冬に咲く花 61
そこでようやくもう一人の兵士が追いついた。同じ防具を身に付けているのだから、彼の仲間なのだろうが、こちらはいたって平凡な出で立ちだ。ポーズも決めなければ、妙な言い回しもない。孝宏はいくらか安心した。
「君、今この周辺は一般人立ち入り禁止だよ。検問所とかで聞かなかったかい?」
「き、聞きました。でも……友人がこの村の出身で、俺はその間留守番で。あいつらもすぐ戻ってくると……いや違くてただ、ちゃんと事前に連絡して、頼まれた物資を運んで来ただけで……」
支離滅裂で説明が全く説明になっていないのは、どこから説明したものか考える前に口を開いてしまったためだ。兵士たちも呆れたことだろう。孝宏は恥ずかしくなった。
後から来た方の兵士が目を丸くして、二頭仕立ての牛車を指差した。
「もしかして、カダンの知り合いかい?」
驚いたのは孝宏のほうだった。先にこの村に来ているのはわかっていたが、まさか兵士から名前が出るとは思っていなかった。
「カダンから魔女の息子達が来るって聞いていた……あれ?伝えてあるって聞いてたんだけど、カダンから連絡なかったかい?」
カダンから連絡はもちろんあったし、その時こちらも行くと伝えたと聞いていたが、細かい内容は伝え聞かないまま、準備に追われ出発したのだった。
「連絡はあったらしいですけど、えっと軍人さんの事は…………すみません。連れが戻ってきたら分かると思うのですが」
「いや、大丈夫だ。さっきまでカダンと一緒にいたから、呼んでこよう。待っててくれ」
この兵士は、ポーズを決めたままの兵士に頼むと言い残し、来た道を戻っていった。背中の小さな羽が大きく変化しはためく。空を飛びはしなかったが、軽やかにジャンプしながら駆けていく。
「君はカウルとルイのどちらでもないね?彼らは赤毛に狼の耳を持っているはずだからね。では君はタリーとかいう付き添いかい?」
残ったヘンタイもとい、兵士が孝宏に尋ねた。
「タリー?マリーならカウルとルイに付いて行きました。俺は孝宏っていいます」
「ふむ、そういえばそのような名前だった気がする。それより君、見たまえ」
兵士は右足を軽く曲げ、左足に体重を乗せた。僅かに背中を反らし空を仰ぎながら、プラチナブロンドの短髪をかき上げる仕草をした。
「酷いと思わないかい?兵士は髪を伸ばしてはいけないというのだよ!?」
孝宏の感覚からすると、それがどうしたと言いたい。地球でも兵士の髪型は皆短髪のイメージがあるし、規則なら仕方ない。しかし兵士は悲痛な面持ちで孝宏の肩を掴んだ。
「美しい髪は伸ばして、愛でるのが常識だろう!?」
「はい!?」
近くで見ても綺麗な顔は崩れないが、いくら美形でも距離を詰められれば、その分引きたくなるのが人情。初対面でここまで距離を詰めてける人は初めてだ。もちろんそんな常識は知らない。
(この人は何を言ってるんだろう……)
「やはり君もそう思うか。私には性別を問わず、人を魅了する美しさがあるからね」
兵士は孝宏を正面に捉え、手を一回鳴らしてから、両手を広げた。その顔には彼の喜びが、満面の笑みとなり現れていた。
孝宏としては同意したつもりも、称賛したつもりも、一ミリたりともない。だがきっと彼の脳内の孝宏は、憧れの眼差しで彼を見ているに違いない。
「お話があまりにも高次元過ぎて、俺が理解するのは難しそうです」
孝宏には真顔でそう返すのが精一杯だった。
「おお、美しすぎるのは罪だね」
「私は自分の美しさが恐ろしいよ」
「やはり、美しい者はより美しくあるべく、努力するべきだ」
「君だって美しい者は好きだろう?その美しいモノが醜く退化する様を、君は見たいと思うかい?」
「思わないだろうとも!同士よ!」
両手を広げたまま、笑顔で迫る男はすごく不気味で、どれだけ美しくても嬉しくない。
「何すんですか!?」
孝宏は抱きつかれる寸前、体を引いた。相手は所詮男。孝宏は健全な15歳、男子中学生だ。抱きつかれるのは、可愛い女の子が良いに決まっている。