魔王、面倒になってきました
物語というのは、いつも唐突に始まるものである――。
「――なんかこう、毎日毎日、誰かしらやって来るってのも飽きてきたな。」
魔王城にて――。
そこで魔王を務めることになった元引きこもり・ユークは手をヒラヒラと振って玉座に腰を掛けた。
最初は父親に無理やり後を継がされた魔王という立場だが、なんやかんやあって今では自分の意思でやるようになった。
……魔王に無理やりとか、自分の意思とか、そういう話が出てくる時点で何かがおかしいのだが。
「毎日、精々一人か一パーティ……来客としては非常に少ない部類であるかと。」
ねぎらうかのようにお茶を差し出し、ユークの秘書にあたるプレナは正論を述べた。
「だとしてもよぉ……面倒なもんは面倒っつーか……。」
文句を言いながらもお茶を受け取り、ユークはそれを啜った。
ちょっとぬるい。
前に熱いお茶を飲んで火傷しかけたことがあるせいだな。
「お菓子はないのか?」
「ありません。」
金髪ショートの秘書は、きっぱりとそう言った。
「来るだけ、まだマシ。」
「うるせー。寂れたカフェの店員みたいなこと言うな、クオン。」
「同じようなもん。」
このクール……?な少女はクオン。忍者であり俺の側近だ。ちなみに、魔王である俺よりも強い疑惑がある。あ、ついでに言うと、まだ少しカタコトだ。
クオンがこの魔王城に来たのは……半年くらい前か?別の国から来て、この国の言葉を勉強して来たらしい。だからちょっと喋るのが遅かったりする。たまに変なコトを言ったりもするが、多分それはワザとだ。
クオンは小柄……と言うほどでもないが、まぁ普通の女子って感じの身長だ。水色っぽい白髪で長さは肩に触れるくらい。で、黒いミニ着物を着ている。
金髪でスラッとしていてスーツをビシッと着こなしているプレナとは、何から何まで正反対って感じだ。
「同じだったら、もうすぐ潰れるぞ?この城?」
「ここまで読んでいただき、ありがとうございました。」
「こらこら、勝手に終わるな。」
あと、本当にここで終わったら魔王城潰れるってことじゃねぇか。縁起悪いな。
「でも、一人とかだったら、来てないのと一緒。まるで売れない作家みたい。」
「ヤメロ。」
そんなことを言ったら、怖い人に連れていかれてしまう。
それに作家さんだって頑張ってるんだ。いつか報われるんだ。だから売れないとか言っちゃダメだ。
「けれど、日々の生活がマンネリ化してきたのも事実です。ユーク様、何か新しいことをされてみては?」
「新しい……ねぇ……。」
魔王騒動から三か月――。
モルガナも国に帰っちまったし……いや、あんな奴はいなくていいや。
でも、新しい刺激が欲しいってのは確かだ。このまま同じルーティンのような日々を送るだけの人生なんて嫌だからな。
「でも何を……新しい趣味とか……ん~……。」
いざ新しい何かを見つけようとすると、何にも思いつかないもんだな。困った困った。
あ、そうだ。
「新しく誰かに来てもらうってのはどうだ?」
「それなら私が来たよぉ。ふえぇ。」
ん!?このふえぇという鳴き声は!?
「鳴き声じゃないよぉ。チャームポイントだよぉ。ふえぇ。」
「モルガナ!?何しに来やがった!?」
ふえぇを連呼するあざといふわふわピンクヘヤーの少女・モルガナ。
我が宿敵!
……ではなくて、別の国の魔王の娘だ。
色々あって、一時はここに住んでいたロリっ娘だ。
「ふえぇ。クオンちゃんとプレナさんに会いに来たんだよ。ユークなんかに用はないよぉ。」
とりあえず、こいつを言い表すのは簡単だ。
毒舌。以上。
「で、本当にそのためにわざわざ来たのか?」
「そうだよぉ。」
なんつう行動力だ。ここまで来るのに、たしか機関車で一週間くらいかかった気がするぞ。
ていうか、あれ……?
「お前……言葉……。」
「ふえぇ。三か月もあればマスター出来ちゃうよぉ。」
「凄ぇな。あ。まぁまぁやるじゃねぇか。」
思わず本音が出ちまったぜ。危ない危ない。ギリギリセーフ。
でも三か月で外国語をマスターしたってのは凄ぇな。俺だったら絶対無理だ。つーか一生かかっても無理だ。
クオンはまだカタコトだってのに、これも魔王の血筋のおかげなのか?(多分違う)
「素晴らしい努力ですね、モルガナ様。長旅でお疲れになったでしょう。只今、お茶をお持ちいたしますね。」
「クッキーも欲しいよぉ。」
「はい。承知しました。」
あれ?ちょっとプレナ?
俺の時と対応が……お菓子ないんじゃなかったのか?
「あ、そうだ。コレ、お土産だよぉ。はいクオンちゃん。」
「ありがと。」
モルガナは手に持っていた袋から缶を取り出して手渡した。
「私の国で人気のお菓子・八百万ビーンズだよ。」
その名の通り、あらゆる味付けがされた豆のお菓子である。美味なものもあれば口に入れたくない味のもある。正直、ギャンブル要素の強いお菓子だ。
「はい、プレナさんにも。コレ。」
「ありがとうございます。モルガナ様。」
プレナにも同じお菓子か。この分だと、俺にも同じやつっぽいな。
「それでこれが先代の魔王様用。」
「……。」
「……。」
「……。」
「……?」
「……俺のは!?」
プレナとクオンが同時に噴き出した。
「ふえぇ。もちろんあるよぉ。」
何だ。あるのか。驚かせやがって。
「はいコレ。ちなみに、美味しい味のは全部私が食べたよぉ。」
「いるかそんなのっ!!」
不味いのしか残ってないとか、一体誰が食うってんだ!?
