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夢に咲く花 4

 すべてが終わったわけではないが、カダンたちはほっと気が抜けていた。


 火傷跡は残ってしまったが、ルイは目を覚ました。生き残った村人も、無事に守りきることが出来た。

 昨日今日で元に戻るものは何もないが、それでも明日が見えたような気がしていた。

 一度家に戻ろうと言うカダンの提案に、反対する者は誰もいなかった。ルイとカウルでさえも、一言の反論なく頷いた。


 そんな日の景色が黄昏に染まる時分、孝宏は外から車の中を覗いた。



 ルイはターバンを何度も巻き直している。ターバンを取ったルイの顔や首筋には、ケロイド状の跡が残る。

 彼の言葉を信じるなら、しばらくすると消えるらしく、心配はいらないという。

 それと、ルイは長かった髪を短く切っていた。あの時焼けたのは、何も皮膚だけではない。髪の毛もだ。側頭部の一部は根元まで焼け、仕方なくカウルと同じく、坊主にしたのだ。

 だがそれが彼には相当不本意だったらしい。まるで砂漠の民のように、頭にターバンを巻き、すべてを隠してしまった。


「髪が伸びるまでの辛抱だしね」


 ルイがあまりにも苦々しく言うので、いつも反応に困ってしまう。

 孝宏がカダンにこっそり聞いた所によると、昔好きだった女の子に、カウルと間違われたことがあったらしい。それ以来、常にカウルと違う髪型、違う口調で話すようになったとか。

 今はマリーと一緒に、どのように巻けば、しっかりと、かつ格好良くなるか試している。


 カウルとカダンは一緒に広げた地図を眺めていた。帰る道を模索しているのだ。

 どうやら来るときに使った道が使えなくなったらしく、別ルートで帰るしかなくなっていた。


(あれどうしようか……今更って感じだしななぁ……)


 孝宏はめくっていた幕を閉じた。

 腹を満たした牛たちが、木の下で地面にうっぷして休んでいる。邪魔するのも気が引けるので、孝宏は車の車輪にもたれ地面に座り込んだ。



 あの時村の中で見つけた物はすでに村人に渡したが、あの家で見つけた物だけは渡さず、車の中の荷物と一緒に今も持っている。

 あの部屋を皆に見せなければならない。一目見てそう感じた。大事な物を守る為の特別な部屋だと思ったけれど、それも今は燃えて、砕けてしまった。


(そもそも役立つなんて、根拠があったわじゃないしなぁ……)



 孝宏は無意識に首から下げた、黒曜石の首飾りを触った。紐の先に、丸く整えられた石が付いているだけの質素な物。それはお詫びと礼として、アベルから貰った物だった。

 きっと何かの役に立つからと言って貰ったが、曇り一つない、漆黒の石は格好良くもあるが、どこか不気味だ。


 一応ルイに尋ねてみたら、魔除けに使われる石なんだそうだ。貰っとけば、と簡単な答えが返ってきた。彼がそう言うならそうなんだろうと、とりあえず首から下げている。

 こういうのは慣れておらず、気が付くと触っている。




 不意にこちらに近づいてくる足音がした。それは車の傍で止まり、パンっと一回手を叩いた。


「やあ、カダン。愛しのカダン。私に美しい顔を見せてくれないかい?」


 声の持ち主は孝宏からは死角となって見えないが、声だけで彼だと解る。車体を盾にそっと覗くと、やはりナルミーだ。

 爽やかな笑顔を張り付け、両手を広げ、片方の足を軽く曲げる。お決まりのポーズで立っていた。


「美しいカダン。私の愛しい人。あの日の事を忘れてないなら、そうか姿を見せて。あの時のように微笑んでくれないかい?」 


 ナルミーが並べる、歯の浮くようなセリフに、堪らずカダンが車から顔を覗かせた。


「ありもしない出来事をでっち上げるのはやめて下さい」


 相変わらず、ナルミーを見るカダンの表情は厳しい。歯を剥き出して低く唸る。



 孝宏が初めてナルミーに会った時の、カダンの笑顔は何だったんだろうかと、孝宏が首を捻った。


(てっきり、ツンデレってやつだと……違ったか)



 カダンは上半身だけを車から乗り出し、片手を木枠に付いて支えた。空いたもう片方の手でナルミーに殴りかかるが、それをナルミーは一歩下がり、わずかに体をずらしただけで避けた。

 頭の横でカダンの拳を捕まえると、にっこりと微笑んだ。口元をカダンの耳に寄せ、彼にだけ聞こえる声で愛を囁く。


「そんなことを言いに来たんですか?俺、今忙しいんですよね」


「そんな顔も素敵だ。君は堪らなく私を駆り立てる」


 ナルミーはカダンが車の中に戻れないよう、捕まえた手を引いてカダンを引き寄せた。片手で支えていたカダンはバランスを崩しそうになったが、かろうじでこらえた。


「用事がないなら帰ってください。邪魔です……か……」


 ナルミーはカダンの手をさらに引き、顔を限りなく近づけた。それまでと同じ調子で、適当にあしらおうとしていたカダンは、腕を取られたまま唇と唇が重なり、目を見開いたまま言葉を失った。

 喋っている最中に重なった口づけは、ナルミーの侵入を簡単に許してしまう。



 孝宏には始めカダンは抵抗もなく、と言うか身じろき一つせず、ナルミーにゆだねているように見えた。

 ナルミーも気をよくしてニッと笑い、カダンを両腕で抱きしめる。

 カダンは片手が自由になるも、前のめりの体は今にもバランスを崩してしまいそうで、ナルミーを押しのけるの躊躇され、結頭上の帆幕を握り込んだ。

 口づけはより深く、より激しくなり、カダンが苦しそうに目を細め眉間に皺を寄せた。


 絡み合う二人の息遣いにかすかに水音が混じる。漏れる吐息がどちらのものとも知れず、孝宏は顔が熱くなるのを感じた。



(ま……まじ?)


 孝宏は運悪く覗いてしまったことを後悔していた。


 知人の事情を覗き見するには気が引けるし、ましてや未経験の身には刺激も強かったのかもしれない。とはいえ、目を離せずにもいた。






















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