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episode.2

雪子と守屋のその後の様子を覗いてみて下さい

 早番を終えた雪子がトボトボと駅まで歩く後ろから、タッタッタッと軽快な足音が近付く。下草一平だ。

「お疲れ!」

「あ、シモン君」

「ゆっこちゃん、元気ないね。何かあった?」

雪子は足元を見つめながら歩く。

「昨日まで一週間、立川にヘルプに行ってたから疲れてるのかも」

「立川、大変だった?」

慌てて雪子は首を横に振るった。

「ううん。ただ初めての人達ばっかりの中で、気疲れしちゃっただけ」

「そっかぁ・・・。あ!じゃ、気分転換にカラオケでも行く?」

雪子は顔を上げないまま、頭を横に振った。

「じゃあ・・・映画は?あ!そういえばさ、観たい映画あったんだ。今度一緒に行かない?」

「そうだね」

何気なく言った返事が、一平のテンションを一気に上げた。

「いつにする?えぇっとね・・・」

一平は携帯を取り出して、スケジュールを見ながら雪子に約束を取り付けようと頑張る。

「あ・・・待って。それって、どんな映画?」

逃げ腰の雪子を必死で繋ぎとめる一平。いつものやり取りだ。


 その晩、雪子は布団に入ってから何度も寝返りばかり打つ自分を持て余し、とうとう起き出して薬の引き出しを開けた。およそ一年前に服用していた睡眠導入剤の残りだ。あの当時の、守屋の心配気な声と表情が瞼の裏に浮かんできて、雪子は薬を急いで飲み込んで、布団を頭から被った。

 その次の日から数日間、仕事を休んだ雪子を心配して、母親が部屋をノックした。布団から辛うじて起き上がった雪子に、母が静かに話し掛けた。

「前の先生の所で、診てもらおう」

「大丈夫。そういうんじゃないから」

母の眉間ににわかに皺が寄る。

「じゃ、いつもの内科に行って薬貰うなりして来ないと」

「もう平気。明日は行けるから。ごめん、心配かけて」

しかしその次の日も、そのまた次の日も、雪子は出勤する事は出来なかった。休んでいる間に、同じ職場の仲間からのラインが溢れていた。特に一平からは一日何回もメッセージが届いていて、またその既読しないメッセージが毎日積み重なっていた。

 ある晩、インターホンが鳴って母が出ると、家の前には一平が立っていた。

「同じ職場の下草といいます。雪子さん、体調いかがですか?」

玄関に出て対応する母の表情も複雑だ。

「わざわざ来て頂いて・・・ごめんなさいね。今横になってるものだから・・・」

「いえ。ラインにも返信が無くて・・・心配でつい来ちゃいました。入院とか・・・しちゃってる感じですか?」

「あぁ、それ程悪いわけじゃないのよ。何かしら・・・怠け癖がついちゃったのかしらね・・・。皆さんに本当ご迷惑お掛けして・・・」

「そんな事は全然。雪子さんが大丈夫なら、それで」

そして持って来た紙袋を母に手渡した。

「これ、雪子さんに渡して頂けますか?」

押し頂く母に、一平が少し照れ臭そうに笑った。

「漫画です。馬鹿馬鹿しくて、つい笑っちゃう下らない漫画なんですけど・・・ずっと横になってて退屈してるんじゃないかと思って、お見舞いに」

母はにっこり笑って、頭を下げた。


 希望苑の事務所で電話が鳴る。佐々木が慣れた手つきでそれを取る。

「所長、国分寺の所長さんからお電話です」

守屋が電話口に出ると、桐谷が少し深刻な声を出す。

「ちょっと星野さんの事について、聞きたいんだけど」

思わず、ファイルをしまいかけていた守屋の手が止まる。

「以前そっちに居た時に、体調壊して休んでたよね?その時の事、少し詳しく聞かせてもらえないかな」

「・・・何か、あった?」

「いやぁ、まだはっきりとは分かってはいないんだけど、ここ暫く欠勤が続いてるから」

守屋の胸がざわざわする。その表情と声の変化に、佐々木がちらっと守屋を見る。

「悪い。5分後に折り返してもいいかな」

そう言って一旦電話を切って、デスクの上の数枚のプリントを佐々木に手渡す。

「これ、ヘルパールームに貼っておいてもらえないかな?あと・・・ちょっとだけ出てきます。すぐ戻ります」

駐車場に停めた車に乗り込み、守屋は胸騒ぎを必死に抑えながら桐谷に電話を掛けた。

「休んでるって、いつから?」

「5日位前から。風邪とか熱とかウィルス性の何かとか、そういうはっきりした病名言わないんだよね。ただ体調が悪くて休みますって。変わった様子がなかったか厨房の職員に責任者が聞いたんだけど、欠勤前日に少し疲れた様子だっただけで、取り立てて気になる様な事はなかったみたいで。あ、そうそう。その前の週には立川にヘルプで行ってもらってて、慣れない人達の中で気疲れした様な話してたって言ってた。だけど、その位しか分かってなくて」