こういうのは、何の味があるか分からないから食べるっていうのに!!
「まったく……本当にお前って奴は……。」
三か月ぶりに会ったってのに、全然変わってねぇな。
それが悪いことなのか、良いことなのかは分からないが。
物語というのは、いつも唐突に始まるものである――。
「何なんだ一体……ん……地震か?」
ユークは座り直した玉座が揺れ出したのを感じた。
「いえ。揺れてはいませんが?」
「あれ?俺だけ?」
他の皆は立ってるから気が付かないとか?
「でも小さい揺れってわけじゃ……ほわぁっ!?」
次の瞬間、ユークの身体は玉座ごと宙を舞っていた。
「あーっはっはっは!地下から俺・参上!」
「親父!?いつもいつも止めろって言ってるだろ!?」
粉砕された玉座の下敷きとなったユークがそう叫んだ。
「次から気を付ける!何せ久々の登場だからなぁ!」
豪快に笑うこの男――ユークの父親にして先代の魔王である。
まだそこまで歳はいっていないが、プライベートを優先したいという理由で魔王を引退。息子であるユークに職務を半ば無理やり押し付けた男だ。
「ユークパパ、お久しぶりだよぉ。」
「おっ!モルガナちゃん!久しぶりだな!ちょうどよかった!」
「何がだよ……?」
ユークは立ち上がり、瓦礫と化した玉座を部屋の隅に寄せた。後で誰かに片づけてもらおう。
「調査してほしいことがあるんだ。近くの町に現れた謎の光る球体についてだ!まぁ噂にもなっているし、皆知っていると思うけどな。」
当然、とばかりに女性陣は頷いた。
えっ?知らないの俺だけ?
「何でも、触った人が消えてしまうらしい。んで、それをユークたちに調べてほしいってわけだ。」
「んな物騒なモン調べさせんなよ!?つーか城はどうするんだよ!?留守には出来ないからな!?」
以前、留守にしている間に侵入され、荒らされたことがある。魔王の家だからって勝手に荒していいわけじゃないってのによ。
「その点は父さんに任せろ!しっかり留守番してやる。というか、引退したはいいけど、意外と暇だったり仕事が懐かしくなったりでな。またやりたいと思っていたんだ。」
そんなこと思ってたのかよ。
なら息子に押し付ける必要なかったんじゃねぇのか?
「……わーったよ。」
親父が何か言い出したら、説得するのは無理だ。なら、さっさと動いた方が良い。
「それじゃプレナ。久々に皆で外出だ。」
俺とプレナ、クオンにモルガナ。
この四人でどこかに行くというのも随分と久しぶりだ。色々と面倒だしうるさかったりもするけど、なんだかんだ楽しいんだよな。
「はい、ユーク様。それでは皆様、私に触れてください。」
プレナは移動魔法というものが使える。自身と触れている者を、記憶している地点に瞬間移動させるという魔法だ。
「それでは行って参ります。」
「おう。お土産待っ。」
親父が何か言いかけていたけど、それを聞き終える前に移動魔法が発動した。
移動した先は、魔王城から近くにある町。
魔王っていう脅威が近くにあるというのに、全然それを感じていない雰囲気の観光地とも言える町だ。
「あっ!ユークだ!」
「ホントだ!一か月ぶり?」
「うるせー!二十八日ぶりだ!まだ一か月経ってねぇよ!」
ほぼ一か月である。
ユークのこの台詞を聞いて、笑いが起こった。
「ふえぇ?いつの間にこんな風になったの?」
「モルガナが帰ってから、すぐに。」
ユークはフレンドリーな魔王として知られていた。怖くないというのが一番の理由だろう。
町の人々は魔王とその一行を見ても畏怖せず、人間と同じ扱いをしてくれる。魔王城も今では立派な観光地となっている。……一日に来る人数なんて、たかが知れてるが。
そして魔王の威厳、皆無である。
「クオンちゃんだ!」
「プレナさまー!」
それとこの二人は、まるでアイドルのような存在となっていた。町を歩けばファンが寄ってくる。
けっ!別に羨ましくなんてないし!
「本日は謎の光の球体について調べに来たのですが、どこにあるでしょうか?」
「ああ、それなら。噴水前にありますよ。」
この町の中心に位置する噴水。待ち合わせ場所としても便利だし、何かロマンチックだから告白スポットとしても有名だ。
そこに行ってみると、地面から少し離れたところに浮いた光る球体と、そのすぐ近くに看板が立てられていた。
”新目玉スポット!触ると消えます”
と看板には書かれていた。何が消えるかぐらい書いとけ。
「ともかく、これが例のヤツで間違いないみたいだな。」
「そのようです。どうされますか?」
どうって言われてもな。
本当にヤバかったらヤバイけど(語彙力皆無)、触ってみるしかないだろ。
もし万が一のことがあったら……調査を勧めた親父が悪い。もう全部、親父のせいだ。俺が女性にモテないのも、なんか運が悪い気がするのも、ふえぇが俺のお菓子の美味しい部分を全部食べたのも、あれもこれも全部親父が悪い!
