32◆◇◆場所:『燃える屋敷(シチュエーション)で逃避行』……語り手:『猫嬢』
◆◇◆場所:『燃える屋敷で逃避行』……語り手:『猫嬢』
「――信じられるはずがないじゃない」
私は、走る。
走って、走る。
はるか後ろで『馬鹿』が何か叫んでるけど、気になどできない。
『下賎』の屑の言葉なんか、私が理解できるはずがない。
「アイツのせいで『メイド』が……」
こんなことになったのも、あの『馬鹿』が私たちの計画を潰したからじゃない。
――『計画通り』、『勝ってれば』『問題なかった』のに。
アイツのせいで、『代戦行為』がばれて、『反則負け』になって、『王子』に追い回される生活がまた――。
それだけでなく、考えられる? 『第一級貴族』であるこの私が、ただの『一般庶民(野良猫)』と同じ扱いなんて! しかも、『破産』して、『家無し(ホームレス)』や『物乞い(乞食)』同然の暮らしをしないといけないなんて。
「……冗談じゃない。絶対に認めないわ!」
アイツさえ、いなければ。
アイツさえ、こなければ。
――そうすれば、こんなことにも、『メイド』も。
「『メイド』が死ぬことなんて……」
そんなはずはない。
あるはずない。
そう思ってるのに、『メイド』を信じてるはずなのに。あの状況でどうなるっていうのよ。
「普通は死ぬわ」
――死んでしまう。『機械の群れ』に殴られ、潰され、引きずり回されて、『血反吐』を撒き散らされる。
「あの『メイド』がよ? ――私が物心ついたときにはそこにいた人間の女……」
『ジジ様』の代から仕える『何をやっても万能』にこなす『信頼』できる最高のメイド。
そう。――寂しげに笑う女だった。
楽しそうに笑ってるつもりで、いつも寂しげだった。
「――私がなんで『バカやってた』か知ってるの?」
私が走りながら、廊下のカーブを曲がりながらに呟く。
――知るわけない。
知るわけないよね。
きっと、知るわけない。いや、あの『空気を読んで』周りに合わせる『万能家』は、きっと気づいてたかもしれない。――気づいた上で、笑ってたんだ。無理して楽しそうに、『おっちょこちょい』なフリをしながら。
こんなどうしようもない私の側にいてくれた『ただ一人』の存在。
こんな『親殺し(私)』についてきた、『唯一(初めて)』の存在。
「――『異端(異常)』な私なんかについてくるから」
次のカーブを曲がる。
相変わらずの警報が鬱陶しい。
それになぜか、視界が滲んで歪む。
きっと、気のせいだ。――熱や煙で、眼が潤んでるだけだ。
「おい、『猫嬢』! 待ちやがれっ。聞こえてんだろ!」
後ろから、相変わらず『クソ野郎』が追いかけてくる。
待つも何も、逃げるも何も、信じるも何も。
――全ての原因を作ったクソ野郎をどう信じろと?
逃げ道も知らないクソ野郎のことをどう信じろと?
信じられるわけない。バカがバカを信じたとしても。――私は何も信じない。
信じないほうが気楽だ。――『覇道』は、『異端』は一人で歩めばそれでいい。
『理解』なんて誰もできない。――だから、独りで行けばいい。
「――ッ」
それに独りじゃなかったから、こんな目に……。
「おい、『猫嬢』! ちょっと、落ち着けって。つうか、そっちはダメだ! 止まれ。止まれって!」
何がダメなのよ?
