目が覚めると悪魔になっていたから悪魔らしく活動してたら神に封印された。
目を覚ましたら悪魔になっていた。
ちょっと前の意識では人間として、いたって普通な生活をしてたはずなのに。
気付けば背中には黒い翼が生えて、頭には悪魔っぽい角まで。目が覚めて俺を囲んでいた連中は口をそろえて「悪魔様!」と呼ぶし、死んだ家畜やら処女の村娘やらを捧げようとしてくるし、油断してたらどこぞから召喚魔法で呼ばれるし、魔王には定期的に禍々しい城に呼び出されるし。特に用事もないのにふざけんなよマジあいつ元は人間の癖に……いうて俺もそうだけど……。
そんな感じでいつの間にか悪魔になってしまっていた俺だが、なんとなく流されるままに悪魔をやり続けている。人間の年数で言うと数百年くらい。
悪魔としてのライフワークは神が創りし人間達を堕落させることだ。初め、これを魔王の口からぽろっと聞いたときは難しそうだと思ったが、意外と簡単だった。
というのも人間達、思ったより人ならざる者に対してちょろい。自分より圧倒的に強い、しかも神話的なものに「やってしまえ」というふうに言われると、それまでかけていたリミッターを結構あっさりと外してしまう。……なんか昔に、それも人間だった時代に似たような現象に関する実験の話を聞いた気がする。神とか悪魔とか、あと魔法とかあるファンタジーな世界観でも人間の心理は変わらないもんなんだな。
「――アクマさま、アクマさま! いらっしゃいますか! アクマさま!」
少女の声が俺の棲み処である洞窟に響く。その声は聴いたことはないものだったが、俺を「悪魔様」と呼んでいるところから村の人間だろうと暗闇から自分の体を引きずり出す。
闇から抜け出した先にいた少女は、音もなく現れた俺に一瞬びっくりしたようだが、すぐに跪いて頭を垂れた。
「アクマさま、お願いです、村をお救いください……!」
「何かあったのですか、人間よ」
形式として、いつものように悪魔らしくない穏やかな口調で少女に問いかける。
「トウバツグンと名乗る兵士たちが村に、村に火を放って、っ、村の人たちも何人も殺されて……! お、お母さんも……」
少女の声が涙声なのに途中で気付いた。ぽたぽたと洞窟の地にしみができていく。
「わかりました。なんとかしましょう。しかしまずは泣き止みなさい」
震える少女の背中を撫でてやる。少女はかすれた声でありがとうございます、と繰り返しなんとか落ち着こうと深呼吸を何度か試す。
その間に俺は、いつかの契約のときに対価として受け取った指輪を指から外し、落ち着いてきた少女の手に握らせた。
「念のため、あなたは東の森の向こうにある街を目指して逃げなさい。あなたに悪いことが起こらないよう、この指輪に私の加護を与えましょう」
「あ、アクマさま……ありがとうございます……!」
「ことが終われば迎えが行くでしょうから、それまでは村の人間ということは隠していなさい」
「はい……!」
即興で適当な保護魔法をいくつか混ぜただけの魔法をかけたが、人間の悪意や道中の魔物程度ならしのげるだろう。
少女は指輪を握りしめたまま、ふらふらと立ち上がって、洞窟の出口へ向かおうとした。が、なにかにハッとしてこちらを振り向く。
「アクマさま、わたし、対価を払わなきゃ……」
「緊急ですから対価は後で結構です。早く行きなさい」
「は、はい!」
走って出ていく少女の背中を見送りつつ、契約の儀すらしてないことに気付いた。
……まあいいや、どっちにしろあの子から対価をもらう気は無いし。村燃えて困るのは俺もだし。
しかし、トウバツグンか……魔王を討伐するための連合軍のことだろうか。少し前にいろいろな国が同盟を結んで軍を作ったと聞いてはいたけど……それにしたって、なぜ魔王討伐のための軍がこんな小さな村を焼こうとするんだ? 悪魔がこの村を贔屓にしてることも広まっていないはずなのに。
不思議に思いながら、闇に身を溶かした。
「――いたぞ! “強欲”だ!」
うわ、もうバレた。
こっそり生きてる村人を助けて村の火災をこれ以上広げないようにしてから軍を対応しようと思っていたのに、早速兵士らしきやつらに見つかってしまった。探知魔法でも使われたのかってくらい迅速に見つかった。まだ生存者見つけてないって……困ったな……。
「強欲の悪魔トール! 貴様は魔王と悪しき契約を交わし、神の創り給いしこの世界を闇に染めようとしているな。我々討伐軍は魔王討伐の一歩として、まず魔王直属の悪魔の一人であるお前を討伐する!」
「はあ……そうですか。それは別に構いませんが、 ……というか知りませんけど。なぜ私がここにいると?」
「我らの神からの天啓だ!」
はあ? 神の天啓?