「行くぞぉー!」
「いってらっしゃい。」
「ああ!俺に任せ……っておーい!!」
ついて来ないクオンとモルガナの腕を引っ張り、無理やり光る球体に触れた。
「消えた!」
「消えたぞォッ!!」
いや、消えるって書いてあっただろ。なに驚いてんだ。
んで、目を開けると違う場所に俺たちは立っていた。
「ここは……?」
「ふえぇ。さっきと同じところだよぉ。」
しょーもない嘘吐くな。どう見ても違うだろうが。
「どうやら、別の空間に来たようですね。」
広い原っぱと遠くに見える巨大な塔。
いわゆる異世界ってところだな。いよいよ俺も主人公らしくなってきたってもんだ。
「ねぇ。アレ、なんだろ?」
ユークの肩をチョンチョンと叩き、クオンは近くにある建物を指差した。
どこにでもあるような、普通の家に見える建物だ。
「……さぁな?せっかくだし、寄ってみるか。」
危なそうな感じもしないし、近くにあるんだから寄っても平気だろう。
つうかココがどんな世界なのか、何にも知らないわけだし、人がいそうなところに行って把握しといた方が良いよな。
この世界が一体どんな世界なのか!
「……なんか…………。」
その建物に近づいてみると、賑わいが聞こえてきた。
楽しそうな雰囲気だけど、他に何にもない草原で笑い声ってなんか怖いな。
「よし――プレナ、ドアを開けるんだ。」
「それは……魔王としての命令ですか?」
「そうだ!」
「分かりました。」
男性としては最悪ですね、と呟いてプレナはドアに手を当てた。
次の瞬間、ただドアに手が近づいただけだというのに、ドアが勝手に動いて開いた。
「……!」
どういう仕組みになってるんだ?
何はともあれ、これで中に入れる。さぁ一体どうなって……。
「……あれ?」
中は酒場か何かのようだ。
太陽がまだ出ている時間だってのに、ほぼ満席状態で盛り上がっている。
何だこりゃ?
「……見覚えのある方もいらっしゃいますね。」
たしかに、町で見たことある人がちらほら。
「ってことは、あの球体に触った人がここで騒いでいる……ってことか。」
「そのようです。少し話を聞いてみましょうか。」
テキトーに近くにいた奴に声をかける。
「おい貴様!ちょっといいか!?」
「訊き方。」
クオンのツッコミは無視。
「ん?あんたはたしか……。」
「俺は魔王だ!」
ユークは胸を張ってそう答えた。
のだが……。
「魔王!?」
「こいつがか!?」
「とうとう乗り込んできやがった!!」
周囲が次々と騒ぎ出した。
「あれ……俺、なんかやっちゃったか?」
「ユーク様、そのような発言は控えた方が……。」
いいじゃん。言ってみたかったんだよ。こういう自覚無き強者、みたいな台詞。
「で、何で俺たち、囲まれてんの?」
気が付くとユークを中心に取り囲まれていた。
「どうする……?」
クオンが少し腰を落とし、帯刀してある小刀に手を伸ばした。
めっちゃやる気じゃん。
「でもまぁ待て。まずは話を聞こうぜ。」
こういう時こそ、冷静に落ち着いて平静に丁寧に落ち着いて……。
「落ち着いてください。ユーク様。」
「ふえぇ。お前ら、なんのつもりだよぉ?」
「お前も魔王の仲間なのか?」
一人の男がそう訊いてきた。
「ふえぇ。私は違うよぉ。」
堂々と嘘言ったよ。このふえぇ。
「あの、落ち着いて話を聞いてください。」
プレナが周囲をぐるりと見渡し、落ち着いたトーンで話し始めた。
「――私たちは別のところからやって来ました。そのため、この近辺のことをまだ何も知りません。どなたか親切な方、教えていただけると助かるのですが?」
「俺が!」
「いや俺が!」
「いーや!俺だね!」
「え、あの、ちょ。」
次々とプレナの周りに男どもが群がり、ユークとクオン、モルガナは弾き出された。
「……。」
けっ!美人には優しいってか!
俺にも同じ対応をしてほしいもんだね!
「……あれはプレナに任せて、俺たちは飯でも食うか。」
「賛成。」
「うん。」
まだ空いているテーブルに着き、テキトーに注文をする。
と言っても、メニューになんて書いてあるのか分かんねぇんだけどさ。こういう時は勘だ。勘で選ぶんだ。
料理はすぐにきた。まるで最初から用意してあったかのようなスピードだ。
「……これ何?」
「それはタコ焼き。タコが入ってる。」
タコを入れるなんて、怖いもの知らずの料理だな。
恐る恐る口に入れてみると……。
「ん……イカか?コレ?」
タコの味は知らないが、イカは食べたことがある。この食べ物はイカっぽい感じの味がした。よく分かんないけど、これがタコの味なんだろう。
「あ、これ、イカだ。」
と思っていたけど、つまみ食いしたクオン曰く、やっぱりイカなんだそうだ。
「ふえぇ。それじゃあこの麺はなに?」
「それは焼きそば。……焼いたそば。」
そのまんまじゃねぇか。
茶色っぽい色のスパゲッティ……パスタか。パスタって呼んだ方がオシャレな感じがするよな。
「勢いよく啜って食べるのが、マナー。」
「ふえぇ。そんなのお下品だよぉ。」
「たしかに!」
音を立てて食べるなんて、とても上品とは言えねぇなぁ。
ここは俺が一つ手本を見せてやらねぇと。
「ズズズズズズズズズズズズズズズゥ!!!!!!」
「ふえぇ!?コイツ、言ったそばから啜ったよぉ!?」
「いや、てっきりフラグかと。あとこれ美味いな。何だっけ?名前?」
思ったよりも美味しい。帰った後もまた食べたくなるような味だ。
「チャンポン。」
「ああ、そうだ。チャンポン……そんな名前だったっけ?」
なんかさっき聞いた時と違う気がするんだが……まぁクオンしか知らないわけだし、嘘ではないだろう。
「お待たせしました。……何されてるんですか?」
戻ってきたプレナがジト目で見てきた。
「ん……?プレナも食うか?」
「いえ、結構です。それよりも、情報を仕入れてきました。聞いてください。」
以下、プレナが群がる男どもから仕入れたお話。
この世界には魔王が住んでいる。遠くに見える塔みたいな建物に住んでいるそうだ。
この世界に住む魔法使いが異世界に助力を求めるため、出来たのが俺たちがこっちにやって来たキッカケになった光る球体。
でも先にやって来た人たちは皆、魔王討伐なんかしたくなくて、この酒場で毎日遊んでいる。
で、さっき俺が魔王って名乗ったことで、張本人が乗り込んできたと勘違いしたんだとさ。
「んで、俺たちはどうすりゃいいんだ?」
「え?魔王を倒しに行くのでは?」
「えー……?」
正直、面倒くさい。
あくまで俺たちがココに来たのは、光る球体の調査だ。その先にあった魔王討伐は当初の目的には含まれていない。
やってほしかったら、報酬でも差し出して、キチンと書類を通してくださーい。
「その魔王、強いの?」
「魔王なわけですし、異世界に助力を求めるほどですから、強いかと思われます。クオンさん。」
「ならユーク、行こう。」
「やーだよ。俺はここで暮らすんだ。」
ここにいれば食べ物に困ることはなさそうだ。第一、俺たちよりも先に来た連中がずっとここにいるってことは、それだけ居心地が良いってことだろ?
