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黶(あざ)  作者: 黎明
喫茶店
2/17

シゴト仲間

 「俺に渡米せい言うんかい」

 狂染みたトーンで叫ぶように嘉瀬は言った。嘉瀬が外国嫌いであるとはもはや言うまでもない。

 嘉瀬はだるそうに首を回した。無理もない。

 

「まぁ、そう驚かんでもええやないか」

 

 ゆっくりと余裕を持って橘は謂った。不安気に顔を曇らせて、嘉瀬は不服そうに、

 「小耳に挟んだことなんやが、日本の製薬会社がまだ処方薬として、処方してるらしいわ。そのルートから、お前の謂うアンフェタミンを入手すんのはあかんやろか」

よっぽど渡米したくない気持ちが言葉に滲みでている。ぼやくように嘉瀬は謂うとそのままそっぽを向いた。すねる女子か。

 「アホやな。白昼堂々、ヤク貰いに行くなんか、アホがするこっちゃ。手続きがなにかとややこしいし、わしにもお前にもマエ(前科)があるやろし、まず、幹部様はオリジナルを求めていらっしゃるんや。俺らはデコ(警察)にレッテル貼られてるからな取扱危険っちゅうのを」

 橘も嘉瀬と同じように陰鬱そうに答えた。説明するのもいちいち面倒になってきたのだ。

「それやったら割れ物注意とちゃうか。何かと当たるし」

 皆さんがそれはお前だけだろ、と突っ込むのもしょうがない。

「うまいこと謂いはりますな。嘉瀬はん。座蒲団ざぶとん一枚や」

 いや、そんなにおもんないやろ、と嘉瀬。それもそうかと橘。


 そこで橘の胸が震動した。失敬と呟き、赤いガラケーの携帯電話を胸ポケットから出し、橘は電話に出た。席を立ち、店の玄関にいそいそと足を進ませる。


_______もしもし。何や、暁か。どないしてん。

 嘉瀬が待っているから、できるだけ早く、話を切り上げよう。暁からの電話ならたいしたことではないだろう。少し、安堵感を抱きながら橘は尋ねた。

_______橘さん。すんません。誰かと呑んではりましたか。

 暁は電話をするときの決まり文句を口にした。

_______いや、まぁシゴト仲間とちょっとした話をな。お前こそな

んやねん。

 普通、呑んでいると推測できるなら、しょうもない電話を振ったりはしないだろう、と橘は踏んだが、見事にその判断は的を外れた。

_______それが、今日、組の集会やったんですが橘さんがいらっしゃってなかったんで。ようするに安否確認ですわ。

それだけの用にしては暁はどうも、息づかいが荒い。橘は笑いながら、謂った。


_______お前、エンコ(指)でも詰められてんのか。

暁はあくまでも冷静に、返す。

_______橘さん。冗談でも笑えませんぜ。

 既に暁の左手は二本の指がない。

_______そうやな。すまん、すまん。そんだけならもう切ってええやろ、電話。わしはまだ、ピンピンしてるわ。

 見えないだろうが、橘はピョンピョン飛んだ。

_______なら、ええんです。それと、一つ連絡があるんです。

_______謂うてみぃ。

 本題だ。橘は唾を飲み込む。


_______ブツの入手の話ですが、何か手伝えることはありますか。

 そういうことか。橘は嘉瀬の方を向いた。嘉瀬はなにやら、メニューの写真の貼り方に感動している様子だ。あいつならきっと許してくれるだろう。

_______ほんならまだ、日にちは決まってへんねんけど大阪港の夜警の二人を殺ってくれや。あいつらがおったらシゴトがやりにくうてしゃあない。

 一番、嫌なシゴトをまわす。我ながら悪党だなとしみじみ感じる。

_______解りました。日時はまた、しらせてつかあさい。ほんじゃあ、また。

_______おう。また、組で。

 話のわかる奴だと感心した。次第に綻びが顔に広がっていった。

 

 ツーツーというビジートーンが鼓膜こまくに響く。携帯を閉じ、胸ポケットに丁寧にしまった。席に戻り、珈琲をオーダーした。直に珈琲が届いた。店内の香りと裏腹に届いた珈琲はインスタントの香りがした。安物だな。

 

「なんかあったんかいな」

 嘉瀬がスマホを弄りながら、興味無さそうに訊いた。もうちょっと態度というものをわきまえてもいいと思うが。やれやれと思いながら、

 「組員の暁からや。暁にもこのシゴトに参加してもらおうと思とってな」

 珈琲をスプーンで掻き回しながら、橘はこたえた。嘉瀬が面白くなさそうにこっちを見る。

 「ほう。どんな役柄、任すねん」

 微かに嘉瀬の目付きが変わったことに、橘は気付かなかった。

 「夜警のしご(始末)や。あいつは簡単にケツを割るような(逃げるような)奴やない。そのへんはわきまえてる侠気おとこぎのあるやつや。ただな、、、」

 これを謂うと簡単に嘉瀬は暁を信用しなくなるだろう。仲間に意地でも入れようとしないかもしれない。

 「ただ、なんやねん。さっさと謂わんかい」

 嘉瀬はゆっくりと顔を上げた。眉が小さく動いた。

 しょうがない。言うしかないか。橘は腹を括った。


 「女癖が悪いっちゅうのが唯一の欠点やな」

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