冬に咲く花 60
村は想像していた以上に悲惨な場景だった。焼け焦げ枠組みだけになった二階建ての家。外塀だけ残して、煤けて崩れ落ちてしまったガレキの山。カウルとルイは言葉もなく、涙も流さず、立ち尽くして目に映る場景をただ眺めていた。
「家の様子を見に行かないと」
カウルがガレキの中に足を進めた。ルイもそれに続く。村の荒れようはもはや道はないに等しいが、二人はかつてあった道をなぞって進んだ。しかし視線は一方向に固定され足下を見ないものだから、何度も躓いては転んでいる。
「あの二人が心配だから私が一緒に行ってくる。孝宏はここで待っててくれる?」
「ああ、気をつけて」
二人を追ったマリーが小走りに二人に近づいて、転んだルイに手を差し出したが、ルイはそれに見向きもしない。今の二人にはマリーやましてや孝宏の事などまるで見えていないようだ。
牛たちを放置できず、孝宏はその場に残り牛の手綱を握った。
「お前たち少しだけ大人しくしてろよ。お前らが大好きなカウルの一大事なんだ。お前らがいなくなったら、カウルが悲しむから、ここで俺と一緒に待ってような」
生きている動物を、息遣いを感じとてる距離でじっくり見たのは初めてだった。
まつ毛が長いとか、白目がなくて真っ黒な瞳は、太陽の光を反射して宝石のようだとか。ツルツルして、毛並みは触り心地が良いとか、頭部に生えた二本の角は、薄い縞模様だとか。
体を長い毛で覆われているから分かりにくいが、地球でよく見る牛とは違い細身なのは、見ているだけでは気づかなかった。先入観だろうか。始めて知ることばかりだ。
(意外と大人しいな。暴れたらどうしようかと思ってたけどこれなら……)
「そこで何をしているんだい?」
「ぅわっ!」
孝宏は夢中で牛を眺めていたので、兵士が近くまで来ていると気が付かなかった。
一人はこちらに歩いてきておりまだ距離あったが、もう一人は上背のある男で、孝宏のすぐ背後に立っていた。
藍鉄色の胸当てに篭手、草摺にすね当。胸に細い線で赤い花が描かれている。印象としてはナイトというよりも足軽に近い。警察の特殊部隊にもいそうな雰囲気もあるかもしれない。
兵士の男は腰に手を当て何故か空を眺めていたが、孝宏が振り返ると、薄ら笑みを浮かべ大げさに地面を指差した。
「君はここで何をしているんだい?」
「完結に答えたまえ」
「私は忙しいのだよ!」
男は言う度にポーズを変え、孝宏を指差し、最後に自分の胸に手を当てた。
相手にどう見えるか、考えた上での行為だ。一つ一つのポージング自体は確かに格好が良い。彼は計算高く頭の良い人か、よほどのアホか。どちらにしても面倒な人なのだろう。
「ゆ、友人を待ってます。何か……すみません」
孝宏はただ圧倒されて、間の抜けた返事になった。
こういうのもナルシストというのかと、孝宏は感心して眺めてから自分の中の偏見に気がついた。ナルシストと言うのは、細身でナヨっとしていて、もっと女々しいのだと思っていた。だが兵士の彼は筋肉質の立派な肉体と、男らしく美しい顔を持っていた。間違いなく彼は容姿で魅せる人だ。そして間違いなく変人だ。
(実はナルシストじゃなくて、ただポーズを決めるのが好きな人なのかも知れないけど)
可能性は一つじゃない。決め付けてかかるのはある意味危険な行為の一つだ。
「あの、それはクビレを作る新しい運動ですか?」
しかしとても聞かずにはいられなかった。失礼かもしないとも考えたが、興味の方が勝ってしまった。
兵士はパンッと一回両手を打ち、掌を上にして両腕を左右に広げた。
「はっはっはっは!君は面白い事を言うね」
「でも君の言うとおり、これは美しいボディを維持するのに良いかもしれないね」
「だって私がこれほどにも美しいのだからねぇ」
「そ、そうですか。すごいです」