そんな素敵な空間を、どうして自らの意思で手放さなきゃならないんだ?教えてくれ、誰か偉い人。
「ふえぇ。コイツ、クズだよぉ。」
「何とでも言え。俺とて、自分の生活を守らなければならない。」
「ふえぇ。コイツ、姑息だよぉ。」
姑息の使い方を間違っている気がするが、言いたいことは伝わった。
だが断る!
何といわれようと、俺はここから動かない。俺を動かしたかったら、相応の何かを持ってこいやぁ!
「しかしユーク様。ここにいては、新しいライトノベルを読むことが出来なくなるかと。」
あ……。
「よし!ここにいたって仕方がない。生意気な魔王をぶっ潰す!」
「ユーク……。」
「ユーク様……。」
「残念な奴だよぉ……。」
「見るな!そんな目で俺を見るな!」
そんなに冷たい視線を寄せられたら、俺の心が壊れちゃう。割れ物に注意。
席を立ち、駆け足で酒場を出る。
えっ?無銭飲食?
馬鹿なことを言ってるんじゃないよ!これは魔王を討伐するための必要経費だ。分かったら返事をしな!今日からお前は……とそんなことを言ってる場合じゃなかった。
「お前ら走るぞ!あの夕日に向かって!」
「逆方向です。」
分かってるって。こういうのは、ノリとテンションが……ん?どっちも同じか?まぁとにかく、そういうのが大事なんだよ!
のんびりと歩いて行き、近づくにつれて塔に見えていた建物は、四角い形をしていたことが分かった。ガラス張りの建物のようだ。でも中の様子は分からない。
「ふえぇ。変な雰囲気だよぉ。」
「ああ……!ビシビシ伝わってくるぜ……!」
勝手に開くドアから、人が出入りしている。
けれど、その表情がおかしい。
入っていく奴は死んだような顔をしている。とても暗い表情だ。
反対に、出てくる奴はどこかやりきったような、晴れ晴れとした表情をしている。
「一体、中で何が起きてるんだ……?」
これも魔王の仕業……?
だとしたら、良い奴の気がしてきたぞ。別に倒さなくてもよくね?
「ここまで来て、帰るのは、カッコ悪い。」
「フッ……行くぞ、お前ら。」
「ふえぇ。今更カッコつけても手遅れだよぉ。」
「うるせー。」
いざ!潜入!
堂々と正面からな!
――中は落ち着いた……というより、静かだった。人が何人も何か仕事をしているみたいだけど、それにしては音がない。
まるで大きな音を立てることが悪かのようだ。
「見てください。この建物の地図のようです。」
プレナが入り口のすぐ近くにあるプレートを示した。
「ええと……二十階建てなのか、ココ。」
魔王城にしてはデカすぎる。きっと他の施設も一緒に入ってるんだろう。貧し。
「さって……魔王がどこにいるか、だな……。」
「訊いてみたら?」
クオンが向こうで働いている人を指差した。
「いや、無駄だろ。」
教えてくれるわけないだろ。普通に考えて。
――考えるんだ。俺。
何のためにこれまで、大量のラノベを読んできたんだ?暇つぶし?現実逃避?
――否!
知識を身に付け、生かすためだ!
そして、今こそその時だ!
「……絶対、違いますよね……?」
「……そんなことはないぞ?」
魔王という存在は(俺も魔王だけど)、どっしりと構えるものだ。魔王城に来る人間――いわば挑戦者を待ち受けるのに相応しい場所は……!
「読めた!魔王は最上階!つまり二十階にいる!」
「ホントに?」
「おいおいクオン。俺が今まで嘘を吐いたことがあったか?」
この俺の推理力を疑うなんて失礼な。
「割とある。」
「あ、そうだっけ?」
即答されるほど嘘吐いてたっけ?
まぁいいか。そんなことはどうでもいいさ。
「で、どうやって二十階まで行くの?ふえぇ?」
ふえぇを疑問符に使うな。
「アレ、使えるんじゃない?」
クオンが差したのは、建物内にあるドア。
どうやら、ドアの先が箱のようになっていて、その箱が上下に動く仕組みになっているらしい。
既に出入りしている人が何人もいる。
「バーロー!あんなの罠に決まってるやろが!使うなんてありえへんで!」
「急にキャラどうした?」
あれはこの魔王城(仮)に住んでいる奴らだから使えているだけの可能性が高い。
俺たちが使おうものなら、高く上がったところから落とされるに決まってる。絶叫系アトラクションみたいに!
