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世界が変わる時  作者: 青木真人
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授業中のトイレの静けさは好きだ。


ただ、このどこまでもまとわりつき、重く重く私を追い詰める生理痛は嫌いだ。


スマートフォンに映るtwitterを上へ上へスクロールし、クラスメイトの愚痴や彼氏の

ノロケ話を見ても紛れることはないのだけれど、それをするしか時間は潰れない。


あと10分ここにいれば、3時間目の古文は終わり、昼休みだ。

古文の遠藤は担任で、嫌いではないが、好きでもない。


オレンジ色のベストがやけに気に入っているようで、先月の体育祭のクラスカラーを

青にしようと体育委員が決めようとしたところ、自分のベストの色が、このクラスの

イメージカラーだと言わんばかりに、オレンジ色のプレゼンテーションをはじめた。

オレンジは元気の色、ポジティブな色、みかんはおいしい・・・


結局、生徒が教師に忖度し、オレンジ色をクラスカラーに決定した。

この体育祭は全学年18クラス中18位という結果に終わる。



チャイムがなり、生徒の声や足音が建物中に響き渡る。


少し落ち着いたので、トイレを出てクラスに戻り、持参したお弁当を食べる。


「今日も優子のお弁当はキラキラしてますな~」


同じクラスの桐島里紗と立花千佳が私の机にお弁当を広げる。


「てかさー、遠藤くんの授業はつまらないねーリサは現代人だもの!いらないよねー」

「古文は日本という国が生きてきた証なの。私達の祖先が物事をどんな風に考えて、どうやって

感情を表現してきたのか。そういことをしるための学問なの」


「うわー学年1位は違いますねーその頭になにが入ってんの?スマホ?パソコン?wikipedia!?」


「そんなもの入ってるわけあるか。リサの頭のほうが気になります。」


「リサはタピオカが入ってるんだもんね」


「優子までそんな!食べてやる!」


私のお弁当のタコさんウインナーをほおばり、ふてくされる。


授業が終わり、リサはバスケ部へ、千佳は大学生とデートに行った。


私は部活もなく、帰宅する。


西武新宿線の上井草駅から4駅ほど先の田無駅まで行く。




15:40


この時間は少し心が揺れる。


反対のホームには彼がいる。


彼と言っても、名前は知らない。


知っていることと言えば、近隣の高校に通っていること、イヤホンでなにかを聞いている、

15時40分に反対のホームにいるということだ。


彼に気づいたのは半年前の11月だ。

その日も生理痛がひどく、ベンチでスマートフォンをいじろうとしたが、電池切れで、

気を紛らわせるものがなく、ただただ電車を待っていた。

その時に、反対側のホームに立っていたのが彼だ。


なにが気になったのかわからないけど、なにか紛らわせたくて、彼を見つめた。

なにを聞いているんだろう。意外とアイドルとか?真面目に英会話?とか身長は175?

この時間に帰宅は部活に入っていない?いや、あの制服はそこそこの私立高校だし、

塾に行っている?

そんなことを考えているうちに、毎日彼が目の前のホームにいることに気づき、

毎日彼を目にするたびに彼のことを考えていた。


今日も声をかけるわけでもなく、彼のホームに電車が来る。

彼を乗せて電車は私との距離を離していく。


どこの駅まで行くのだろうか。


私はいわゆる鍵っ子だ。

両親は共働きで夜も遅い。


ソファに座り、なんとなくテレビをつける。靴下を脱ぎ捨て、twitterを眺める。


私の毎日はこんな感じだ。

そろそろ進路を決めるよう担任から言われたものの、やりたいことがあるわけではないし、

なんとなく大学か?なんて思ったりもする。


大学生になったら、サークルに入って二つ上の先輩と恋なんて落ちて、クリスマスには、

お台場でペアリングなんて買っちゃうのか?


