第3部分、1244字【夏鈴の日常】
二〇二〇年、七月一五日。
「夏鈴」
少し、咎めるような含みのある呼び方。
本気で誘ってる訳でもないのに、その声音は心外だった。
春に判らない訳もないでしょと、抗議を瞳に後ろを向いたけど。
どうやら春は先輩を忘れてたらしい。
それならまあ、僕が仕事を放棄したようにも見えたかもしれない。
それからしばらく先輩と談笑して、僕達は仕事に戻った。
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仕事を終えて、自由になった。学校は早退したし、戻る気はない。
「いやぁ簡単だったね〜、あれくらいなら僕たちじゃなくても良かったのにね」
「そうでもないよ。6人も食べれば、私から逃げ切るくらいはできるから・・・・・・スピード勝負?」
「ふぅ〜ん。そなの」
「私は道場行くけど、夏鈴は?」
「えぇ? 道場? ゲーセンとかカラオケ━━」
「行かない。ばいばい」
春は小さく手を振って離れて行く。
こんな時間に道場行っても誰もいないのに。
「春、まだお昼前だよ? 一人で何するの?」
少し首を傾げて五歩。
ピクリと反応を見せた春は肩を落として立ち尽くした。
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相対稽古が一段落し、外を見ればとっくに日が暮れていた。
辺りを見回せば七五人の稽古相手全員、疲労困憊で立てもしない。
呼吸するのも辛そうで、これ以上稽古を続けられるとは思えないし、時間もいい塩梅。
手を叩き、注目を集めてから声を張る。
「今日はこれで終わり! みんな家に帰って休みなさい!」
━━ハイ! ありがとうございました!
無理矢理出しましたって感じで覇気のない返事だったけど、統一できてるから及第点。
フラフラと帰り支度を始める人や、寝転がったままの人の中、少し離れた所でバテてる春は天井を見つめて動こうとしない。
いつもの一人反省会だろうし、邪魔をしないように三〇分くらい時間を潰すか。
そう考え周囲を眺めていると、道場の玄関に一人の男が立っている事に気が付いた。
目視するまで、全く気付けなかった。
その事実に瞬間戦慄を覚えるも、僕は義務的に飯沼へ声を掛ける。
「飯沼ぁ! こっち来て!」
気配を絶っていた割には素直で、飯沼は駆け足で近づいてくる。
その動きを見て変化を確信できた。
「どうしたん、です? カリンさん?」
「夏鈴さん? 少し見ないうちに、随分気安くなったね?」
適当な理由で強い怒気と微かな殺気を当ててみたけど、飯沼は気にした素振りもなく頭を下げ。
「ああ、すいません、言い間違えました、東堂さん」
「・・・・・・まあ良いけど、親御さんが捜索願を出してたよ。万一を考えてこちらでも捜索はしたのに、飯沼は見つからなかった。さて、どこに居たんだい?」
聞くと、飯沼は流暢に答えた。
「あぁ、修行してたんですよ。ちょっと自分自身に思うところがあったんで。親とか、周囲に黙ってたのは考えが足りませんでした。すいません」
「そっか、アレに籠っていたんだね。それで見つからなかったんだ」
「はい、ご迷惑をお掛けしてすいませんでした。皆さんにも謝っときます」
「そうだね。それじゃ自由にしていいよ」
確か、九九年生まれの二〇歳だったっけ?
三週間くらい前に会った時は相応だったかな。多分。