「男なら階段だろ!」
「じゃあいってらっしゃい。」
「ごめんなさい一緒に来てくださいお願いします。」
「そこまで言われちゃ、しょうがないなぁ。」
くっそぉ……ムカつく。
階段の前に立つ。見上げれば、天井が見えないほど高く続いている。これをただ上っていくというのは、中々ハートにきそうだ。
「……よし!走って上るぞ!ビリは皆にジュース奢りだ!」
これならやる気も出るに違いない。
第一、この俺がモルガナとプレナに負けるはずがないのだ!
クオンには……まぁ勝てないとしても、運動の不得意な前者二人に負ける道理などない。
「ふえぇ。いいよぉ。」
「ふ……言ったな?」
勝った……!計画通り……!
「それじゃ、よーいドンでいくぞ?よ~い……ドンブッフォッ!?」
ドン!を言った瞬間、モルガナとクオンの腹パンがユークにもろに入った。
腹を抱え、その場でうずくまるユークを横目に女子三人はスタートを切った。
「こんのッ……ブッフォ!!テメェ!!絶対に許さねぇ!!!」
とんでもない八つ当たりの言葉を口にして、ユークは猛然と階段を駆け上がった。
「ふえぇ!?来たよぉ!?」
鬼の形相を浮かべ、ユークはスタートでつけられた差をグイグイ縮めていく。
何がそこまで彼を動かすのか?ジュースを奢るのがそんなに嫌なのだろうか?自分で言い出したことのくせに。
「無問題。私に策がある。」
クオンが二人にゴニョゴニョと耳打ちした。
「へっへっへ……!」
追いついてきたぜぇ!
どういうつもりかは知らんが、一番足の速いクオンが遅いモルガナに合わせて走っている。これなら充分に抜かすチャンスが……。
「なぁっ!?」
ユークの前で、女子三人が広がって並走を始めた。
――これでは追い抜くことが出来ない!
「卑怯者!正々堂々戦え!」
「何とでも言え。私とて……何だっけ?」
先ほどのユークの台詞を真似ようとしたが、忘れてしまったので止めた。
「姑息な手を……!」
だが!しかし!
その作戦はいつまでも続くものではないィ!!
階段を駆け上るというのは、想像よりも遥かにしんどい。だって俺はもう限界だもん。正直、もう止まりたい。休みたい。
でもそれは!前を走る三人も同じこと!
「お前たちの誰か一人でもフォーメーションを崩した時……それがお前たちの最後だ……!」
これまでで一番魔王っぽい台詞を口にするユーク。
「ふえぇ……もう限界だよぉ……。」
「私もです……クオンさん、私に構わず先に行ってください……!」
……何でこんな茶番をやっているんだろう……?
唐突にプレナはそう思ったが、深く考えないことにした。
たまには童心に返るのも悪くない。
「分かった。私は先に行く。二人は、足止めをして。」
「了解だよぉ!」
モルガナとプレナはその足を止め、振り向いてユークの方を見る。その間にクオンは階段を駆け上がっていく。
「ここは通さないよぉ!」
「上等だ……!」
ここで立ち止まるわけにはいかない。
俺にはもっと先の――成し遂げなければならない目的がある。
「だから……こんなところで止まるわけにはいかねぇんだよッ!」
ユークの激昂。
ここまで感情を露わにするのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「私だって!クオンちゃんと約束したんだもんっ!だから!ここは絶対に通さないっ!」
対するモルガナもまた激昂。
まだ幼さとあどけなさを感じさせる彼女だが、その迫力は大人ですら躊躇わせるほどの何かがあった。
「知るかそんなん!俺の未来は俺が決めるッ!ここで立ち止まってなんかいられねぇんだ!」
「それは私もだよぉっ!」
魔王の血筋を持つ両者が、階段の上段と下段で睨み合う。
その緊張感たるや、建物が崩壊しそうなほどであった。
「あの……ユーク様?モルガナ様?」
遠慮がちにプレナが両者の間に入った。
「どうしたプレナ!?」
「今、大切なトコロだよぉ!?」
「いえ……そろそろこの辺にして、本来の目的に戻りませんか?」
「あ、はい。そだな。」
いい加減、ふざけてる場合じゃなかったか。
まぁここでエネルギーを消耗してもしょうがないしな。大人の男性らしく、子供に譲ってやるか。
「ということだ。悪いなモルガナ、この続きはまた今度な。」
そして優しい口調で諭す。これぞ大人の対応だ。
「ふえぇ。元はと言えば、ユークが言い出したことだよぉ。何すました態度取ってるの?」
「んだとコラ!」
このガキ……!!
「大体、私とユークは四歳しか差がないのに、大人ぶるなんて無理があるよぉ。」
「うるせー!それを言ったら、俺とプレナだって二歳差だっての!だのに差があるじゃねぇか!」
自分で言っててダメージがきた。
あー駄目だ。優秀な秘書と自分を比べるのは止めよう。人と自分を比べちゃいけないよ、やっぱり。
「……そろそろよろしいでしょうか?」
「うん。それじゃ行こうよぉ。」
心なしか、プレナが怒っているような気がした。これ以上騒いでいると、本気で怒られそうだ。普段優しい人ほど、怒った時に怖いものはないからな。
大人しく階段を上がっていき、ようやく最上階に到着。
もう疲れた。帰りも同じことするのか?ヤダな。
「あ、来た。ユークが最後尾だから、ジュース奢ってね。」
「そうですね。帰ったらユーク様に奢っていただきましょう。」
「え?」
そのルール、まだ続いてたの?
