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冬に咲く花 88

 虚ろな表情で炎を眺める孝宏の瞳から涙が一筋流れ落ちた。

 唇が繰り返す微かな呟きに気付き、労いの言葉を掛けようとした三人が言葉を飲み込み、しばし呆然と立ち尽くす。

 彼がこれほど素直に人前で涙を見せたのは初めてで、三人は顔を見合わせ、互いに心当たりを探るが、誰も思い当たらない。


「ごめん。ごめんなさい。ごめんなさい」


 泣きじゃくるでなく、静かに涙を流しながら、繰り返し謝る孝宏。

 何に誤っているのか、恐る恐るカダンが尋ねると、一瞬肩を大きく震わせ唇を噛んで黙る。彼は明らかに怯えいた。



 孝宏は振り返り様にカウルと目が合うと表情を強張らせたが、目を閉じ呼吸を整えると、体ごと向き合い固い鉄の上で正座した。そして意を決し、口を開いた。


「俺、知ってた」


 告白しようと決心しても、いざ言うとなるとどうしても言葉が出ずに、今さら二の足を踏んでしまう。

 孝宏の唐突の告白に困惑した三人も、次の言葉を待っている。


「……何を?」


 痺れを切らしてカウルが尋ねた。ただ孝宏の様子から、良い話でないと、想像が付いているらしく、表情は曇っている。

 孝宏はカウルの目を見れず俯いてしまった。


「村が………襲われるって……知ってた」


 カウルが表情を強張らせた。


「それがどうしたって言うんだ?あれだろう?カダンが言っていた、夢の話だろう?ユウシャが現れたから次はってやつ。そんな事皆知ってる。カダンから聞いてたしな……そう言うことだろう?」


 カウルは自分で言っていても何か違う、そういうことではないと、心のどこかで解っているのだろう。声が震えている。

 ここでそうだと言って、話を誤魔化すこともできるかもしれないし、そもそも黙っていたなら誰も傷つかなかった。わかっていながら、孝宏は声を荒げ否定した。


「違う!この村が……って言うか、コレーが襲われるって知ってた。人がたくさん死ぬって解ってたんだ!」


 とんでもない事を口走った孝宏に、カダンはぎょっとし慌てて孝宏の口を塞いだ。


「自分が何を言ってるのか解ってる?」


 声を潜めて言ったがすでに遅かったようで、離れた所で見張りをしていた兵士が、訝し気にこちらを気にしている。

 今の話を聞かれていれば、孝宏は間違いなく連行されるだろう。

 両手で持つ槍を構え直し、こちらに歩いてくる彼の目には、困惑の中に敵意が見え隠れする。


「捕まりたくなかったら、少し黙ってて。良いね?」


 カダンは孝宏とカウルに念を押して、兵士に近づいて自分から話しかけた。


 兵士は不意に耳にした、不穏な話の審議を確かめたがっていたが、幸いにもはっきりと聞こえていなかったために、カダンの暗示で上手く誤魔化せた。だが、このままここで話をしていると、今度こそ聞かれてしまうだろう。

 カダンは孝宏を休ませると言って、兵士たちが治療を受けるテントではなく、自分たちの車へ移動した。




 この世界に来た時、この国の言葉だけではなく、これから起こるであろういくつかのことを何故か知っていながらも、誰にも言わず黙っていたと、孝宏は正座し顔を俯けながら打ち明けた。


「どういうことだ?まさか皆を見殺しにするつもりだったのか!?説明しろ!」


 孝宏が言い終わるや否や、カウルは孝宏に掴みかかり、襟首をぎゅっと締め上げた。呻いて抵抗する孝宏を揺する彼の目は必死で、周囲の静止など耳に入っていない。


 否応なく目前に突きつけられるカウルの顔を、滲む涙で歪ませながら、孝宏は吐き出すように言った。


「本当になるなんて思わなかったんだ!これはただの…………俺の思い込みだって!……思って…………」



 孝宏は断罪される罪人の気分だった。異世界に来て、一番信じられなかったのは自分自身だと言ったら、彼らはわかってくれるだろうか。

 知らない言葉を当たり前のように喋り、記憶しているはずのない未来を知っていた。それらを受け入れるには、あまりにも変化が大きすぎた。


「だから、ごめんなさいか?」


 カウルの手が緩み、孝宏は苦しさから解放された孝宏が、大きく咽て背中を丸めた。


 大きく息を吸い込み苦しくて唸っていたのが、いつしか嗚咽に変わり、両目から零れ落ちる大粒の涙が床に染みを残し、吸い込まれ消えていく。


 しばしの沈黙の後、孝宏は言った。

 

「違う……俺は帰りたい。地球に帰りたい。帰って友達に、家族に会いたい」


 カウルを見上げ、しっかりと目を合わせた。


「だから、ごめん!俺は勇者にはなれない。……俺は地球に帰りたい!」


 車内は水を打ったように静まり返り、思い沈黙の中、カダンが黙ったままフラりと外に出て、カウルがそれを追った。




 車内に取り残され、マリーと二人きりになった孝宏は、急に気恥ずかしくなり、袖で涙を乱暴に拭いた。


「家族に会いたいからって言って、誰があんたを責められるっていうのよ。私だって会いたいもの」


 マリーは立てた膝を両手で抱え、顔を埋めて言うのだから、声が少しくぐもっている。


「でも、マリーは帰らないんだろう?」


「ん、約束したから帰らない。」


 決して帰れないとは言わない。


 孝宏は息を整えると、おもむろに車の外に出た。先に出た二人を探す為ではない。


「どこに行くの?」


「さっきの場所に戻る。俺が見落としたやつが、まだ生きてるかもしれないし。それにあそこにいれば、いざって時に役に立てるかもしれないじゃないか」


「私も付き合う」



 結局孝宏とマリーは、朝を壁の上で迎えた。















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