冬に咲く花 7
周囲に集まったのは五人。床に書かれた文字に沿って、その内に入らないように並んで立った。
栗色の髪の女性と赤髪の同じ顔の男が二人、片割れは初めにここにいた男だ。それと黒髪の大人の男と、白い短髪の同い年くらいの少年。
ふと思い出した記憶があった。浴室で会った三人は確かこの人達だ。
「もしかして、風呂場であった人?」
孝宏は白人女性と坊主頭の猫耳男を指差した。
「混乱していたと思ってたが、さすが勇者だな」
「は?」
この人たちの間で、病人を勇者と呼ぶ習慣がある訳ではあるまい。違和感を感じているのは孝宏だけのようで、疑問に思っていそうなのは誰もいない。
「元気になったらさ。世界を救う旅に出ような、勇者!」
白髪の少年から本気のキラキラが、瞳から溢れている。握手を交わし満面の笑みで手を握ったまま、上下に激しく振った。
(こいつマジか……)
本音を隠し笑顔を作り、腕を引っ込めた。
これはやはり夢の続きかも知れないと、内心舌打ちする。何せ不思議な事に孝宏は、彼の話が本当になると知っていた。
ここは地球ではない異世界で、彼らは異世界の住人で、自分こそがここでは異世界人なのだ。突拍子もない考えだが否定したいのが不思議なほど、脳裏に深く刻み込まれていた。
ここは《大いなる神》と呼ぶ世界。
地球とは異次元に存在する別の世界。
地球にはない言語を操り、魔法を生活の基礎とする、御伽の世界。
孝宏はここがどこか、彼らが自分たちとは違う人間だと知っている。
「それでも俺は勇者じゃない」
孝宏は独りごちた。どうして知っているかなんて考えるのはしない。既に迷いこんだ身としてはやることは一つだ。
「俺は家に帰りたいです。どうすれば戻れますか?」
やっと掴んだ幸福を逃すわけにはいかない。それには自分の青春のすべてが詰まっているのだ。
「あなた気持ちはわかるけどね、無理よ」
座りこんだままの孝宏を見下ろして、栗色の髪の女が言った。前で腕を組み、心なしか表情が硬い。
「現時点で異世界を渡る方法なんてないの。だってそうでしょう?地球にそんな方法があるなんて聞いたことある?」
「でもここは地球じゃないです。魔法の世界です。それに俺は現に異世界を渡って来ているんですから、こちらから地球に行く道がないなんて考えられないです」
「あるかもしれない、でも現時点では知らないし、わからないって言ってるの。だいたい何?助けてもらったんだから礼くらい言ったらどうなの?あなた死にかけていたのよ」
女の声が徐々に大きく強くなっていく。明らかに孝宏に対して不満を持ち、それを隠そうとしていない。