「このドアの先が、そうだと思う。人の気配がする。」
「なるほどな……んじゃ、とっとと乗り込むか!」
ここでうだうだしても仕方がないし、ちゃっちゃとやるに限る。
ドアの取っ手に手をかけ、勢いよくドアを開ける。
「おい魔王!討伐にきてやったぜ!」
「あ、魔王ならこの研究室にはいませんよ。」
「あ、そうなんですか?」
部屋には白衣を着た男性が一人いるだけだった。
魔王いないのかよ。ならどこにいるんだ?
「魔王なら九階にいますよ。」
「どもっす。失礼しましたー。」
ドアを開けた時のテンションが恥ずかしい。ていうか……。
「なんで九階なんだよッ!?」
半ばヤケになって階段を駆け下り、目的地の九階へと到着。
「誰だっけ?最上階に魔王がいるとか言った奴?」
「ふえぇ。覚えてないよぉ。誰だっけぇ?ねぇプレナさん?」
「えっ?さ、さぁ……どなたでしょうか?」
くそう……ムカつく。ホントムカつく。ここぞとばかりに煽ってきやがって。
「だってそうだろ!?普通、最上階にいると思うじゃん!ここの魔王がおかしいんだって!これは罠だ!俺を嵌めるために誰かが仕組んだんだ!」
「落ち着いてください。顔とポーズが大変なことになっていますよ、ユーク様。」
「よし落ち着いた。悪いな。ちょっと取り乱しちゃって。もう大丈夫だ。」
「ちょっと……?」
クオンとモルガナが首を傾げたが無視する。
さて、仕切り直して――。
「開けるぞ。準備はいいな?」
ドアに手をかけ、振り向くと三人は黙って頷いた。
「よし!」
俺たちが力を合わせれば、怖いものなんて何もない。勝ち確ってやつだ。勝利のBGM流して良いレベルだ。
「おい魔王!俺たちが来たぜ!」
「おや?ようやく来たんですか?随分と遅かったですね。」
黒縁の眼鏡をかけて、灰色のスーツを着た背の高い痩せ形のおっさん。
そいつがそう言った。
つまり、こいつが魔王……?
「ほら、早く始めますよ。戦うんでしょう?当然、準備は済ませてありますよね?」
……なんだこのおっさん?
色々思うことがあるけれど、とりあえず――。
「ウザいよぉ。このおっさん。」
「同感だ。さっさと倒すぞ。」
どうも対面していたくない相手だ。もしかしたら、俺の前世がこいつを拒絶しているのかも。
「それにしてもまったく、あれだけ時間があって、来たのがたった四人とは……。もう百万回くらい言ってると思いますけど、遅刻はしないでほしいものですねぇ。」
「こいつ、ホントにウザいよぉ!」
モルガナが右手を前に出し、魔力を集中させる。
巨大な火の球が起こり、魔王へと向かっていった。
魔王女の煉獄炎!!
代々受け継がれてきた魔王としての力が備わった劫火だ。大抵の輩はこれで消し炭となる。
だが……。
魔王はハエを払うかのような動作で劫火を消し去った。
「なっ!?」
「何ですか?今の攻撃……?ですかね?小さすぎてよく見えませんでしたよ。もしかして、視力検査ですか?」
「絶対に殺してやるよぉ!!」
モルガナ、ブチギレ。
「まぁ落ち着けって。次は俺が攻撃してやるよ。」
モルガナの肩に手を置き、ユークが一歩前に出た。
嫌そうに身体を震わせ、モルガナはユークの手を払いのけた。
可愛くねぇなこいつ……!
「次は君ですか?見せられるモノを持っているんでしょうね?」
「当たり前だ!喰らえ!」
ユークは拳を握り、力を込めてその腕を振るった。
魔王の鉄拳!!
「おや?何ですか?」
しかし、それをも魔王は片手で簡単に受け止めた。
「もしかして、握手しようと思ったのですか?」
「こんのッ……!」
煽り方が一々、癇に障る野郎だな……!
でもって強い。それが余計にムカつく。
「そう言えば、名乗っていませんでしたね。私は魔王のセボクといいます。まぁ君たちには消えてもらうので、覚えてもらう必要はありませんがね。」
「へっ……!真の魔王が誰か教えてやんよ!」
強がってみせたが、こいつはガチで強い。
「ユーク様……!」
「分かってる!俺たち四人が結束しなければ、こいつを倒すことは出来ない!いくぞ皆!」
勢いよく俺は跳び出す。その隣にはプレナの姿が……あと二人は?
「やれやれ……君の実力も評価してあげましょう。」
セボクが動いた。
そう捉えた次の瞬間、その拳が目の前にあった。
「えっ……?」
速すぎる。躱せな……。
「ユーク様っ!」
プレナがユークの肩に触れた。
移動魔法!
「おや……?」
間一髪で扉の傍まで退避し、床に穴を空けたパンチを避けた。
次に、青白い髪が靡いた。
クオンだ。
一気にセボクとの距離を詰め、小刀を鞘から引き抜きつつ斬りかかる。
「物騒なものですね。」
それを片手を前にしただけで止めた。
――身体が動かない……何かの術?
身体が石になったかのように、クオンの身体は動かなくなってしまった。
「ちなみに、刀の歴史について知っていますか?」
「……知らない。」
「何で知らないんですか?自分で使っているのなら、それくらい知っておきなさい。」
セボクの拳がクオンの腹に入った。
クオンの身体は後方へと大きく吹っ飛び、壁にクレーターを作り落下した。
「クオンちゃん!許さないよぉ!!」
モルガナが叫び、両手に魔力を込める。
巨大な火球を創り出し、それを投げつける。
魔王女の偉大なる紅蓮!!
