冬に咲く花 69
(あーもう限界。これ以上は俺が死んじゃうかも)
孝宏は両腕をめい一杯に左右に広げ、頭上で交差させた。
炎は再び勢いを増し、結界を覆う。
それを勢いそのままに、左回りに半円を描けば、炎もぐるぐる渦を巻き始めた。手を回せば回すほど、炎は勢い良く渦を巻く。
手をクルッと回す度、手首が傷んだ。寒気が止まらずゾクゾクするし、さらには吐き気もしてきた。
本当は力を抜いて楽になりたいし、地べたに座り込んで、俺はやりきったからもう良いだろうと言いたい。
それなのに体は意志に反して、止まってくれないのだ。もう少しならいけるはずだ、もう少しで結界が壊れるかもしれないと。なんと厄介なのだろう。
「タカヒロ、もう大丈夫。後は私に任せて」
決して強い力でなかったが、孝宏は肩を後ろに引かれ、よろめいてあっさり地面に尻餅をついた。
立てないまま、見上げた先にマリーが鞘から剣を抜いて立っていた。
買ったばかりだというのに、使いこまれたような中古のボロボロの剣。鞘も柄も古ぼけているのに両刃だけは鋭く、不思議な光を湛えている。
マリーが右足を後ろに引き、腰を落とす。右ひじを引いて、剣を地面と水平に構えた。剣先は険しい視線の先、結界の楔、オウカに向けられている。
「本当にいいのよね?」
マリーは苦しそうだ。すでに死んでるとはいえ、人を剣で貫くなど、初めてに違いない。
カウルとルイが頷いても、しばらくは構えたまま辛そうに呻いていた。その声も表情もきっと他の人には聞こえていないのだろう。
(たぶん俺にだけ聞こえてる)
「戻って、もう終わりだ」
孝宏の差し出した両掌に、炎から零れた光が吸い込まれていった。
夜空に揺らめく天の川に似た、光の洪水がほとんど消えた時、孝宏は指先でオウカの《淵》をなぞった。
見えない壁とオウカが接する部分だけに炎が灯る。
気合の唸りと共に、マリーの上体が前にのめり腕が伸びた。剣先がオウカを捉え、結界を貫いた。
―ピシ…パシパキッパキ……―
マリーの剣はオウカの脇腹辺り、結界と境目辺りを器用に突き刺していた。
一度ぐっと力を込めて、剣を押し込んだ。その時触れた刃が、オウカの体を揺らした。
「結界が……崩れる……」
マリーが剣を勢いよく引き抜いた。
それまで地面から生える岩のように、わずかにも動かなかったオウカが右に傾き、前にぐらりと倒れた。だが彼女の両手だけが、元の位置で結界とつながったままで、不自然な態勢で前のめっている。
「「母さん!」」
カウルとルイがたまらず、オウカに駆け寄った。
二人の腕が彼女の背中に回され、彼女を抱えるようにゆっくりを引き寄せ、結界から引きはがした。
オウカの両手が、結界から離れた次の瞬間、結界が四方に飛び散った。
こまごまに砕かれた破片は空中で離散し、細かな光となり、地上に降り注ぐ。
兵士たちが大きな歓声を上げた。
孝宏は重い足を奮い立たせ、兵士の流れに逆らって歩いた。十分に離れた所で、崩れた壁に背を持たれ、腰を下ろした。
腕を上げる気力もない。力なくだらんと投げ出した掌が天を仰ぐ。ついて間もない掌の傷が、ぱっくりと開き疼く。
それからしばらくは流れるような救助の様子を、ぼうっと眺めていた。




