白くて」
「面白いー?」
私は、疑問符がさらに増えた。
「はぁー、湯樹菜さん。砂樹は、貴女に似ていますよ」
父は、お母さんにそう言った。
「顔が?」
父の言葉に、お母さんはそう問い返した。
「それは、産まれた時から知っている事でしょう。私が言いたいのは、性格の事ですよ」
父は、呆れを多分に含んだ返事をした。
「ふふ、そんなの、親子なのだから当たり前じゃない」
父の言葉に、当然でしょ!と、お母さんは返した。
「はぁー、湯樹菜さんと砂樹は、ソックリと言われてもおかしく無いほど似ていますね」
父は、溜め息を吐いて、私とお母さんを見ながら言った。
「じゃあ、この子は砂唯さんに、似るんでしょうね」
お母さんは、隣に顔を向けて言った。
「私に似たら、苦労が絶えない子に育つでしょうね」
お父さんは、苦笑しながら返した。
私は、お母さんが顔を向けた方が気になり見てみると、何かが居た。
「お母さん!そこに誰かいるの?」
気になった私は、お母さんに聞いた。
「うん?そうね。見てからの、お、た、の、し、み」
お母さんはそう言った後、人さし指を口に持っていき、片目を瞬きした。
「見るー!」
気になった私は、父の腕の中で暴れて、抜け出そうとするが、
ペシ
「砂樹。暴れては駄目だと言っただろう。それと、湯樹菜さん。煽っては駄目ですよ」
父はそう言って、お母さんに近づくと、
ペシ
お母さんを軽く叩いた。
「痛い………」
お母さんは、おでこを押さえて呻いた。
「あっ!お母さんを泣かせたーー!」
涙目のお母さんを見た私は、父に向かって攻撃を開始した。
ポコポコポコポコポコポコ
しかし、いくら攻撃しても、父に効いた様子はなかった。
「うぅ、なんでぇー?効かないのぉー!」
私は涙目になりながら、攻撃を続けた。
そんな私を、
「可愛いわね」
「あぁ、自慢の娘だ」
「そうね」
二人は微笑ましく見ていた。
それから、暫くの間、攻撃したが。
結局は、無意味に終わってしまった。
「ぐすっ!ごんどわぁ、かならずぅ~~ぐすっ!たおしてやるぅ~~~!」
「ごめんな砂樹。今度は、ちゃんと殺られたフリをするから……」
泣いた私を、父が泣き止まそうとするが、
「ふぇ、ふぇぇぇぇーーーー!!」
それは、逆効果だった。
「はぁ、砂唯さんは、たまに駄目な時があるのよね」
お母さんは、溜め息を吐いてから、
「砂樹。こちらにいらっしゃい」
そう言って、手招きをして、私を呼んだ。
「ふぇ、おかぁさーーーん!!」
私は、お母さんに向かって、全力で走って行く。
そして、
ドサ
「ぐすっ!おどぉさんが!いじわるするのぉ~~~!!」
お母さんに抱きついた。
ナデナデ
「よしよし。それは、酷いお父さんですね?」
優しく、私の頭を撫でながら、共感してくれた。
「そう、そうなの!私にいじわるするの!」
私は感情のままに言った。
「あの……」
「うんうん、分かるよ。お父さんは、酷い人だよね」
お母さんは、染々と言った。
「うん!そうなの!」
私は、お母さんの言葉に凄く、共感した。
「前なんて、他の女性と浮気していたのよ?」
お母さんは、悲しそうに言った。
「浮気!前、テレビで言ってた!浮気は駄目だって!」
私は悲しそうなお母さんを見て、お父さんに怒りが湧いた。
「だから、それは………「言い訳は駄目よ、砂唯さん」はい……」
何かを言い掛けたお父さんに、お母さんが低い声で遮った。
「お母さん?」
いつもは聞かない声に、怯えながらお母さんに声を掛けると、
「あっ、ごめんなさい。砂樹を怖がらせるつもりは無かったの」
ナデナデ
お母さんは、いつもの優しい声で話してくれた。
「ふぁ~~~~」
撫で撫でと、安心感から、私はつい、欠伸をした。
「ふふ、砂樹。気になっていた事を確認しなくて良いの?」
「ふぁ~~~はっ!そうだった!」
お母さんのお陰で、目的を思い出した私は、お母さんから離れて、気になっていた所に向かって行く。
「見えない………」
着いてすぐに、私は、呆然とした。
中に何がいるのか、ギリギリ見えなかったからだ。
「どうしよう………」
その場で呆然としながら、考えるが、思い付かなかった。
そんな時だった、
「お父さんが手伝って上げようか?」
お父さんが助けに来てくれたのだ!
「うん!お願い!」
私は、両手をバンザーイして、持って持ってとお父さんにアピールした。
「分かったよ」
お父さんはそう言って、持ち上げてくれた。
それによって見えたのは、
ちっちゃくて、可愛い生き物だった。
「可愛い!!お父さん!何これ!」
私はつい、叫ぶと、ちっちゃい生き物は目を開けた。
「ぇぅーー、うー」
何を言ってるのか、分からなかったが。
私に向けて、手を向けたのだけは分かった。
「握ってってことなの?」
首を傾げつつ、お父さんに聞くと、
「そうかも知れないね。握ってみたらどうかな?」
「うん!そうする!」
私は、そう言って、ちっちゃい生き物の手を掴んだ。
そしたら、
「あーー」
私の指を掴んでくれたのだ。
「はぅ!」
私は、その手の柔らかさと、可愛いらしさに心を撃たれた。
「砂樹、言い忘れていたが。この子の名前は、御華。砂樹の弟だよ」
そんな私の耳に、お父さんの言葉が入って来た。
バッ!
「本当なの、お父さん!」
お父さんの顔に近づいて、聞くと。
「あ、あぁ、本当だよ」
引きながらも、お父さんは言った。
可愛い生き物が私の弟だ、て。
「やったーー!!」
私は今、幸せだ!
あんな可愛い生き物が、私の弟だって分かったんだから!
「そんなに嬉しいかい?」
父の問い掛けに、
「うん!」
私は、笑顔で返した。
「お姉ちゃんとして、しっかり弟を守るんだよ」
「うん!私のお嫁さんにする!」
私は決意した。
御華を、立派な、私のお嫁さんにすると!
「砂樹、なんでそうなるのかな?」
お父さんは、笑顔で私に問い掛けて来た。
「だって、お嫁さんにすれば、一生二人で生活するって言ってたから!」
私は、テレビで得た知識を自慢した。
「はぁー、間違ってはいないのだけどね………」
お父さんは何故か、私の言葉に呆れているようだった。
「砂樹。ちゃんとお嫁さんにするのよ?」
そこに、お母さんが話し掛けてきた。
「うん!私、頑張る!」
お母さんの応援を受けた私の決意は、より強固になった。
______________
「湯樹菜さん…………」
砂唯は呆れ果てた。
「ふふ、砂唯さん、勘違いしてるようだけど。私は、二人が仲良くいて欲しいから言ったのよ」
そんな砂唯を見て、湯樹菜は補足説明した。
「ホッ、そうだったのですか。変な勘違いをしてしまってすみません」
湯樹菜の補足に、砂唯は、安堵した。
「でも、砂樹と御華が結婚するのもありね」
最後に、小さく言った湯樹菜の言葉は、砂唯の思考を停止させたのだった。