表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

3 猫のような青年



 これまでの事情を語り終えると、ルシアンナは目を伏せた。


「わたくし、エドウィン殿下は苦手なんです。ああいう体格のいい方を前にすると、この人に殴られたらどうしようかと怖くなってしまって」


 ルシアンナが距離をとるのを、エドウィンは魔法の才能を盾に、王子相手にもお高く止まっている女だと思っているかもしれない。

 我ながら、前世だなんて荒唐無稽(こうとうむけい)な話である。

 どう思っただろうかとラドヴィックをうかがい見ると、彼は驚きに目を丸くして、しげしげと頷いている。


「あの才媛(さいえん)と名高い、カサンドラ伯爵夫人が毒親とは思わなかった。なるほど、君が不安になるのは自然だろうね。まず、誤解を一つ解いておくと、殿下は罪のない女性に手を上げるような真似はなさらないよ」


 罪がなければと、ラドヴィックはわざわざ断った。王子としての役割上、悪党には手を下すこともあるせいだろうか。


「だが、あの方が武術に優れているのも事実だ。大人しい女性には怖いだろうね」


 ラドヴィックの目と声にはいたわりが感じられた。

 まさかなぐさめられると思わず、ルシアンナはラドウィックをじっと見つめた。ラドヴィックは心外そうに肩をすくめる。


「嫌だな。もしかして、殿下をそんなふうに言うなんてと怒ると思った? 俺は不真面目だが、弱い者いじめはしないぞ」

「あ……ごめんなさい」


 失礼な反応をしてしまった。ルシアンナは顔を赤らめる。ラドヴィックは特に気にとめずに問う。


「その小説について、もう少し教えてよ。俺は出てくるの?」

「まさか信じてくださるの?」

「そうだったら面白いなあと思っているだけだよ。半信半疑ってところだ」


 それはそうだろう。からかっているにしろ、冷静に話を聞いてくれるだけでも、ルシアンナとしてはありがたい。


「君が悪役ってことは、主役がいるんだよね? タイトルに『春姫と太陽の王子』と出てくるんだ。主人公の恋の相手が、エドウィン殿下ってことなんじゃないか」

「まあ、よくおわかりになりましたね」


 口元を手で押さえるルシアンナの後ろで、メイベルが息をのんだ。


「簡単な話だ。今、社交界で太陽の王子と呼ばれているのは、エドウィン殿下だけだから」

「主役の名前は、メアリ・スプリングというのです。十六歳。入学式から三ヶ月後に編入してきます」

「この学校に? よほどの事情がない限り、編入も転入もできないが。それに、スプリング侯爵家に娘はいない」


 ルシアンナは内心、驚いた。この遊び人といわれている青年が、あっさりと上位貴族の家族構成を口にしたことに。不真面目で、勉強をさぼってばかりだと聞いている。噂だけで、ラドヴィックという青年は自分に甘い、弱い人間だろうと予想していたのだ。


「俺は名前と顔を覚えるのは得意なんだ」


 ラドヴィックはなんでもないことのように言い、会話を続ける。


「そのメアリ・スプリング? 彼女が本当に現れたら、俺は君を全面的に信じるとしよう。そもそも、破滅したくないなら、君が彼女をいじめなければいいんじゃないか?」

「そう……ですけど」


「恋愛ものなら、君がエドウィン殿下を愛していて、彼女に嫉妬しないとおかしいだろ。毒を盛りたいくらい、殿下を好きなのか?」

「……いいえ」


 数秒迷って、ルシアンナは正直に答えた。ラドヴィックはパチンと指を鳴らす。


「ほら、これで問題解決だ」

「で、でも、何かがきっかけで、わたくしのせいにされるかも。いろいろと不安なんですわ」

「ああ、たまにいる、心配が趣味なタイプか」

「…………」


 反論できなくて、ルシアンナは「むぅ」と口をつぐむ。


「よし、では三ヶ月後、本当に彼女が現れたら、俺もゲームに参加するよ。君の手助けをする。これでどう? 少しは心配がうすれるんじゃないか」

「現れます、絶対に」


「そこまで言うなら、学校を辞めるとか、転校するのはどうだ?」

「お母様がそれを許すと思いますか」

「たしかに、そうだな。とりあえず、三ヶ月後だ。俺も調べてみるよ。貴族には愛人や隠し子なんかの秘密がつきものだから」


 ラドヴィックは気まぐれな猫みたいな仕草で、長椅子から立ち上がる。


「そろそろお(いとま)しようかな。ちょっとだけパーティーに顔を出さないと」

「お待ちください、アーヘン様。あの、お聞きしたいのですけど」


 ルシアンナが慌てて引きとめると、ラドヴィックは不思議そうにこちらを見てから、「ああ」と納得の声を上げる。


「君が聞きたいのは、俺が秘密を守るかどうかかな?」

「ええ」

「もちろん、守るよ。言っただろ、弱い者いじめをする趣味はない」


 そう返すと、ラドヴィックは窓のほうへすたすたと歩いていく。


「ありがとうございます。……って、どちらにまいられるのですか。出口はあちら」


「王太子殿下の婚約者がいる部屋から、堂々と出ていくわけがないだろ。王家を敵に回すほど、馬鹿ではないんでね。それじゃあ、またね」


 ラドヴィックは窓を開けると、窓枠に片足をかける。窓の向こうを確認すると、ひらりと夜の闇へと身をおどらせた。


「!」


 ルシアンナが窓に駆け寄ると、ラドヴィックが悠々とした足取りで庭を歩き去るところだった。

 遅れてルシアンナの背に、どっと冷や汗が噴き出す。メイベルが傍らから、感心をまじえて言う。


「ここ、二階ですのに。猫みたいですね」

「変わった方ね。信じてもいいのかしら」

「もしもの時は、私が命にかえてもお嬢様をお守りしますから」

「ありがとう、メイベル。でも、どうしても我慢できなくなったら、一緒に逃げましょう。メイベルを犠牲にはしないわ」

「お嬢様……!」


 メイベルは感極まって、グスンと鼻を鳴らした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