冬に咲く花 5
浴室の入り口の奥、外からいくつかの声が聞こえて来た。聞こえてきたのは会話のようで、言葉の端々が耳に届く。
―そこじゃ……!―
―もん……に置いて…………―
―わ……をもっと敷き詰め―
遠くの声が、この場の静けさを余計に際立たせた。
孝宏は静寂が心地良かった。無理して喋らなくてはという、義務にも似た焦りもない。
―パシャン……パシャン……―
頭に水がそっとかかった。二、三回身をかけ、次に掌で優しく撫でられる。少しくすぐったいが、手つきは優しく、孝宏は自然と力が抜けた。
「眠いのか」
特に返事を求めるものではない。孝宏も返事はしなかった。だるかったし、男がい言う通りにとても眠かった。
御伽の世界なんて可笑しな夢だ。早く起きなきゃ。
二年かけて、ようやくこぎつけたデートなんだよ。木下が待ってくれてるといいな……
俺は夢を見た。
人の言葉を喋る木が、喋る二足歩行の猫とじゃれる。赤毛のチシャ猫が意地悪く笑う夢。
自由を奪われ、未来を奪われる夢を見たんだ。
「カダン、準備が出来た」
カウルが着替えを持って戻っ来た時、孝宏の準備もほぼ終わっていた。ぐでっとカダンに体重を預ける孝宏を見て、カウルは一瞬ぎくりとしたが、ただ寝ているだけと知りほっと胸を撫で下ろした。
「……こっちも粗方洗い流したよ。息も安定してるし、中で詰まってる事もないと思う。藁はたっぷり敷いた?」
「もちろん、むしろ羨ましい位フッカフカだ。敷き布は使い古しのものだが別に良いだろう?」
「ルイは何してる?」
「あいつは医者と一緒に魔法陣を描いてる。あいつが放置したのが原因だからな、たっぷり働いてもらうさ」
「ははっ!そうだな。ルイには責任もって勇者の面倒を見てもらおう」
「それがいいな。それくらいしないとあいつは堪えないし」
身内が原因の死者など笑えない。そんな事態を回避できそうで、二人はようやく笑い合った。
ルイに一切の面倒を任せると言うのは冗談でも何でもなく、二人とも本気で、これからの数日間孝宏の世話をルイに任せるつもりだ。ルイは寝不足必須なのだが、二人に手伝うつもりは一欠けらとてない。冗談めかしていても、容赦ないのは、逆に身内故ともいえる。
「じゃあ、着替えさせるから、カウルも手伝って。俺一人じゃ大変そう」
「わかった。カダンの分も持ってきたから、着替えろよ」
「うん、ありがとう」
「こいつが勇者ね。世界を救うなんて、こんなひょろくて大丈夫なんだろうな?」
その問に答えを持つ者は誰もいなかった。