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黶(あざ)  作者: 黎明
新たな始まり
15/17

魅力

約束は守る

予定は未定ではなく決定(戒め)

 これには嘉瀬も目を丸くするほかなかった。


 自分が渡米する必要もなければ暁とかいう餓鬼の飛び入り参加に思いを巡らす意味もなかったのだ。


 もともと金を出して自分をわざわざ雇うような組の質はどうせ知れている。


 だから雇われの身ながらもふつふつと夔夜叉会への反抗心が腹の底で起こってはいたのだが、とくに全力で潰そうなんて思いは起こらなかった。そこに天宮が橘の部下の暁に殺されたと聞いて潰す理由が成立した。


 薬を奴らの思い通りに持って帰ってくれば信用も少しは付くだろう。そこから芥組を再興して乗り込めば自分に多少の信頼を寄せている夔夜叉の目を欺いて楽々と潰せると思ってはいたが甘かった。


 そもそも根本的な面で奴らが自分にシゴトを依頼するなんてありえないのだ。


 自分の所属していた潰れかけの芥組は夔夜叉会の敵対する驫木会傘下。


 ちょっとばかし馬が合い、刑務所で仲良くなった橘も陰の実力者かどうかはさておき、彼の一存で自分がこの重要なシゴトに関わることが許されるわけがない。


 そう、甘かったのだ。俺はこの手のプロだなんて錯覚していたが、それは己の心象に隠れた理想形でしかなく何でも卒なくこなせる万能な人間であるはずもなく、またそんなものどこにもいるはずがないのだ。


 金に目がくらんで、夔夜叉の傀儡あやつりにんぎょうになっていた自分に嫌気が差すと同時にどこか非力で情けなく思えた。


 嘉瀬は相手の言葉をいたって重大に受け止めた。嘉瀬にしては珍しいのである。己のなんたる無力さを痛感したのもこれが人生で初めてのことである。


 黙って拳を振り下ろした。どすんと重い音がして砂埃が舞う。

 「これはマジで考えよか。喧嘩は買う言うてもいささか事情が違うで」

 そう言うと松原はううんと腕組みをして座りなおした。


 物事の基盤からひっくり返された者はどういう思いを抱くのだろうと窺っているような目つきも持ち合わせていた。


 「ほんまならタチが悪すぎやで。まさか出所してすぐ裏切られるとはな」

 嘉瀬は冷たく笑うと大の字になって寝転んだ。


 天井のしみが眼に入る。あれは自分たちだと思った。

 ひとつ消えようとふたつ消えようとわからないような存在。常に脆く、儚い。


すると頭の中にひとつの思いが浮かんできた。



脆いからなんだろう?

むしろ脆いほうが好都合なんじゃないか?

脆い者ならすぐに散ったってかまわない者なら何だってできるんじゃないか?

己が無力であるなんて被害妄想にすぎないんじゃないか?


そんな疑問とともに嘉瀬には大きな自信がついた。


彼は感情が簡単に右往左往するような人間ではない。


おそらく未だに腹の底で燻っている万能な人間であるという単純な自意識イメージを崩したくなかったからであろう。


 「脆いなりにやってみるか。松原」

 へ?と松原は顎を突き出した。それもそうだ。嘉瀬とこれまで付き合ってきてこんなに明るい声色は初めてである。


 「脆いってなにがですか?」


 「俺らに決まってるやろ。義理と任侠なんかとうに割れてもたシャボン玉やけど、少なくとも漢としての玉は割れてないつもりやで。俺は少々しぶとい玉やから。なんも捨てるもんもひろうもんもないならちっとばかし無茶してもええやろ」


 この際ばかりは小言のように並べるシャボン玉については触れず、突っ込まず、松原は静かに察した。


 ほとんど0も満たない可能性に全てを賭けるなんてどこぞやのヒーローにしかできないだろう。

 なぜなら多重のリスクを犯してまで小さな利益ベネフィットを追求するなど一般人には到底できっこないからである。だがこの男は、嘉瀬卿平は無謀にも多少なりとも残った可能性に一点賭けをしようとしている。


 そんな特定の視点から見ると松原には嘉瀬が昔憧れた正義の味方(ヒーロー)のように映るのだった。


 「付いてくる奴は少ない、金はない、義理も任侠もない、学もない、挙げだしたらきりがない」

ふっと呟いてみる。


 松原はなぜこの男に自分が付いていきたいか、わかった気がする。


 絵に描いたような狡猾さを持つ、ないことづくしのこの男には闇の世界の住人としての光明があるのだ。


 部下の死に対しても一切の頓着をみせない彼の冷酷さは逆手に取れば武器になる。彼はその持ち前の武器をフルに活かしてこの悪手蔓延る裏社会をどんでん返しに導くやもしれない。


 「やるだけやってみましょうか。自分たちなりに」

 「よし、お前がそこまで言うならしゃあない。やっぱり芥の出来損ないども集めろ」そう言ってから嘉瀬はばっと振り返って「先に言うとくが負け戦やない。俗に言う河越の夜戦よ」

と念を押すと嘉瀬はにやりと笑った。

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