え、神ってそんな……たかが魔王の討伐作戦の一端にお告げしてくれるほどお優しい存在でしたっけ。いや、俺もそんなこの世界長くないけどさ、この数百年間で神がいかに人間に協力的でないかはそこそこ分かってる気でいたんだけど。
予想外の名前の登場に若干面食らいながら、今にも襲いかかって来そうな兵士達に向かって威嚇の意味を込めて大きく翼を広げる。戦列の一線が少し下がった。
「ハハ、神からの天啓とは珍しい。創造主からの天啓というならあなたたちも張り切らないといけませんね。……あ、そうそう。一つ尋ねたいのですが、この村を焼いているのは何故ですか? それも天啓ですか? 無垢な村人たちを焼き殺せとでも言われましたか?」
そんなわけないですよね、神がそんなことを指示するはずがない……と続けようとしたら、先程から応答していた軍の長らしき騎士が被せるように叫んだ。
「無垢だと?! この村は悪魔を信仰する邪教を築き、長い間神を冒涜していただろう! これはその制裁だ!」
「ああ、そうですか」
神がわざわざ辺鄙な村の邪教を潰すよう指示することはないだろうが、この村のことを自分の信奉者たちに天啓のついでに告げ口するのはまあ、おかしくない。そして天啓の一部としてこの村と邪教のことを聞いて、結果的にこの村を焼いたのは連合軍の宗教だ。
そんなに信仰の対象が大事か、と呆れつつ、個人的に知りたかったことは知れたので、さっさと片付けるために体に魔力を込めた。
「来るぞ、構えろ!」
その号令で兵士たちが盾を構え始めたところへ目にもとまらぬスピードで突っ込む。それだけで軍隊のほとんどが吹き飛ばされ、地面に伏した。
辛うじて耐えた者のなかから魔道士らしき者たちが魔法で対抗しようとしてきたので、優先的に戦闘不能にしていった。
残りの兵士たちも難なくねじ伏せ、司令塔であった騎士を死屍累々の地面から蹴り起こす。
「おはよう、聖騎士殿。良き夢は見れましたか?」
「ぐ……、っこの、悪魔め……! 殺してやる……ッ!」
「あれ、まだ寝ぼけているんですか? 神から賜ったものかは知りませんけど、あなたの聖槍ももうボッキリ折れてますよ。丸腰の、それもほぼ瀕死の人間が悪魔を殺せるとでも?」
ぼろぼろの鎧に足を乗せて左右に転がすように動かすと、それに合わせて鉄達磨のような騎士の体は左右に揺れた。兜の顎の部分が砕けて露出した口元が悔しそうに歪むのが面白くて、ついついさらなる煽り言葉を続けそうになるが、ふと村を消火して生存者を探してやらねばならないことを思い出した。
「しかし、これ以上あなたたちの遊びに構ってあげる時間は無いのですよ。私は私の信者たちを救ってやらねばならないのでね」
「、ふ、ふふ……村人は……村人はもう、全員、殺してやった……」
おっと。
「なんと……全員?」
「ああ! 村を、ゲホッ、焼く前に……全員な……! 村を浄化のために焼くついでに火葬をしてやったのだ! 今頃際限なき闇で彷徨っているだろう!」
「はあ、そうですか。困ったなあ、契約違反になってしまう……あ、今回契約はしてないからセーフか」
「契約……?」
「まあまあ気にしないで。どうせこれからあなたは死ぬんですから」
鎧に乗せた足に体重をかけると、罅の入っていたそれは呆気なく砕ける。さらにその下の胸板を砕かんと体重をかけ続けると、騎士は声にならない悲鳴をあげた。
「もし天に昇れたら、神に言っといてください。人間に人間を殺すように仕向けるのは趣味が悪いですよって」
「その必要はない」
……えっ?