ただ、そんなことぐらいしか想像ができない。


リサは専門学校で犬のトリマーの勉強をするらしい。

千佳は成績優秀。有名大学を目指して、大学生の彼氏と受験勉強をしているらしい。

本当に受験勉強なのか、どうなのか。


二人とも進路は決まっていて、残すは私だけだ。

どう考えても、未来のことなんてわからないし、夢をもつなんて、小学生の時で終わって

しまったし、本当にいやになる。


反対のホームの彼は進路は決まっているのだろうか。

そこそこの私立だし、大学に行って、商社マンになるのかな。


道が違うよな。



そんなことを考えていると、日が落ちて、部屋は真っ暗になっている。


レトルトのカレーは辛口と決まっている。

辛いものが特別好きというわけではないが、母親が甘党な分は、1人の時は辛口を選ぶようになった。


わたしが3歳の頃、両親は離婚して母と2人暮らしだ。

父親の顔は、うっすらとも覚えていない。

写真は母親が捨てたらしく、見事に私のソロショットか母親との2ショットのみ。

あまり気にしたこともない。


母は大きな会社の少しお偉いさんらしく、

自称ビジネスウーマンだ。


父親の情報はないけど、私はどちらに転ぶのだろうか。


バリバリのビジネスウーマンにでもなって、反対ホームの彼と出会ってしまって、かっちょいい夫婦なんかになってしまわないだろうか。



ないな。



テレビから流れるバラエティ番組から聞こえる笑い声がわたしを馬鹿にするように聞こえる。



悲しくなるわけではないけど、この感情は表現しずらい。



寝よう。


8時15分


翌日、登校すると、いつも明るいリサが机に蹲り泣いていた。


訳を聞くと、バスケ部の引退試合でレギュラーから外れてしまったとのこと。


リサは去年の秋に膝を怪我して、少し部活を休んでいた。


部活は休んでいたけど、リハビリはとことんがんばっていた。

ボールの感覚を忘れたくないと、初詣にもバスケットボールを持ってきて、参列している間も常にドリブルをして、周りから冷ややかな目で見られていた。


私は耐えきれず、少し離れ他人のフリをしていが、リサは構わずドリブルをしていた。


まぁそこまでやっていたのに引退試合に出れないのは相当なダメージなのだろう。


なにかに夢中になることのない私にとっては計り知れないに決まっている。



千佳はよしよしとリサの頭を撫でる。


ホームルームが始まってもリサは俯いたままだ。



昔から私は「人ごと」という意識が強くて、感情移入というのができない。


どんなに仲のいい友人でも、家族でも「人ごと」がまとわりつく。


ニュースで悲しいニュースを見て、自分には関係ないと思うことと同じなのだ。


私は今悲しくないし、つらくもない。


放課後、リサは千佳に送ってもらって帰っていった。


私は一人駅に向かう。



私は人でなしなのだろうか。


私は酷い人間なのだろうか。


私には心がないのだろうか。




駅の改札でふと止まる。


いつもなら家に帰り一人でぼーっとするだけだが、少し寄り道でもしよう。


踏切を渡りいつもとは反対の改札から入る。



彼がいる。


横から見る彼は初めてだ。


すっと伸びた高い鼻は、私の低い丸鼻とは大違いだ。

慢性鼻炎で年がら年中鼻がつまるわたしの悩みは彼にはないのだろう。


自動販売機の横に少し身を隠しながら、電車を待つ。


少し息がつまる。

かくれんぼのときのあれだ。


時刻通りにホームに電車が到着し、扉が開く。


彼が電車に乗るのを確認し、隣の扉から飛び乗る。


扉は閉まり、電車はゆっくりと動き出す。

車内はまばらで、車内に日と影が指す。



彼は扉にもたれて、窓の外を眺めていた。


景色は流れ、いつもと違う景色がやけに新鮮に映る。



電車は中井駅に着くと彼はホームへ降りる。


慌てて降りて、あとを追う。


初めて降りる中井駅は特に新鮮さを感じることはなく、これといって見るものもない。


とにかく彼に気づかれないように尾行を続ける。



5分ほど住宅街を進み、彼の家らしきところに着く。


2階建のよくある一軒家だ。



彼は鍵を開けて家の中に入って行った。



しばらく扉を眺めた。


何がどうなるわけではない。



突然大きな物音と怒鳴り声とともに彼が飛び出し、悪態をつき家を出る。


なんてこともあるはずはない。



でも少し期待をしつつ扉を眺める。


何も起きない。



わかっているのだが、離れることはできない。



5分ほど眺め、諦めて元来た道を戻る。



中井駅の駅前にある古いパン屋を見つけて、小冒険の意味を見出したい私は穴場のパン屋をみつけたことにした。


自動ドアを開けると、あの匂い。


小麦とバターが湿気と混じったあの匂い。


入り口で深呼吸をし、しっかりと穴場のパン屋を見つけたことを確かめる。



トレイとトングをとり、一周。



今の舌の感じは何を求めているのか。


自分に問いかける。


甘い、しょっぱい、硬い、柔らかい。



結局、私は明太フランスを選ぶ。


硬い、しょっぱいだ。



会計時に、お嬢さん綺麗ね!また来てね!これおまけにクリームパン!



なんてことも起きず、無事会計を済まし、店を出る。




電車に乗り、田無駅につき、家までの道を明太フランスを齧る。



商店街の八百屋のおじさんから声をかけられることもなく、惣菜屋のおばさんからコロッケをもらうわけでもなく、野良猫が魚屋の魚を盗むわけでもなく、なんらドラマみたいな日常は私には合わなかった。


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