「おや?少しはマシになりましたね。やれば出来るじゃないですか。」
セボクは右手で殴る動作をすると、火球は止まり逆にこちらへと飛んできた。
「ふえぇ!!」
モルガナは身体を大きく見せるポーズをとる。
魔王女の怒り!!
モルガナの身体を中心に爆発が発生し――。
相殺!
「このヤロ!」
今度はユークが殴りかかる。
「ぐがっ!?」
片手で軽くあしらわれ、ユークは床を転がった。
「この程度の実力で、よくもまぁ来れたものですね?まぁ来ない人よりは百倍マシですが。」
駄目だ……マジで歯が立たねぇ……。
「くっそ……。」
俺には魔王の血が流れている。
代々受け継がれてきた魔王の血が。
それが通用しないっていうのか?
「――それは違います!」
プレナが叫んだ。
「プレナ……?」
「貴方はまだ、覚醒していないだけよ!だから立って!魔王として真の力を手に入れれば勝てるから!」
いつもの敬語じゃない。
秘書としてではなくて、ユークを傍でずっと見てきた女性としての言葉だ。
「…………ったく……。」
そんな風に言われちゃ、立たないわけにはいかないだろうが。
いつだって男ってのは、女の子の前ではカッコつけるもんなんだよ!
「勝負はまだこれからだ!調子乗ってんじゃねぇぞおっさん!」
「やれやれ……困りましたね。」
互いの拳がぶつかり合う。
「ぐおっ!?」
ユークの身体が再び吹っ飛んだ。
「無駄ですよ。君に改善の余地はありません。」
「まだだァッ!!」
また立ち上がり、殴りかかる。
また吹っ飛んだ。
「……っのヤロー!!」
何度倒されても、何度でも立ち上がる。
限界だろうが何だろうが関係ねぇ!
「ユーク……。」
クオンが心配そうに彼の名前を呟いた。
「ねぇ……このままじゃユークが……。」
「大丈夫です。心配いりません。」
プレナはそう断言した。
ニートだった彼は、受け継がれてきた血筋を使用していない状態だ。戦った経験はほんのわずか。それでは蓄積された力を全て扱うことは出来ない。
けれど、その力を全て解放することが出来たなら――。
「恐らく、もう少し……もう少しです。」
これまではほんの一部しか使えなかった。しかし、ここで格上に挑み続けることで、秘められていた――貯まりに貯まった経験値を全て得ることが出来る。
「身体が戦いに慣れれば、魔王としての本来の力を出せるようになるはずです。」
「つまり、今はスパルタで力を引き出そうとしているの……?」
「はい。見てください。」
段々と、ボロボロになりながらもユークは吹っ飛ばなくなってきた。
「な、何が起きて……?」
「――さぁな。」
疲れているってのに、身体中が痛いってのに、どんどん熱くなっていくのを感じる。身体の奥底から力が湧き上がってくるのを感じる。
これまでサボっていたから知らなかったけど、これが親父から……いや、もっと前から――先祖から代々受け継がれてきた血筋――魔王の経験値なんだろう。
詳しくは分かんねぇけど、ただ一つ言えることは――。
「俺は!強くなってるってことだ!!」
「んなっ!?」
ついにユークがセボクの身体を押した。
拳圧で竜巻のような風が巻き起こり、窓ガラスが割れ、部屋で栽培されていた野菜が外へと飛び出した。
「さぁ……こいや!こっからが本番だ!!」
「私の研究用の野菜が……いいでしょう。本気で相手をしてあげます。」
野菜の研究……?本職は何なんだ?純粋な魔王ってわけじゃなさそうだ。
「ウオオオオオォォォォォ!!!!」
「ハアアアアアァァァァァ!!!!」
目にも止まらぬ速さで、互いの拳がぶつかり合う。
その度に衝撃波が発生し、次々と部屋が壊れていく。
「凄い……!」
これが、魔王としの真の力を解放したユークの力か。
最初はまるで歯が立たなかった相手に、今は互角に戦っている。
「いや……でも……。」
ユークの方が押されている。
まだ力が足りないのか。
「こ……っのォーー!!」
足りないってなら、それを補うまでだ!
ユークはさらに手数を増やす。パンチはもっとシンプルに、無駄を省いて――さらに速く!
「小癪な……!」
互いの拳はガードを躱し、身体に当たるようになってきた。
「ぐっ……くそっ……!」
これでも駄目か。
押されている。もっと……。
「……いや…………。」
違う。
多分だけど、これが今の限界だ。
これが歴代魔王の経験値の力だ。これ以上は出せない。これが俺の限界……。
「違う!」
俺自身の力は、まだまだこれからだ!
ニートをやっていただけで、これだけのパワーが出るんだ。ちゃんと訓練すれば、もっと強くなれる。
でも、今はそんな暇はない。
だからといって、それを言い訳に負けるなんてことはあっちゃいけない。
「勝たないといけないんだ!」
だから――!
「皆!俺に力を貸してくれ!」
四人の力を合わせれば、越えられない壁なんてない!
「その言葉、待ってた。」
「ふえぇ。そいつをぶっ飛ばそうよぉ。」
「――はい。当然ではありませんか。」
プレナが微笑んだ。
「――だって、私たちはいつでも一緒なのですから。」
「へっ!」
そう言ってくれれば充分だ。
「俺に力を送ってくれェー!」
じわじわと温まるような感覚がする。
「ほう……?ですが無駄ですよ。」
駄目だ。もっと力が必要だ。
まだ向こうの方が強い。
「モルガナ!力が足んねぇぞ!」
「ふえぇ!」
まだだ。
まだ限界に達していない。四人の力を合わせれば、もっとパワーが出るはずなんだ。
「プレナ!モルガナの力足んねぇよな!?」
「え……ええっ!?」
私に振ります!?それ!?