すぐ後ろで聞こえた妙に重々しい声に体が固まる。
えっ……えっ、嘘……? 嘘でしょ? なに、なんでこんなとこに来んの? そんなに大事? 直接出動なんて聞いたことないよ? う、うそうそうそ、なんで? 俺、たしかに七柱って呼ばれるわりと強めの悪魔だけど、そんな、ルシファーほどの大物じゃないじゃん! な、なんで神が直接来んの? せめて精霊とか天使とかじゃないの? この声の重さ絶対精霊とか天使じゃないよ……! 本人いるよ今絶対後ろにいるの本人だよ……!
「トールよ。お前の言う通りだ。最初から神が動けばよかったのだ。そうすればこのように、わたしの敬虔な信者たちが死ぬことも、本来は無垢な村人たちが死ぬこともなかった」
さっきから体の震えが止まらない。後ろから絶大な力を感じる。めちゃくちゃ怖い。神ってこんな怖いもんなの? ルシファーのやつよくこんなのを「クソジジイ」と呼べるな。
「無能なわたしの父を許せ、アートナー。お前たちの命はわたしが救おう」
「おお……我らが神よ……」
……父?
恐る恐る振り向くと、二メートルほどの光り輝く青年が立っていた。姿は想像していたより若々しいと言えど、身が竦むほどのこの風格は間違いなく神である。
つまり、あれか……機動力の無い父神から機動力のありすぎる息子神に世代交代したってことか。
なんてこった。
「まさか神が直接来るとは……見逃してくれませんか?」
「答えは分かっているだろう、トール」
「ははは……もちろん」
親しげに俺の名前を呼ぶんじゃねえ、怖いわ! と内心叫びながら姿をくらまそうとしたが、案の定神にはお見通しだったようで、いつの間にか大きな手に首根っこを掴まれていた。
「う、ぐ……ぅっ」
もはや気道を潰すかのような力で締め付ける手を、無駄な抵抗とは分かっていても本能的に引き剥がすために両手が掴む。
神はもがく俺を慈悲深い目で見据えていた。
「トールよ、お前には悪いことをした。お前もお前で村の人間たちが大切だったのだろう。先ほどの娘との会話を聞く限り、お前の善性は悪魔にしては強い方だ。時間をかければ完全に浄化することもできるかもしれない」
いや冗談じゃねえわ。浄化が悪魔にとってどれだけの地獄か分かってんのかこいつ。てか見てたのかよさっきの子との会話! 天からなんでもお見通しってか! なんかムカつくな、やっぱ神なんか嫌いだ!
「しかしお前は魔王に従うという契約を交わしてしまっている。悪魔の契約はわたしでも無効にはできない。お前がいくら善性を持っていようと、契約のせいで魔王の計画に加担せざるを得ないのなら、わたしもこの世界のためにお前を消さなければならない」
すまない、と続けた神は本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
いや……すまないと言われましても、返す言葉もございません……ていうか首絞められてるせいで声も出ないわ。なんなんだよこいつ。
薄れゆく意識の中で、首を絞める神の手が一際強い光を放ったのを見た。
ちょうど去年末にちょっと書いて放置したらしい、一話完結はしてる好みなネタ話が執筆中の小説一覧に転がってたので供養としてあげさせていただきました。
以下、フリーメモよりこの話の後の展開が垣間見える設定メモ書き。本編書くにあたってちょっと変更した点がありそうですが原文ママです。
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トール(強欲の悪魔)
元地球の人間。
悪魔になった直後に祭り上げられたトトイ村を拠点に悪魔活動に勤しんでいたところ、神の天啓を受けた魔王討伐軍に村を焼かれ、封印された。
「救わない神より叶える悪魔」が信条(傲慢の悪魔からの受け売り)
テネウス(青年の神)
干渉をしない神から干渉する神へ世代交代した息子くん。
自由に生きる悪魔がうらやましくて仕方ないが、神の役目として創造物の人間を導くという使命を果たすため、魔王と悪魔を倒そうと立ち上がった人間に加勢する。
なんやかんやあってトールが好きという感情を自覚し、しかし敵である悪魔に恋などしてはいけないといろいろ自制していたら色々あって「敵を好きになってはいけない理由などない、好きなら好きでいい、敵対することと相手を好きになることには矛盾はない」と割り切ることになり、トールを成敗すると同時に恋を成就させることを決める。
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やはり自分で書いただけあってすごく面白そう。
最後まで書けよ。