冬に咲く花 8
「まあまあマリーさん、落ち着いてください。彼は目を覚ましたばかりで混乱しているんですよ」
一番年長のヒョロイ男がやんわりと間に入った。マリーを優しげな声で宥める。
「それに自己紹介もまだです。呼び名がわからないのでは色々と面倒でしょう?」
それもそうだと、一様に頷いた。
「それでは私から」
一番ひょろく年上の男が孝宏を見下ろした。
メガネをかけた三十五、六といったところか。どう見ても日本人に見える彼は、タイに出張中のやはり日本人だった。名は鈴木一郎、33歳のサラリーマンだ。
「次は私」
初対面で苦手意識が芽生えてしまった、彼女はマリー。23歳のフランス在中のガイド。夏のバカンスで中国旅行中のロシア人なのだそう。
「俺たちは元からこの世界いる、この家の住人だ」
双子のカウルとルイ。顔だけならそっくりの双子。狼の耳と尻尾が特徴的な大柄の男達だ。坊主頭なのがカウルで長髪なのがルイ。この世界の基準は知らないが、日本ではさぞかしモテそうな男前だ。
「ここは俺の家なんだ」
白髪の少年はカダン。聞き覚えのある声と白髪。自分が寄りかかってもびくともしない力強さに、孝宏は風呂場で自分を支えてくれていた人を、大人の男だと思っていたがどうやら違っていたようだ。背丈は同じくらいだろうが、体力は完全に彼には敵いそうにない。異界だ。人は見かけによらないということだ。
「俺は進藤孝宏。15歳です。それと……助けてくれてありがとうございます」
お礼を言いなさいと叱られるのはいつぶりだろうか。幼児が受ける注意を受け恥ずかしさから顔を上げられず、はじめにチラリと見上げたきり、視線を皆の足元に落とした。話すときは相手の目を見なさい、過去に受けた注意が不意に思い出され、今更顔を上げられず耳を赤くした。
「うん。でも、本当はこちらこそ謝らなきゃいけないんだ」
カダンがしゃがみ目線を孝宏と合わせると、となりでルイが気まずそうに左斜め下に視線を落とした。
「タカヒロね、本当に危なかったんだよ。君がこちらに来て、丸一日以上外に放置されていてね。俺たちもマリーとスズキが来たんで浮かれていたから、気がつかなかったんだ」
カダンが本当に申し訳なさそうに言うので、逆に居たたまれずに慌てて口を開いた。
気がつかなかったのは、彼らの責任ではない。自分がこちらに来たのは事故のようなものだ。それは決して加害者などではなく、彼が気がつかなかっただけで、責任があると非難できるほど、孝宏も浅はかではない。
だが、カダンの代わりに今度はカウルが首を横に振った。
「そうじゃなんだ。ルイはお前がこちらに来ていたことを知っていた。それどころかこのまま放置すれば、いずれ死ぬことも判っていた」
ルイは項垂れ、カダンの横に膝を付いた。
「ごめん!助けるつもりだった。けど、そのう、あの、うっかり忘れてしって……」
驚いて彼を見るが、もう先ほどの得意げな表情はない。やや芝居がかってはいるが唇をキュッと結び、目を伏せ、耳を真っ赤にして耐えるように拳を固く握っていた。孝宏は呆気にとられ黙ってルイの説明を聞いた。