「立川・・・」

守屋の以前の職場だ。先輩をかばってついた嘘が元で異動となった施設だ。その上、以前雪子をからかって異動になった職員が今配属されている施設でもある。

 その晩仕事を終えた守屋は、雪子にメッセージを送った。去年の雪子の誕生日以来だ。あの時、本当に久し振りに少しのやり取りをした形跡が、守屋の記憶を蘇らせる。もう薬も必要ない程安定していた雪子だったのに・・・。守屋は痛む胸を堪えて、帰りの車を走らせながら返信を待った。しかし、それが既読になる事も、もちろん返信が来る事もなかった。

 一日待った守屋が、何かに突き動かされる様に向かった先は、雪子の家だった。二階の雪子の部屋に明かりはついていない。桐谷から出勤していない事を聞いていた守屋は、二回目のメッセージを送る。

『心配で、今家の前に来てます。少しだけでも話しませんか?』

昨年、欠勤している雪子を今日と同じ様に心配して、家の前に停めた車で朝まで粘った記憶が思い出される。あの時、母親が出勤していった後、家から出てきて数時間共に過ごした過去の一ページが、守屋に期待を持たせる。とはいえ、昨日送ったメッセージにも既読が付かない現実だ。守屋は頭をぐしゃぐしゃっと掻きむしると、深い溜め息を吐き出した。ひっきりなしに確認していた既読サインが、夜中の3時頃ようやく付く。守屋は待ってましたとばかりに通話ボタンを押した。しかし、無情にもその通話は一方的に呼び出すだけで雪子が取る事はなかった。

「出てくれよ・・・」

当然、独り言が漏れる。すると暫くして、雪子からメッセージが届く。

『ご心配お掛けして申し訳ありません。明日は出勤しますので、どうぞお帰り下さい』

突き放された様な、他人行儀なその内容よりも、守屋は返信が来た事に気持ちが高揚して、慌てて返信する。

『眠れてないの?』

すぐに既読が付くが返信はない。守屋は待ちきれず、次のメッセージを送る。

『眠れない時の話し相手位なら、なれると思うよ』

しかし、もうそれ以降既読は付かなかった。


 次の朝、雪子の家に一平が訪ねてくる。見覚えのある一人の若い男が雪子の家に近付いてくるのを車の中から見つけた守屋は、身を潜める様にして じっとその様子を見守った。玄関のチャイムを鳴らして、最初に姿を現したのは母親だ。それから暫く時間が経って、家の中から雪子が現れた。にっこり迎える男と、何度も頭を下げる母。そして俯き加減の雪子だ。一緒に駅の方へ向かって行く二人の後ろ姿を、見えなくなるまで見送る母親の表情は、不安でいっぱいの顔をしている。その三人の姿を見届けると、守屋は再びはぁと大きな溜め息を残して、車を自宅に向けて発進させた。


