真相
遅すぎる続き
「戦って、抗争起こすんですか?」
馬鹿真面目に松原が訊くものだから、思わず嘉瀬は吹き出してしまった。よく仲間が死んでいて、笑えると時々自分の冷酷さに嫌気がさす。
「当たり前やろ。まず手始めに是枝使って、夔夜叉のお偉いさんハメて、、、」
夔夜叉会の幹部は放蕩者で溢れているのは裏社会では周知の事実だ。麻雀賭博や野球賭博で儲けがでれば、一夜で金をばらまいてしまう輩である。先週も飛田新地辺りで遊びほうけている幹部たちを嘉瀬は目撃している。
「そんなことして大丈夫ですかね。一回、睨まれると返しがつきませんよ」
もっともな意見だ。夔夜叉会は裏で極悪非道で有名な台湾マフィアと繋がっているという噂がある。迂闊に近づけば夜の闇に消えることになるとか。
「んなこたあ解ってる。でも夔夜叉にやり返すんやったら、これしかない。にしてもなんで暁の野郎、天宮やったんやろ。女癖が悪い言うても部下思いの熱血漢っちゅう噂は嘘っぱちかいな」
少し皮肉を込めながら嘉瀬は言った。ある意味嘉瀬の勘が的中した。どうも胡散臭そうだったのだ。
「といいますと?」
「アホみたいに分かりやすく言うとな。暁と橘は名字が一文字以外にコネがあってな」
「コネですか?」
まじまじと松原が嘉瀬を見つめる。
「まあ、帰属が夔夜叉以外にも色々とな。どないな関係よろと思って。調べてみたんや。パソコン塾通ってたから、だいぶ簡単やったで」胸を張って誇らしげに語る。 そして、急に神妙な顔つきに変わって「なんで気になったか言うと暁も例のシゴトに関わっててな」と静かに言った。
「シゴト?何ですか?それ」
あちゃーと嘉瀬が頭を手で抱えながら俯く。こいつは一切、仕事について知らないのだ。まったく忘れていた。
「ええか。よう聞きや。一回しか言わへんで」
松原は思わず唾を飲む。あまり時間を無駄に使うのはこの状況下では好まれない。
それから大雑把ではあるが、ジェスチャーを含ませながら嘉瀬は淡々と例のシゴトについて説明した。
息をつきながら話し続ける嘉瀬の言葉に松原はむっと首を傾げた。そして徐に口を開き、
「いくらかおかしな点がありますね」
と相変わらず馬鹿真面目な顔で呟いた。嘉瀬は優雅にペットボトルのお茶を飲んでいる。客には何も与えないのが嘉瀬のスタンスだ。
「何処がやねん」
右足を行儀悪く立てて、銜えた煙草に火をつけながら嘉瀬は言った。ふっと火の粉が散り、途切れ途切れに煙が上がる。
「まずですね。嘉瀬さんは芥組時代、どういう役職に就いてらっしゃいました?」
丁寧な日本語だと内心、嘉瀬は感心した。ただ自分もこうなれたらいいのになんて感情は一ミリたりとも抱かなかったが。
「そうやなあ。最終的には若頭補佐ぐらいやったと思うわ」
随分、前のことだったように感じるのはなぜだろう。よっぽど消したい記憶だったか。ましてや彼女のことなど、いやなんでもないだろう。
「おかしいなあ。なら知っててもいいと思うんですが」
そう言ってから早や二十分間じっと考えている松原に嘉瀬は段々、苛々してきた。朝早くにたたき起こされ、興味のないような部下の死に熱弁を振るわれ、そして一向に何も始まらないこの馬鹿げた沈黙の中で自分は何がしたいのだろうか。いよいよ嘉瀬が手を振り上げようとしたとき、松原はやっと話し始めた。
「もしかして、あんまりヤク関連のシゴトはされてませんでした?」
数秒おいて嘉瀬は落ち着くと、頭を掻きながら、
「ヤクのシゴト?そら大阪支部にシャブを段ボール三箱くらいお使いしたことはあるで。行く途中に何袋かくすねたけど。あと関空にアシッド取りに行ったり、はっぱは日々、携帯してる」
