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黶(あざ)  作者: 黎明
ふたつの出会い
16/17

交差

やっと

 「はい?なんでしょうか?」

 佐々木が煩わしそうに振り返った。さっさとこの場所から逃げ出したそうな表情で顔は覆われていた。彼がめんどくせえなと小さく愚痴をこぼしたことも澄川は見逃さなかった。


 澄川は葛藤した。顔には出さないがそれは間違いなく葛藤という言葉にふさわしい戸惑いだった。


 そして搾り出した声には一切の感情も籠らない無の響きがあった。

 「本当でしょうな。この情報は」

 思わず澄川は携帯番号の書かれた紙を握りつぶした。手汗が滲んで文字が歪むのを遠藤は見た。


 澄川はおもわず発してしまった自分の言葉のおかげで焦燥に駆られている。部下の身勝手な行動に苦言を呈するのは先輩として当然の職務の一つだが今、口を挟めば厳格なオーラを放つ佐々木に制止されるのは火を見るよりあきらかだ。


「私が嘘をついたってさらにウチが信用されなくなるだけでしょう?そんな無謀なことをいたしゃしませんよ」


 もっともである。嘘をついていないと佐々木が確信したのはそのためである。絶対的自信に満たされ余裕綽々としていた佐々木もそんな振る舞いをする相応の理由がやはり存在したのだ。


「…ご協力ありがとうございました」

「もう訊くことはございませんね?」

 遠藤がきっと睨む。佐々木は怯むとそそくさとでていった。

 それを見て遠藤も席を立った。ほら行くぞと立ち尽くしている澄川に声をかける。

 澄川は黙って歩き出した。遠藤の対応に納得していないようだ。


 外は来たときよりもぼんやりと寒い。街灯がうっすらアスファルトの道路を照らしている。


 「あほなことすな。あっちはプロやぞ。ほんまにお前の訊こうとしてたことなんざ。手に取るようにわかっとったで、あの目は」


 そう言いながら階段を下る。壁と肩が擦れあって音を立て寂しい空気を際立たせる。


「でも遠藤さんもわかってたわけでしょう?あなただってプロです。もうちょい踏み込んでもよかったとちがいますか?」

 不服そうな澄川の言葉が背中を揺すった。


 もう少し踏み込むという行為はあの状況下では判断が非常に難しい。

 吉と出るか凶と出るか。こいつは長らく刑事を続けてきた自分にも見極めが利かない。


 一定のリスクを背負った状態で行動に移せる人間などこの世にいるだろうか?自分はいるとは思えない。


 「いんや、まだそこまで踏み込む段取りができとらへん。順序がちゃうねん。お前は結果だけを追い求めて、過程を見失ってる。幸いお前は真の意を告げなかったからまだええにしても。危うく利用されるとこやぞ」


 こっちの言動を借りていくらでも奴らは情報漏洩に対策できる。どこまで足がついているかなどの推測は役者の台詞を聞いていれば容易いことなのである。


「すいません。ですがあいつらを見てると怪しくて怪しくて。もうちょっとでつい本当のこと吐きよりました」

 素直に澄川は謝った。


 たしかに自分の行き過ぎた行動によって自分の身はまだしも全てを滅ぼしかねないのだ。


 「澄川クンには期待しとるんやで。なんでもそつなくこなせる男やし。でもちょいとけんかっぱいとこがある。我先に動こうとせんでええんや。刑事は粘るのが仕事や。釣りみたいなもんよ」

 遠藤は澄川の肩に手を置いた。釣りは個人的には好きじゃないなと澄川は思う。


 「頑張ってや。この話に関しては相方は常に俺やないと、まだ危ないけどな。慣れるように俺が指導するから。任しとき」

 遠藤はここぞとばかりに胸を張った。


 「ありがとうございます」

 純粋な笑みを澄川は浮かべた。


 たしかに少々ふたりは思想が食い違ったりもするが方向性はどちらも同じだ。お互いに納得のいく答えを出せるようになれば最高のコンビになるのではないだろうか。


 「まあえええわ。ほな気分変えて一杯飲みにいこか。どこがええ?前のおでん屋にでもするか?」

 勤務時間外まで澄川を付き合いさせたのだ。遠藤はささやかながらお詫びをしたかった。彼は誰にも奢ったことがないが今回は特例だ。盛大にご馳走してやろう。安価なおでんを。


 「あそこの大根は絶品ですもんね。いきましょう。勿論遠藤さんの奢りですよね?」

 これは決まり文句である。絶対に奢ったことのない遠藤を皮肉って作られものだ。


 「ああ。かまへんで。今日のお財布には諭吉さんがいらっしゃるから」



 え?と澄川は目を丸くした。まさか遠藤さんに奢ってもらう日が来るとは。


 街は眠っている。ネオン街もないこの街は静寂と平和に満ちている。

 交通課の活躍もあってか暴走族もめっきり減ったし、出歩くチンピラも市の改革により交番が多く設置されたせいでどこかに行ってしまった。


 しかしその背景にはあの事務所の存在があるからだろうか。


 おでん屋の前に着いた。

 おでん屋の屋台「らく」は決まって高速ガード下にあり、そこは常に昭和レトロな空気で包まれている。

 遠藤はここがたまらなく好きである。


 厄介な世の中になったもので多くのおでん屋が撤廃を懸念していると大将はよくぼやく。法律が厳しくなった今は経営を続けることが難しいらしい。今年中には店を閉めるとは言っているが、もう三年も前から言っているので今年も大丈夫だろう。


 「悪いな、兄ちゃんたち。隣座るで」


 赤い暖簾を手でちょっと捲って遠藤が顔を出した。先客は若い男ふたりだ。

 ひとりは華奢な体つきをした長髪の男で、もうひとりは痩せた短髪の男である。


 「ああ、かまわへんといてください。俺らもう出るんで」


 短髪の男が声をあげた。長髪が尻ポケットから丸まった二千円札を出して大将に渡した。


 おーきにと大将が叫ぶと長髪が目で短髪に合図をして席を立ち「つりはええから」と長髪が言うとすぐにふたりは夜闇に消えた。



 「気前がいい客がおるもんですなあ。大将。頼むで」

 いかにも常連客のように遠藤が言った。この店でふたりで食べても大体は千円で収まるのだ。


 「あいよ。恭さん、大根とトリとはんぺんね」

 遠藤の頼むものはいつも決まっているのだ。そそくさと大将は箸で具を取り始めた。



 「遠藤さん。ちょっと」

 澄川が囁いた。

 どこか顔には艶がなく、血の気が引いている。


 「ん?何や。どないしたんや?」

 





 「さっき出て行った奴の一人、嘉瀬とちがいますか?」

                                            未完

一応次話のプロットはちょっとできてます

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