冬に咲く花 56
「も、も、も、もーえーてーるー!」
このままでは火事になりかねない。数人が火を消そうと躍起になっているが、竜人のユーに追い詰められた時同様、凶鳥の兆しの火は魔術では消えてくれない。
「まずい、どうしよう……」
戸惑う孝宏の背中に、獣の放つ殺気が突き刺さる。マリーが剣を振り回し肉を切り裂く音が、見えない分恐怖をかきたてた。
(消えろ、消えろ、火は燃えていない、消えている、消えろ、消怖くない、大丈夫、怖くないから消えろ、消えろ……)
いくら消えろと念じても火の勢いは衰えない。それどころか孝宏の願いとは裏腹に、上昇気流にのって火の粉が高く舞い上がった。
初めて炎が吹き出した時は、一瞬のうちに消えてしまったので参考にならないし、ヨーの助けがあった前回はすんなりと火を消せただけに、これ以上何をしたらいいのかさっぱりわからない。
「どうしよう!?」
「いいから、あんたは少し落ち着きなさいよ!でないと、火は消えないんでしょ!?」
「わかってるけど…………………………どうしよう!?」
孝宏の動揺をよそに、マリー、カウル、ルイの三人は連携をとりつつ獣を追い詰めていった。僅かずつでもそれまでの攻撃で体力を奪われていた獣は、確実に動きを鈍らせていた。
獣がバランスを崩し、すかさずマリーが前足に切り込んだ。ルイの短剣が鈍く光り、紐状の長い弦が地面から何本も現れ、それらは獣の足を取り、首に巻き付き、胴に食い込んで、地面に無理矢理伏せさせた。
もう獣にそれを解く気力は残っていないように見えた。
一度はそれですまそうとした。兵士たちが研究の為城に連れて帰るといったからだ。だが気を取り戻した獣が暴れだし、結局は止めを刺さざる得なかった。
マリーのたたみかける攻撃は、鬼神のごとく獣だけでなく兵士をもあっとうした。そして孝宏の作り出した炎は魔術師たちには消すことができなかった。
その事実が皆を何よりも驚かせ、厄介な事に疑惑を持たせる結果となってしまった。
「魔法の効かない獣が表れたかと思えば、その獣に難なく傷を負わせる人物まで現れた。そんな幸運に恵まれた我々に教えてくれないか?」
魔術師たちの追及は最もだった。
孝宏とマリーは異世界に来てから日も浅く、難なく理解者に恵まれていたのもあり、事の重大性を今一つ理解していなかった。
黙っている理由もないと考えた二人が素直に話そうとしたのをカウルが遮った。孝宏の頭に手を置く。
「彼はカラスなんです。しかも飛び切りの。ですから魔法は操れないし、良く暴走する」
「あれには僕らも驚きました。まさか、魔術師様たちが彼の火を魔法を打ち消す傍から、新たな火が燃えだしていたんですから。暴走した力を一所に集中させる。出来るだけ被害を広めなための苦肉策だったのですが、今回は完全に裏目に出てしまいました」
「そんな話は初めて聞いた」
「もちろん相当考え抜いての編み出した方法ですし、かなり訓練しましたよ。一生閉じ込めるか、それとも訓練をするかの二択でしたのでそれはそれは必死に。これでもコントロールを出来るようになったんですよ」
示し合わせていたとも思えないが、ルイとカウルの息の合った言い訳に、魔術師もいつしか丸め込まれ、二人の話に同調し始めた。
孝宏とマリーが取り調べられれば、身分の保障のない二人は圧倒的に不利。
このままでは連れて行かれかねない二人を庇ったのは、何度も聞かされた夢物語が真実になってしまい、カダンの言う勇者をすっかり一緒に信じて込んでいたからだ。それに一ヶ月以上も一緒に暮らしていれば情もわく。
検問所の左右に伸びる壁の一部や詰所の七割、森の木々数本が、孝宏の火で燃えてしまい、それだけ見ると損害は少なくないが、兵士を含め怪我人は出たものの、死んだものはいなかったのだから上出来だったといえた。
その後何とか誤魔化し、検問所は無事通過出来た。予定はズレてしまったが、太陽が落ちる前にはソコトラに着けるはずだ。
魔術師たちの追求さえなかったら、出発の時間はもっと早かっただろう。