「クオン!サボってないで力送れェ!!」
「サボってない。」
「嘘吐くな!なんか分かんだよ!」
なんかこう、クオンのボケーっとしたオーラがないんだよ。
あ、やっと送られてきた。
回復していくような……身体が軽くなっていくような……。
「なっ!?」
ついに、ユークはセボクの拳を受け止めた。
「ありがとな、皆。」
これが俺の――俺たちの全力だ。
「……ふん。いくら力を合わせたところで、君では私には勝てません。それを教えてあげましょう。」
「そうか?やってみなきゃ……分かんねェッ!!」
ユークの拳がセボクの顔にめり込み、その身体を吹き飛ばした。
「ガハッ……このガキがぁっ……!!!」
「よーやく本性現したな。クソ魔王!」
ユークは強く踏み込み、腰の入ったパンチを繰り出す。
「このッ……ガキがァ……!」
見えない力に阻まれる。
最初に見せた何かの術か……でも!
「無駄だァ!」
術を突き破り、セボクの身体に拳をヒットさせた。
「ぐおおおおおッッ……おのれェ……!!」
背後の壁に激突し、床に伏した。
だが、よろめきながら、セボクは立ち上がった。
「まだだ……私は……!」
「いいや!終わりだ!」
間合いを詰め、ユークは全身のエネルギーを利き腕に集中させる。
「喰らえェッ!!!」
魔族の結束!!!
「ぐああああああああああァァァァァァァァッッッッッ!!!!!」
セボクの身体は壁を突き破り、そのまま外へと落ちていった。
そしてスーツのポケットに入っていたであろうチョコレートがポロポロと落ちた。
「……勝った!」
ユークは右腕を天へと突き上げた。
全力で戦い、見事魔王に勝利した。俺こそが真の魔王と言えよう!
……何で戦ったんだっけ?
まぁ……いいか。やっぱ勝てばキモチイイし。
「んじゃ、もう用はないし帰るか。プレナ、頼むぜ。」
「……はい。」
――あれほどの激闘を見せた後に、普段通りの態度。
大物なのか、ただ単にズレているだけか。
――どちらでもいいわよね。
どうであれ、私が仕える主人であることに変わりはないのだから。
「それでは皆様、私に触れてください。」
三人の手が触れているのを確認した後――。
移動魔法、発動。
瞬きをしたら、既に魔王城へと戻ってきていた。
「ウェーイ。」
「ウェイウェーイ。」
魔王城は大量のウェイたちによって攻撃されていた。
玉座の間は陥落寸前だ。
「ちょおおおおおっ!!何があったんだ親父!?」
「あ、ユークか?」
地下へと繫がっている穴から親父の声がした。
「親父!?留守番どうしたんだよっ!?」
「いや~実はな……父さん、腰をやってしまってな。動けないんだ。」
「このヤローッ!!!」
駄目だ。今は親時にキレてもしょうがない。
それよりもこのウェイどもだ。
毎度毎度、留守の時にやってきやがって。弱いくせに。
「ぶっ倒す!お前ら手伝え!」
「はい。」
「えー。」
「いやだよぉ。」
くそおおおおおおぉぉぉっっ!!!
人望欲しいィ!
「ウェイ!?」
「ウェーイ!?」
どのウェイもパンチで一撃だ。数だけ多くて面倒だな。虫かよ。
……ってあれ?
さっきまでのパワーが出ない?
何でだ?まぁこれでも余裕で勝てるから不自由はしないんだけどさ。
「――どうやら、また力は眠ってしまったようですね。」
「どういうことだ?」
ウェイをぶん殴り、ウェイを蹴散らすプレナに尋ねた。
「ユーク様の覚醒した力――あれは恐らく、一時的に発現したもののようです。使う必要がなくなったことで、また封印されたのでしょう。」
必要だったから銀行から金を卸した。必要なくなったからまた預けた。
そんな感じだろう。
「えー……じゃあ戦ってるうちに強くなる……的な?」
「そうかと思われます。」
マジか。何でそんなことになっちまったんだか。面倒なもんだな。
「そい。」
最後のウェイを流れで倒した。
まったく、強くなったかと思ったのに、あんまり変わってないってことだよな。
最大火力は上がっても、通常時は以前と一緒ってことだ。
「まぁでも……。」
戦いの最中に強くなっていく。
主人公っぽくてカッコイイかも。
「ふえぇ。変なことを考えてる顔だよぉ。」
「うるせーな……そういやお前、いつまでふえぇって言うんだ?」
魔王がそんなんだと、威厳とかねぇよな。
「魔王っぽくないだろ?」
ユークも人のコトを言えた立場ではない。
「ふえぇ。これは私のアイデンティティだから、言わなくなるなんてありえないよぉ。」
「そうか。じゃあずっと言ってろ。」
「ふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇふえぇ。」
「俺が悪かった。」
怖い。
「ユーク様、魔王で思い出しましたが……。」
プレナが書類を持ってきた。
「他国の魔王との交流会が近づいて参りました。それと魔王城の軽微体制の見直し、従業員への待遇の改善会議、その他のお仕事が来週から入ってきます。普段は週末に伝えるのですが、思い出しついでにここで述べさせていただきました。」
あー……そんなに仕事が入ってくるのか。
「……キャンセル出来るの、ない?」
「ありません。」
きっぱりとプレナはそう答えた。
……。
仕事の話ってヤなもんだ。
そんなに予定があっちゃ、なんにもやる気が起きねぇなぁ。
やっぱ魔王、面倒だなぁ。
ニートだった頃に戻りてぇなぁ。
唐突に書きたくなったので書きました。
気が向いたら、何か続編でも書くかもしれません。
では!