第5部分、1355字【彼の選択】
二〇二〇年、七月二二日。
今日も雪音に無視された後、買い溜めといた旨辛チキンを食べながら何となくテレビを点けた。
・・・・・・なるほど。
やっちまったな。とか、やってくれたな。とか、鬱陶しいな。とか、ふざけた野郎だな。とか。
思うところはいくつもあるが、俺にとって大切なのは一つだけ。
美しいか美しくないか。
だから美しければ赦そう。
美しければ不問とするさ。
¥
竜の被害とやらを見に散歩へ出てみたが、ご近所さんは全滅だった。
両親が死んでから色々と気に掛けてくれたんだが、近所一帯が竜の初撃で消し飛んだため御陀仏。
十数年の付き合いがあっただけに、今の雪音には泣きっ面に蜂だろうな。可哀想過ぎて涙が出そう。全く酷い悲劇だよ。
我が家はもしもの時に備えていたから、俺と雪音で一年くらいは問題無く生活できるが。
備えてなかった家は大変だろうな。生きていれば。
なんて思いながら、ポツンと一軒、奇跡的に無事だった我が家へ帰る。
¥
二〇二〇年、七月二三日。
目が覚めると、大きな熱と若干の重みを感じる。
視界の隅には髪の毛━━他人の頭━━が映り込み、甘い香りと微かな息遣いで状況を確信する。
起こしても良かったが、なまじ眠かった為もう一度眠った。
¥
次に目が覚めても、未だ熱も重みも消える事なくそこにあった。
しかし変化が一点。
どうも雪音は泣いているらしい。
両親が死んだ時さえ涙は流さなかったが、とうとう限界を超えた様。
いや、一周回ったのか?
・・・・・・どっちでもいいか。
それより、無意識に雪音を撫でていたが、気づけば雪音は眠っている。
仰向けに寝転がる俺の上に、しがみつく様にして眠っているので。
俺はまた眠りに就いた。
¥
二〇二〇年、七月二四日。
目が覚めると雪音は居なかった。
約三〇時間ぶりに身体を起こし、胸元に不快感を覚える。
涙と鼻水と、もしかしたら汗と唾液も。
雪音はこの不快感に耐え切れず消えたのかも知れない。
着替えながらそんなことを考えていると、開けっ放しの扉から廊下を走る音が聞こえる。
俺の部屋は二階の奥にあるが、離れた一階でも走っていれば足音は聞こえてくる。
次第に近づいてきた足音の主は俺の部屋へと駆け込み、勢いをそのままに抱き付いてくる。
身長一二〇センチの雪音は俺の腹に顔を埋め、しがみ付いて動かない。
雪音のサラサラとした長髪は心地良く、つい頭を撫でてしまう。
水気が腹を伝って流れ落ちるに、まだ泣いているのか。
「どうした? 怖い夢でも見たか?」
冗談を投げかけると首を横に振る。顔を押し付けてくるのでヌルッとした。
雪音は鼻をすすり、無言で窓を指し示す。
遮光カーテンの隙間から弱々しい光が差し込んでいて。
引きこもりにしちゃ耳が早いな。
¥
二〇二〇年、九月一八日。
一階のリビング中央、ワイドキングサイズのベッドの上でふと、口を開く。
「なあ、そろそろ外行ってみないか?」
意識があるのは確かだが、雪音はピクリとも反応を示さない。
「黙ってちゃ分からないだろ?」
けれど無反応のまま一〇分が経過した。
「じゃあ、明後日までに荷物まとめとけよ」
言いながら、もう一度雪音に伸し掛かった。
━━やはり良いな。
¥
二〇二〇年、九月二〇日。
「そんじゃ行くか」
雪音は荷物が無いらしく手ぶらだったが、最低限必要な物は俺が持ってる。
右手に雪音を抱え、左手にキャリーケースで実家を発った。