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魔恋希童 アンドレイア  作者: 月川 ふ黒ウ


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24/30

少年と決戦(前編)

長くなったので前後編です。

 そして三時間後。


人型戦車(ガウディウム)五十五、歩兵二十六、通常戦車十。パライオンの残存兵力は以上です」


 もたらされた報告にダナエはうむ、と頷く。


「二割前後とは存外残ったの。じゃが、これぐらいならば殺めずに済ませることも容易。そうじゃな?」


 最後は現場で指揮を採る老大将へ向けて。ご随意のままに、と恭しく返されてダナエはゆっくりと頷いてマイクを取る。


「こちらはいつでも始められるが、構わぬな?」

『いまさら、卑怯だとか言って責めるつもりは無い』


 答えたのは、パライオン側の総指揮官であるゼクレティアだった。

 ヴィルトガントと同じくリングラウズ軍所属の彼女ではあるが、信奉と言っても過言でないほどの感情を抱いているレイナの助けになれば、とパライオン軍の指揮を執っている。

 もとより末端から将官に至るまでパライオン側の士気は低い。

 ゼクレティアが指揮を執ると言い出した時も、担ぎ上げておいて適当なところで降伏する、という誰が通達したわけでもない作戦がほぼ全軍に浸透していた。

 そこへグレイブ号からの投降勧告である。

 兵士たちが乗らないはずはなかった。

 残った二割の戦力は、ゼクレティアの直属の部下と、レイナを信奉する者たち。

 ダナエが生まれるまでレイナは、「新雪の才女」と評されるほどに優秀で、彼女がいれば開拓事業もうまくいく、と大人たちは口を揃えていた。

 ゼクレティアは、結婚し、子が生まれて変わっていったレイナをそれでも信じようと、ここまで生きてきたのだ。

 だからいまさら他人がどうこう言おうとも、どれだけ敗色が濃厚になろうと、それが揺らぐことは無かった。


『だが願わくば一騎打ちで決着を付けたい。こちらは私が出る。そちらの人選は任せる』


 ふむ、とダナエの口角が上がる。

 声に力が無かったところを鑑みるに、こうまで瓦解したことへの責任を感じているのだろう。そしてあたら命を粗末にしない機転に、ダナエは心地よささえ感じていた。


「だそうじゃが、レイナ。そちの意見を聞こう」

『条件がひとつあります。こちらが勝利した場合、ダナエ姫殿下と魔族のイースファニウムの身柄を引き渡していただきます』


 その提案に、ダナエは首をひねる。


「そちの怒りの発端にはイスファがおるからその要望は分かるし、勝者の権利として納得できる。が、わらわも、じゃと?」


 ヴィルトガントがダナエを追っていたのは、彼らの機密を嗅ぎ回っていたから。

 その機密がつまびらかになった現在、自分の身柄をレイナが欲する理由が分からなかった。


『イースファニウムは姫殿下のからだに居るのでは無いですか?』


 これはレイナ。


「いや。会食の時は便乗していただけに過ぎぬ。本来の宿主はわらわではなく、件の病にかかっておる別の者じゃ。……故に、わらわを宿主とさせてそちたちに届けよう。それでよいな、イスファよ」


 最後はイスファ本人に向けて。

 え、と格納庫のヒビキが慌てつつイスファと替わる。


『無論だよ。ぼくもレイナには言わなきゃいけないことがあるんだ』


 そうかえ、と返し、その旨をレイナに伝える。


『ご温情感謝いたします。ではゼクレティア。あとを頼みます』


 うむ、と頷いてダナエは通信を切る。

 それと同時にカーラがダナエの肩を掴みながらしゃがみ、視線を合わせる。


「ちょっとあんた、なに考えてるのよ」

「この条件を呑まねば一騎打ちを受けぬとあらば、仕方あるまい。わらわも、血は極力回避したい」


 いともあっさりと言ってのけるダナエを、カーラはぎゅっと抱きしめる。


「本当なら、あたしがイスファを運ぶ役目をやらなきゃいけないんだけど、あたしの体じゃダメだって言われたから。ごめん」

「よいよ。その気持ちだけで十分じゃ」


 す、とカーラから体を離し、ぐるりと周囲を見回す。


「さて、人選じゃが」

『ぼくが行くよ』


 言うと思った、とカーラは呆れ半分怒り半分でモニターに映し出されたヒビキを見やる。


「なぜじゃ。アルカは救った。ヒビキが戦う理由はもう」

『ゼクレティアさんが出るなら、機体には子供が使われてる。こっちから軍人さんが出たら、そういうのは無視するかも知れないから』

「ヒビキ。我がリングラウズの兵士はそこまで薄情では無い。無理してヒビキが出る必要は」


 ヒビキはゆっくりと首を振る。


『いやだ。負けたらダナエが捕まる。ダナエはぼくのお嫁さんだ。だからぼくが行く』


 あのねぇ、とカーラはため息を吐く。


「あんたねぇ、ダナエのごっこ遊びに」

『遊びじゃない』

「……」

『ぼくが言い出したことなんだ。ダナエにお嫁さんになって欲しいって』

「そうかもしれないけど、」

『いくら母さんでも、それ以上言ったら怒るからね』


 真摯なヒビキの瞳に、カーラはついに折れた。


「ほんと、そういうところばっかりあのロクデナシに似るんだからさ……」


 がりがりと頭をかいて、しっかりとヒビキと視線を合わせて。


「ちゃんと、帰ってくるのよ」

『うん。約束する』

「強うなったな。……もともと強い男の子であったが、いまは真に惚れてしまうほどにの」

『ありがと』

「……礼など、申すな」

『ううん。ダナエがあの日坑道でぼくを呼んでくれたから、いまのぼくがあるんだ。戦うことは怖いけど、やっと初めて役に立ててる気がする。だから、ありがとう』

「子供はそんなこと考えなくていいのよ」

「母上。夫婦(めおと)の語らいに入って来るなぞ、無粋の極みじゃぞ」

「ヒビキがまた心配させるようなこと言ってるからよ」


 そう言って、ふん、と顔を背けるカーラ。


『ありがとダナエ。ぼくもアンドレイアも万全じゃないけど、踏ん張る力は出てきた』

「イスファ、そこに()るならヒビキをしかと守るのじゃぞ」

『無論さ。ヒビキくんはぼくの研究対象だ。そうそう失うような真似はしないよ』


 こやつめ、と睨み付け、主導権がヒビキに戻るのを待って、


「やはりわらわも随伴する。母上、指揮を頼むぞ」

「ったく、どいつもこいつも……!」


 もう一度頭を乱暴にかきむしって、深く深く頭を下げる。


「こんな時になにも出来ない大人で、ごめん」

『そんな、やめてよ母さん』

「そうじゃぞ。母上がおらねばわらわたちは()うの昔に路頭に迷うておる。母上には感謝しかないのじゃ」


 ありがと、と頭を下げたまま、縛り出すように言って、ふたりと視線を合わせないように静かに頭を上げ、ふたりに背を向けて言う。


「いってらっしゃい。今日の晩ご飯はあたしが作るから、楽しみにしてなさい」


 視線を合わせない意図を察したふたりも、僅かに視線を逸らして言う。


『うん』

「行ってくる」


 返事も待たず、ダナエは歩き出す。

 船橋の一同が一斉にあげる声援を背に受け、足早に、すぐに走り出して船橋(ブリッヂ)をあとにした。

 閉まるドアに伸ばされた手があったことに、気付かないまま。


感想などなどお待ちしております。

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