 数日後、守屋が桐谷に電話を入れる。

「星野さん、その後どう?出勤してる?」

「あぁ・・・あの後5日振り位に出てきたんだけど、今日はまたお休みだって。二、三日出勤出来てたから、この調子で続けばなって思ってたんだけど・・・。難しいね」

「悪いな、迷惑かけて」

「お前が謝る事ないよ。うちで起きた事だ。うちの責任だよ」

守屋は苦笑いを浮かべて、言葉を返した。

「俺に出来る事はもうあんまり無いだろうけど、また何かあれば連絡して。いくらでも力にはなろうと、思ってはいるから」

桐谷は電話口の向こうで、軽やかに笑った。

「相変わらず面倒見がいいな、お前は」

「そんなんじゃないよ」

そんな守屋の言葉を、謙遜と片付けて聞き流す桐谷だった。


 その晩、守屋が勤務時間を終え、車に乗り込んだと同時に鞄の中の携帯が着信を知らせている。桐谷からだった。

「夕方星野さんのお母さんから、出勤してますか?って連絡が来て、家から出掛けたまま帰ってないらしいんだ。夕方の時点では、もう少し様子見てみましょうって事だったんだけど、9時になっても戻らないって、さっき連絡あって。携帯も部屋に置いたままで、連絡のつけようがないって。星野さんのお宅では警察に連絡しようか話し合ってるみたいなんだけど、だから俺もこれから自宅に行って、ご両親と話してくる。守屋、彼女が行きそうな所とか、知ってそうな人とか、何でもいいから もし何か手掛かり分かったら教えて。とにかく、俺もう出ちゃうから」

桐谷との電話を終えて、守屋が真っ先に掛けたのは夏子だった。

「雪子ちゃんが居なくなった?!」

当然、想像通りの驚きの声を上げる。

「分かった。探してみる」

守屋は車を走らせながら思い出す。去年雪子が数時間だけ家出した時の事を。あの時は、自分の事で両親が喧嘩をしているのが辛くて飛び出したんだっけ。結局家の近くをウロウロしていたのだったが、今日は一体どこに行ったのだろう。守屋は二人で過ごした映像を、瞼の裏に一つ一つ思い出していく。そして、車は暗い夜の道を真っ直ぐに走り出した。


 平日の夜の道路は意外と空いていて、守屋の車をあっという間に 多摩川沿いまで連れていく。 昔雪子と二度程訪れた場所だ。以前と同じ所に車を停めて、守屋は外灯の少ない土手を歩く。それでも今日は少し明るく感じる。空を仰ぐと、そこには大きな満月が輝いていた。

時々すれ違うカップルに過去の自分達を重ね、感傷的になりそうな自分に蓋をする。辺りを見回しながら進むと、川辺の近くにしゃがむ人影を見付ける。守屋が土手を走って下りると、ふと吹いた風に乗って、懐かしい柔軟剤の香りが鼻をくすぐった。

「ユキ」

その声に振り返った雪子は、守屋の顔を見て目を丸くした。

「良かった・・・無事で」

守屋が思わずにっこりすると、雪子は頬を強張らせた。

「居なくなったって・・・大事おおごとになってます?」

「皆、心配してる」

「皆・・・?」

「お家の人も、国分寺の所長も・・・夏子ちゃんも」

そう言って、守屋はふっと鼻で笑った。

「夏子ちゃんは俺が連絡したんだけどね。今となっては、ユキの事聞けるの夏子ちゃん位だから」

黙ったまま、逃げるでも喋るでもない雪子の隣に、守屋もしゃがんだ。

「髪、切ったんだね。短いのも、似合ってる」

雪子の反応はない。

「何してたの?」

雪子は、手に持っている葉っぱを川に流してみせる。

「このまま流れてったら、海に出るんだろうなぁと思って」

「前も似た様な事、言ってた」

「そうでしたっけ?」

遠い目をして川の流れをじっと見つめている雪子が、ボソッと口を開く。

「どっかで引っ掛かっちゃえば、海まで辿り着けないけど」

独り言みたいに話す雪子の横顔が、以前に国分寺の厨房で会った時とは違っている事に、守屋の心配が募る。

「守屋さん、どうしてここに来たんですか?」

「何でかな・・・」

ゆっくり息を吸い込んだ守屋が、同じ様にゆっくりと息を吐きながら喋る。

「ユキとの事思い出してたら、ここに向かってた」

雪子の悲しい瞳は、切られた髪の陰になって 守屋には見えない。

「ユキ、空見て」

守屋は満月を指差した。

「満月・・・」

「そ。だから、絶対見付かると思った」

雪子は満月の光に顔を向けたまま目を瞑って、胸いっぱいにその空気を吸い込んだ。

「ユキは?何で、ここに来たの?」

もう一度雪子の肩が大きく動いたから、隣にいる守屋にも、大きく息を吸い込んだのが分かる。

「最後にデートした場所だから」

その言葉に、守屋の口が固まる。すると、雪子が静かに笑った。

「あれはデートって言わないか。別れ話する為に来た場所」

「違うよ」

思わず守屋の声が強くなる。

「ユキがもう一度行きたいって言ってたから」

「そっか・・・。じゃ・・・一応デート・・・だったのかな」

少し時間差でふふっと笑う雪子が、続けて喋り始めた。

「私、もっと自分の中にある気持ち、伝えてれば良かった。嬉しいとか、楽しいとか、辛いとか・・・寂しいとか。そしたら守屋さんも、少しは私に もっと色んな事話せてたかもしれないのに」

