冬に咲く花 81
「これ、誰に?」
「瓦礫の山に登った時に落ちたんだよ」
あえてルイの目を見ながら言った。早口にならないよう気を付けたつもりが、意識しすぎて声が上擦る。
(さすがに苦しいな)
ルイは孝宏のみぞおちの痣を、そして腕を手に取り、食い入って見ている。腕輪の術式を指先でなぞり、目つきが鋭く険しくなる。ルイは唇をきつく噛みしめた。
次にルイは孝宏のみぞおちの痣に手を伸ばした。押さずに指先を軽く触れただけだが、一瞬触れた指先が熱くなる。だがそれ以上の変化はなく、その代りルイの表情がスッと消えた。
「止めた。後はカダンにやってもらって。良く考えれば僕が男の為に、そこまでやる必要ないし」
「え?何で……」
傷の理由を聞かないのか、言いかけて止めた。さっきの言い訳を信じてくれたとは思えないが、本当の理由なんて言いたくなかった。やぶ蛇になっても怖い。
ルイが先に立って歩き出し、孝宏もそれに続く。肌蹴たマントを整えていると、背中を向けたまま、ルイが言った。
「本当のことなんて聞かないよ。今はね……でもカダンはどうだろうね」
ズルい言い方だ。言葉の裏に隠れる彼の意図が見え隠れする。
突然、空が破裂音がして、つんざく笛の音が辺りに響き渡った。二人は空を見上げ、後ろを振り返った。テントとは真逆の方角の空に赤と緑の煙が上がっている。真っ先に反応したのはルイだった。
「緊急事態を知らせる合図だ」
それを聞いて、孝宏は例の記憶を思い出した。
「まさか……だってあれは27日で今日はまだ…………」
「今日は24日だけど、それが何?」
「それは……それは……ば、馬鹿な!早すぎる! って言ってみたりして………ははっは、は……」
――kachikaci――
「ふざけてないで、早く皆の所に戻ろう!ここも危ないかもしれない!」
――kachikachikachikachi――
――kachikaci――
「何の音だ?」
二人からさほど遠くない、近くから聞こえた。周囲を見渡せば、崩れた建物の向こう側、薄く半透明の羽が二枚つき出している。羽が震え、その度に不気味な音が聞こえてきた。
「タカヒロは下がってて」
ルイが孝宏の前に立ち、自分の短剣を引き抜き構えた。
羽が建物の下に隠れたかと思うと、とうとうそいつは姿を現した。三つに分かれた、体を覆う漆黒の甲羅。顔を半分を占める巨大な目に、蛾のような二本の触覚。胸部分に四本、腹部分に二本、合計六本の足。前四本に比べると、極端に太い後ろ足の、ふくらはぎに生える四本の鉤状の刺。
背中には細長い半透明の羽が生え、頻りに震わせている。頭、胸、腹を繋ぐ関節部分は極端にクビれ、手足を含めるすべての関節を小さな球体が繋ぐ。
それを見た瞬間、ルイが空に向かって魔法を打ち上げた。空に赤と緑の煙がたなびく。
――kachikachikachi――
それは発達した大きな顎で音を立てていた。威嚇しているのだろう。一般的な日本人男性ほどの大きさのそれは、一言で表すのなら巨大なアリ。ただし羽はトンボの、触角は蛾の物によく似ている。お尻は薄い黒と漆黒の縞模様で、先にはとがった針が見え隠れする。収納式になっている辺り、まるで蜂のようだ。
「岩に捕らわれるのは、黒い侵入者。包まれて残るのは石の人形。これでお前も終わりだ」
ルイが呪文を唱えると、石の壁が地面から伸び巨大アリを囲ったが、巨大アリの強靭な顎は、石など簡単に噛み砕いてしまった。石の壁がガラガラ音を立てて崩れていく。
巨大アリは太い後ろ足で地面を思いっきり蹴ると、羽をバタつかせ、一気に間合いを詰め襲い掛かってきた。ルイは孝宏を横に引っ張って避わし、二人とも地面に倒れこんだ。
「タカヒロは逃げる事を考えて。でないと死ぬよ」
ルイはすばやく体勢を直しつつ孝宏を背に隠し、巨大アリに短剣を向けた。続けざまに火の魔法を放つが、アリの黒い体は、弾けた水滴が如く平然と炎を受け流した。
「こいつもあれと一緒か。くそっ!」
ならばと今度は孝宏がルイの前に出た。
「頼むから、届いてくれよ」




