夢に咲く花 2
「もう……少し、ん……だから……はぁ、はぁ……我慢して、くっはぁ……」
孝宏は両手を上に思いっきり押し上げたが、それ以上にカダンが押し返す力が強かった。
『いや……だ、ぁあ……もうダメだ……』
腹の奥の疼きが止まらない。熱を持ったそれが外に出たがって、今にも爆発してしまいそうだ。
「無理……い、だぁ!」
孝宏がカダンを蹴り飛ばしたのは、それより少し遅かった。
孝宏の中で弾けた炎が噴き出し、カダンの体が浮き上がった瞬間、孝宏は互いの体の隙間に足を滑り込ませ、カダンの腹を思いっきり蹴った。後は巻き起こった風がカダンを孝宏から引きはがしてくれる。
孝宏の視界がオレンジ色に染まり、その向こうで呆然と立ち尽くすカダンの輪郭を炎が歪ませた。
「我慢しろって言ったろう?なんて堪え性がないんだ……」
「限界ってものがある!それに無理だって言ったのに、続ける方が悪いんだろう!?」
「それは……悪かったけど、俺にも事情があるの…………はぁ……」
地球の言葉を知るはずのないカダンだ。孝宏が何を言っていたかなどわかるはずもなく、何か言いたげにしていたが、飲み込んで大げさにため息を吐いた。孝宏をじろりとにらみ、もう一度小さくため息を吐いた。
「そう警戒しなくても、しばらくは魔法が使えないから何もしないよ」
「そうなの?何で?」
孝宏を包んでいた炎の勢いが弱まっていく。やがて炎が消えると、孝宏は温泉の淵に腰かけ、足でお湯を軽く蹴った。
カダンは孝宏が沈めた石の上に座り、淵にもたれかかる。濡れて顔に張り付く前髪をかき上げて言った。
「俺、一度集中力切れると駄目なの。飲んでる薬の副作用なんだよ」
「どこか悪いのか?」
「そんなんじゃないよ」
カダンが体の向きを変え、温泉の淵に向き合い肘を付いた。頭手の上に乗せ首を横に、孝宏に向けた。
「もう気付いていると思うけど、人魚に狼のハーフなんだ。人魚の血はちょっと厄介で、人里で暮らしにくいから、その血を封印して、人魚の特性だけを出ないようにしてんの」
血の特性を抑える薬は、同時に魔力も制限してしまう副作用を持っている。その為魔術を使うと体の負担になり、カダンは魔術を限られた時間の中でしか使わない。
確かにカダンは疲れているようだった。淵にもたれて目を閉じ、身動き一つない。寝てしまったのではないかと思ってしまう。
「それってどう厄介なんだよ?」
孝宏が遠慮がちに声をかけると、カダンが重そうに瞼を持ち上げる。
「それは……まあいいじゃないか。それより、時間がたったら続きするからね」
「げっ!俺はもう平気だから止めよう?な?」
「バカだな。傷ってのは見た目だけじゃないの。腹の痛み、引かないんだろう?」
カダンが指先で、孝宏の痣を突いた。あれから三日たったが痛みは引かず、今も鈍い痛みが残る。孝宏は痣を摩りながら目を細めた。
「なあ、一発で全部終わる方法ないのか?あれはちょっと恥ずかしいよ」
誰かに見られているわけではないが、行為そのものが別のものを連想させる。異世界では普通の行為であっても、孝宏には拷問にもなりえる。
「一発でって?………ある、には、ある、けど……」
カダンは言葉を切り、言いにくそうに孝宏から目を反らしたが、それに孝宏は目を輝かせて飛びついた。孝宏が肩を掴んで揺らすと、カダンは顔をしかめ孝宏の手を払った。
「まあ、タカヒロがどうしてもって言うなら、しないこともないけど。でも、俺にも心の準備があるっていうか、急には困るっているっていうか、やり辛いっていうか……」
はっきりしないカダンをせかすと、彼は顔を赤らめて言った。
「一回で全部終わらすなら、俺の口から、タカヒロのへ直接……するんだ。さすがに俺も照れるけど、タカヒロがどうしても、我慢できないっていうなら…………しない、ことも……ないけど」
「やっぱり遠慮しておく。そのままで良いや」
真顔で即答する孝宏を横目で見て、カダンは視線だけを滑らせて空を仰いだ。
「…………だよねぇ」