雪子は手に持っていた最後の一枚の葉っぱを、川に落とした。

「ダイビングしてみたいなんて、わがまま言ってごめんなさい。旅行の約束なんてしなければ、守屋さんが苦しむ事なかった」

「違うって・・・」

守屋の声が雪子の耳を素通りする。

「私あれから時々考えてたんです。私達って、本当に付き合ってたのかなって」

守屋はぎゅっと痛む胸を隠して、雪子の次の言葉を待った。

「たまにご飯食べに行ったり、電話したり・・・。だけど、そんなのお友達や知り合いとだってする事でしょ?それなのに、噂ばっかり先走りして」

そこで守屋が口を挟んだ。

「今回立川でも、また何か言われたの?」

再び雪子が俯く。

「もう、済んだ話です」

「・・・じゃ、それと今回の事は関係ないの?」

「関係・・・無くはない・・・かな」

守屋が黙ると、その沈黙に春めいた夜風がふわっと通り過ぎて行った。雪子の声がもう一段小さくなる。

「職員に手出して、妊娠させちゃう様な噂のある人が、私にはたった一回しかキスしてくれなかったなって・・・」

「それはっ・・・」

勢いだけで守屋の口から出た言葉は実に中途半端で、後には、何の説得力もない沈黙しか続かなかった。

「そう、それは・・・私に女としての魅力がなかったから」

「違う!」

雪子が大きく首を左右に振ったから、守屋の言葉はそこで止まった。

「違わない。そこは・・・やっぱりそうなんだと思う」

守屋が溜め息をつく重苦しい雰囲気に、雪子のふふっと弱い笑い声が霞む。

「もうあれから時間も経ってるし、平気かなと思ってたんだけど・・・意外と落ちちゃって・・・」

守屋がそっと雪子に手を伸ばし、恐る恐る抱きしめた。

「ごめん・・・」

拒絶しない雪子を、もう少しだけ強く抱きしめると、その腕の中で、雪子がポツリと言った。

「一個だけお願いがあります」

「何?」

「・・・言ったら、絶対に聞いてくれますか?」

「・・・俺に、出来る事?」

「出来る・・・と思います。多分・・・」

「何?言ってみて」

しかし、なかなか言い出さない雪子の顔を覗き込もうと腕を解こうとする守屋に、雪子はしがみつく様に袖をぎゅっと引っ張った。

「今の俺が、ユキの為に出来る事があるなら・・・言ってよ」

腕の中で大きく息を吸い込むのを感じた後、雪子は震える様なか細い声で言った。

「今日・・・帰りたくないです」

耳を疑う守屋の腕は自然と解かれて、雪子の体が離れる。確実に言葉を失っている守屋に、雪子は消え入りそうな声で言葉を足した。

「・・・そういう意味です」

「・・・・・・」

無言で頭を掻く守屋を、雪子は視界から外した。

「明日にはすっかり剥がれ落ちちゃう様なメッキでもいいから、今日だけ・・・今夜だけ、私の事、愛して下さい」

「ユキ・・・」

説得する様な声色を感じ取って、雪子は一歩だけ守屋から距離を取った。

「守屋さんも男の人なら、一回位、好きじゃなくても出来るでしょ?」

「・・・ユキ・・・」

自分で言った言葉に涙が出そうになった雪子は、守屋に背を向けた。しかし、守屋は一歩だけ距離を縮めた。

「ユキ・・・そういうの・・・よそう」

「・・・・・・」

「ユキだって今、大事な人、いるんでしょ?」

「・・・・・・」

「ちゃんと考えよう、もう一回。こんな事、どう考えたって良くないよ」

雪子は首をぶんぶんと振るった。

「もういっぱい今までも考えました。考えて考えて、答えなんか見つからなかったんです」

「ユキ・・・」

言い掛けた守屋の語尾を遮る雪子。

「やっぱり引きました?気持ち悪いですよね?私・・・」

「そうじゃない」

「私・・・後腐れありそうに見えます?一回そういう風になったら、一生責任取ってとか、言いそうですか?」

守屋はゆっくり首を横に振る。

「そうじゃない。そうじゃないけど・・・」

『けど』を聞いて、雪子がその言葉を最後まで言わせなかった。

「こんな風に女の私から誘って、お願いまでして。それで断られたら、私この上なく惨め・・・」