こっちが出口で『玄関』よ。――何を知った風に言ってんだ。
コイツは嘘を言っている。
私を騙そうとしている。そして、私の本を奪おうとしている。
「うるさいッ! お前が欲しいのは本でしょ。ありもしない世界に帰りたいからって気色悪い」
そうだ。
ただの御託で、『戯言』だ。私を騙して、自分は助かろうとしてるだけだ。
私と『メイド』をこんな目に遭わせたのに、自分だけ助かろうとするクソ野郎だ。
「違う! 違うって! そうじゃなくって。……いや、本は欲しいけど、そうじゃねぇ。そっちは、その道は――」
「やっぱり、本が欲しいだけじゃない! この本は渡さないわ。……お前なんかに絶対に渡さない」
再びカーブを曲がる。
我ながらになかなかの『屋敷』に住んでるものだわ。
走っても、走っても、なかなか外に出られない。
「待て! 頼むから、そっちには行くな。そっちはダメなんだ。だって、そっちには――」
「うるさい! お前なんて路頭に迷って、カラスに啄ばまれながら、蛆虫に食われればいいのよ!」
猿の言葉をかき消す。
高貴で高尚な私の美声を持って打ち消す。
これ以上、アイツの声を聞いてたら、気が狂いそうだ。
もう止めろ、死んでくれ。
「止まれって言ってるだろうが!」
「――クッ」
下衆が私に飛び掛ってきた。
私はソレを身軽に避ける。
後ろで、『ドサッ』って『ゴミ袋を床に投げ捨てた』ような音がした。
「……汚らわしい」
「――バカ猫! 『決めポーズ』取ってる場合じゃねぇって!」
うるさい、何が誰がバカ猫ですって!
【我ラノパゥワ~ヲ見セツケテ殺ルノダ】
――『意味の顕現』。
そう感じたときはもう遅い。
「しまった!」
『ジジ様』自慢のコレクションが飛び出してきた。
しかも、私を撥ねる形で思いっきり蹴飛ばしながら疾走。
「――ぎゃぎぎゃぃぎ」
私は声にもならない『抗議』を飛ばす。
『くそ重い機械』と、『素敵な大理石』の『床にプレス』されながらに、擦られたことってある?
「……ばっ。クソッ、『猫嬢』!」
バカが走る。
バカが追いかけてくる。私に向かって追いかけてくる。
――そりゃ、そうよね本が大事ですもん。摩擦で擦り切れて燃え尽きたらことですもんね。
《我ラノパゥワ~ヲ見セツケテ殺ルノダ》、《我ラノパゥワ~ヲ見セツケテ殺ルノダ》、《我ラノパゥワ~ヲ見セツケテ殺ルノダ》、《我ラノパゥワ~ヲ見セツケテ殺ルノダ》、《我ラノパゥワ~ヲ見セツケテ殺ルノダ》と、ロボットが相変わらずの『ワンパターン』で。
「触らないでよ!」
「うるせぇ! 今はそんなこと言ってる場合じゃねぇ! それに、このままだと――」
『ガンガン』、『ガシャン』とバカが機械を殴る。
殴りながら、私に触れようとしてくる。
だけど、そんなので止まるはずが無い。――そんなことで、このロボが止まるわけないじゃない。
「うおおおおおおおおぉぉぉおぉぉーーーー!」
バカが雄たけびを上げた。
それは、『獣』のようで、気味が悪くて。どうしようもなくて……。
《我ラノパゥワ~ヲ見セツケテ殺ルノダ》、《我ラノパゥワ~ヲ見セツケテ殺ルノダ》、《我ラノパゥワ~ヲ見セツケテ殺ルノダ》、《我ラノパゥワ~ヲ見セツケテ殺ルノダ》、《我ラノパゥワ~ヲ見セツケテ殺ルノダ》と、相変わらず機械は『ワンパターン』で。
「お前ら、いい加減に――ッ!」
私が『バカ』を黙らせようとした瞬間。
『ガゴォォォッォォッォォォォォーーーーーン』という音がした。
何の音かはわからない。
『地響き』だったかもしれないし、『衝撃』だったかもしれない。
「クソッ、言わんこっちゃねぇぇええええええーー!」
バカはわかってるらしい。
だけど、私にはわからない。――だから、腹立たしいから抗議した。
「えっ、な、何なのよ!」
急に身体が『軽く』なる。
『重さ』が消えて、『圧迫感』が消えて――。
「こっちは、さっきオレがはまった『落とし穴』なんだよぉおおおおおおおおおおおおおッ!」
落ちた。
落ちて、落ちて、落ちた。
『一匹』と『一人』と『一個』が、今開いたばかりの『黒い穴』へと落ちた。
――それは、何でも飲み込む『奈落の闇』を思わせる『漆黒』だった。
崖から『目隠し』されて突き落とされるのは、こんな気分なのかもしれない。




