家事手伝いからの脱却
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光る画面には少し内容の濃い恋愛ドラマが映し出されていた。特に見たい番組があるわけでもなくただ母親が見るドラマを眺めているだけ。
「これが終わったら洗濯物を取り込んでね。」
ドラマを見ながらソファの上でだらける母が彼に言う。病院に行った特に病名があるわけではなかった。
「鬱病でもないのに会社を辞めたんだから家のことぐらい手伝ってよね。」
ああ。と母の言葉に返事を返す。その返事にも気持ちが入った気配はなくまた彼がテレビを見つめる目にも光がともっていなかった。
洗濯物を取り込み町は自室へと入った。部屋には実家に帰ってから一回も手をつけていない段ボールが置かれている。部屋は就職し家を出た後から一行に変わった様子がなく自身がいなくなった後も母親が部屋を掃除していたのだろうということが想像できた。
都会のアパートを借り一人暮らしをしていた収入が消え実家へとすぐ戻った。会社を辞める時に支払われた退職金や就職してから貯めた貯金があったが皆大学の奨学金返済へと充てた結果消えてなくなった。せめて親への負担を減らしたいという気持ちから行ったことだった。
自室には段ボール以外に携帯と箪笥、布団ぐらいしかなく部屋で何かすると言えばその携帯電話を触るくらいだ。リビングへ行けば母とテレビを見ることになる。それも良いがここ数日はそれしか行っていない。仕事を探す気にはなれなかったが何かの刺激を求め町は携帯電話を開いた。
画面の中には最低限のアプリが収められている。一般的な若者がやるようなSNSやゲームのアプリはなく入っているのはメールと電話、そして元々インストールされていた物程度。でもそれでもメールや電話のアプリには通知を表す教示がついていた。
メールを開く。中には会社の友人からのものと何処から来たのかも分からない広告しかない。
大丈夫か?
友人のメール。似たような文章が並んでいる。罪悪感だろうか。なんとなくだが返信することが億劫になる。そして町は友人からのメールをすべてごみ箱へと入れた。友人のことだからまたすぐに心配のメールが来るだろうという気持ちもあったからである。すると途端にメールは広告ばかりになった。その中にはアルバイトを募集するものも混じっている。仕事を辞めた瞬間にき始めたそれに対し町は疑いの心を抱く。ただそれも全てごみ箱へ投入し携帯を布団へと落とした。電話も何件か来ていたようだがどおせ友人からだろうと思い今は見ないことにした。友人からの電話であれば今は出る気にはならない。仮に友人以外であったとしても町の気持ちからして出ることは無かっただろう。
結局、町はリビングへと戻った。そこでは母がテレビを見ながらお菓子を食べている。テレビの画面には先ほどとは打って変わりニュースの映像が流れていた。
「食べる。」
母に促されテーブルへ置かれた煎餅へと手を出した。実家に帰ってからは外にでるのは食事の材料の買い出しぐらいだ。自分では行く気にならなくても母親に言われしょうがなくだが動いている。まだ若いがそれでも五十代を過ぎ皺の増えた母を手伝ってのことだ。そのため身体を動かすことは母の手伝いが主で菓子類を食べるとなんだか体に悪い気がしてきた。
「ジョギングでもすれば。」
そう母が言う。体を動かせばストレスもなくなるでしょ。そう母は付け足した。
なんとなくで煎餅を取ろうとした手を引っ込め町はテレビの画面へと目をやった。ニュースが流れるその画面。ニュースの内容は国公立大学の二次試験に関することだった。
「慶三は私大だったからこのころは入学の支度でいっぱいいっぱいだったね。」
六年前のこと。町は初めから私立大学を目指し受験に励んでいたためにこの時はもう結果も発表され入学式で着るスーツなんかを作っていた。
「そういえば京子ちゃん、今頃何しているの。」
母が質問する。
京子というのは学生時代の友人である木手京子のことだろう。彼女は旧帝大学を受験したためにこの時期も勉強に勤しんでいた。そのお陰で無事志望の大学に合格している。母親はニュースに彼女の大学が映り反応したのだろう。ただ町もその後の彼女については知らなかった。最後に彼女に会ったのは成人式の時だろう。ただだからといって話したわけではなかった。高校では優秀な人物として面識もあり時々放課後に勉強を教えあったりしたことがある。そのせいか両親や他の友人からは恋人などと言われたことがあったが二人の間に恋愛の関係は発生しなかった。勉強に恋愛が必要ないという意見もあるが一番は自分と彼女が釣り合わないということだった。二人は周りから見れば優秀な人間であったが二人の間には明確な差が存在していた。当たり前だ。方や私大と方や旧帝。放課後の勉強会も町が一方的に教えてもらうというものだった。もしもそこに恋愛の感情が生まれたとしても一方的に教鞭を取られる町がプライドから告白なんてしなかっただろう。
「俺には分からないよ。きっと大学院にでも行って研究家人生を歩んでいるさ。」
そんなことを言って話を切る。勉強の話なんて、今はしたくなかった。
それから数日が経った。ふと玄関のチャイムが鳴り町は玄関へと出向いた。インターホンにはカメラが備え付けられているが母親に宅急便か何かだと言われ即され玄関へと出向いた。何とも不用心だがこんな家を狙う人間もいないだろう。泥棒だったらチャイムなんて押さないだろうし。
はいと言って玄関のドアを開く。ただそこに宅急便の姿はなく変わりに帽子を被った小柄な女性、が立っていた。
「久しぶり。慶三くん。」
聞き覚えのある女性の声。そこから彼女の招待が簡単に想像できた。
「京子か。」
「そうだよ。」
返事をし顔を上げる。その顔は昔と変わりなく屈託のない笑顔を浮かべていた。