そう言って嘉瀬は胸ポケットを裏返した。目の切れるような奴には直にわかるのだがポケットは二重構造になっており、まず一層目に煙草と年代もののオイルライターがあり、二層目にはっぱの入った小さなビニール袋がある。意外とこれが気づかれないと嘉瀬は語る。警察は目先の煙草に目が行くのだと言う。それに大抵は職質を受けても「令状は?」と皮肉っぽく言ってその場を去るのだとか。どうせやってもすぐきづかれるだろうから皆はやらないように。(なんじゃそりゃ)
「そうですか、でもそれは直接、取りに行ったり届けに行ったりしただけですよね。ヤクの詳細についてはご存知でしたか?」
「多少はな。シャブは闇市から仕入れたもんを別の闇市に高く流っすっちゅうことで。取引先は主に中国マフィアやアメリカのギャング。アシッドは中国におとくいさんがおるから、どこぞの派閥グループが仕切ってるマフィアやろうな。たぶん。どこも安価で取引してくれるから。わりと助かってた」
なんとなくではあるが唯一まともに通っていた中学校で得た知識以外にも幹部から色々教えてもらった。
「それで今回、橘さんが嘉瀬さんに委託したシゴトで取り扱うのはメタンフェタミンなんですよね?」
「ああ、そうや。メタンフェタミンや。数十年前までは日本でよう流通しよったらしいけど」
「おかしいのはそこなんですよ。夔夜叉会はかなりヤクについては慎重に動いています。犯罪歴のある者が海外に飛んだら間違いなく、飛んだ国の政府の責任者の耳に入って、ましてや暴力団関係者です。目をつけられないわけないでしょう。まず大前提としてヤクを入手させるために部下を海外へ飛ばすのはまず考えられません」その話す勢いで息をつく暇もないように続ける。「それに夔夜叉会はヤクの密造工場をいくらか所持しています。表向きは大手有名製薬会社の契約工場ですが裏ではせっせとヤクの生産に励んでいるとか。場所も一角に片寄らず散らしているので一斉にガサ入れを受けたとも考えにくいです」
松原の冷静な分析には割って入る隙もない。ただ所々の重要な情報を拾いながら嘉瀬は松原の話を平然と聞き流していた。わざとではない。ただ右耳から左耳へと言葉がほぼ抜けていくのだ。気分はそう、潮干狩りに近いだろう。
「既存の入手ルートがデコどもに絶たれても、あいつらは非常に諦めが悪いです。すぐに即席でもいいから新たな手段を確立するでしょう。なにしろヤクには勿論依存性がありますし、戦闘面においても多大なる活躍を見せますしね。栄養ドリンクみたいなもんなんでしょう。あいつらにとってのヤクは」
それは確かに認知している。並大抵のヤクザは刑務所の中では常に猫かぶって、か弱い人間を装うが、一度娑婆に出てしまえば執行猶予や仮釈放なんて関係なしに行方をくらます。理由は大体が薬関係。依存性の高い薬を乱用していたなら薬のない日々など地獄に近い。そのためやっと出れたとなったら真っ先に姿を消すものが多いのだ。また、戦時中にビタミン剤として普及していたこともあり組の間違い(いざこざ)があったときには幹部が部下たちにメタンフェタミンをばら撒くことなんて日常茶飯事だった時代もあったのだ。
「そしてですね。嘉瀬さん、聞いてます?今から結構、重要なこと言いますよ」
ソファに頭を擡げながら、嘉瀬はああとだけ力なく返事をした。聞いているだけでかなり疲れた。知らないことが多かったのも一つの難点だったかもしれない。
「じゃあ言いますがね。メタンフェタミンは一般家庭でも合成可能なんですよ」
よければ評価よろしくおねがいします
アクセス増やしたいので