薄暗い月夜の下、守屋は苦悶の表情を浮かべる。そして暫くして、雪子が聞いた。

「守屋さん、結婚しました?」

「いや」

ゆっくり首を横に振る守屋。

「じゃ・・・付き合ってる人、います?」

少し黙った守屋が、ゆっくりとそれを否定する。すると、小さい溜め息の後に、少しトーンの上がった雪子の声が続く。

「それでも嫌って・・・私相当嫌われてますね・・・」

ゆっくり川の流れに沿って、川下の方へ足を進める雪子の腕を、守屋がそっと捕まえた。

「わかった」

その一言が、雪子の足を止めた。振り返ってじっと守屋を見つめる雪子の手を、そっと握った。

「とにかく、車に行こう」

車に向かう途中、二人の間に会話は殆どない。車のキーを解除すると、守屋が雪子に言った。

「まず、乗って」

しかし助手席のドアを開けずに警戒した表情の雪子が、守屋に聞いた。

「このまま私を家まで送り届けるつもりですか?」

運転席のドアを開けていた守屋が、一旦ドアを閉めて口を開いた。

「まずは連絡入れよう。皆心配してるから」

「・・・それで?」

「・・・それで・・・」

「私、本当に今日は帰りませんから」

守屋は助手席側に立つ雪子に、ゆっくりと頷いた。

「わかった。付き合うよ」

その守屋の目をじっと見てから、雪子はようやく助手席のドアを開けた。

 二人がシートに収まると、雪子は守屋の携帯を借り、夏子に電話をかけた。

「雪子ちゃん!どうしちゃったの?!」

当然の如く、電話から漏れる程 張り裂けんばかりの夏子の声が、車の中の重たい空気を切り裂いた。

「今守屋さんと一緒。今日は・・・守屋さんと泊まるから、悪いんだけど、夏子ちゃん家に泊まる事にしてくれないかな?」

「え?!・・・雪子ちゃん・・・」

「詳しくはまた説明する」

「あ・・・うん。で・・・大丈夫なの?その・・・守屋さんと一緒って・・・」

「うん」

「そう・・・」

夏子の心配そうな声を振り切る様に、雪子は少し声のボリュームを上げた。

「私、携帯家に置いてきちゃったの。悪いんだけど、夏子ちゃんから家に電話しといてもらえないかな」

電話を終えた雪子が、シートベルトをカチッと締めた。


 チェックインを済ませ、ベルボーイに通された部屋に入ると、手持無沙汰を紛らわす様に、雪子は冷蔵庫を開けた。

「守屋さん、何か飲みますか?」

「ユキ・・・。もう一回、ちゃんと話そう」

雪子は冷蔵庫からビールを二本取り出して、扉をパタンと閉めた。

「私・・・話しに来たんじゃないです」

テーブルに缶ビールを置いて、その内の一つのタブをプシュッと開けた。

「守屋さんもビールでいいですか?それとも、日本酒とかワインとかも入ってたけど」

返事のない守屋を諦めて、雪子は開けた缶ビールをぐっと飲んだ。

「もしかして、まだ運転して帰ろうなんて思ってます?」

そう言われ、守屋はもう一つの缶を 同じ様にプシュッと開けた。ベッドに腰かけゆっくり一口飲む守屋と相反して、雪子はさっき開けたばかりのビールを一気に飲み干した。冷蔵庫から小さなロゼのワインを一本取り出してグラスに注ぐと、それに立ったまま口を付けた。それを見ていた守屋が、一言言った。

「無理矢理飲んでる様に見える」

「そんな事ないです。今日はずっと、飲みたい気分だったから」

もう一口大きく喉に流し込むと、雪子はグラスを置いた。

「私、先にシャワー浴びてきます」

バスルームのドアがパタンと閉まる音を聞いて、守屋は重たい肩を落とした。

するとその時、ポケットの中で着信音が鳴った。桐谷からだ。胸いっぱいに息を吸い込んで、守屋は電話に出た。

「星野さん、友達の所にいたらしい。明日帰るって言ってるらしいんだけど・・・まずは無事でほっとしたよ。守屋にも心配掛けちゃって、悪かったな」

電話を終えた守屋は、更に大きな溜め息を吐き出した。


ありがとうございました

この後も、一体二人がどういなっていくのか、見届けて頂けたら嬉しいです

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