冬に咲く花 4
「大丈夫?」
少し高めの男の声。先ほどと同じく誰かが支えてくれている。視界の白が弱り、白の向こう側の景色がぼんやりと現れ始めた。
「無理しないで、俺に寄りかかって」
相手の男は孝宏と一緒に、お湯に浸かっているようだった。男は腕を孝宏の背中に回さし支え、もう一方の腕で孝宏にお湯を頭からかけていた。
「あ……」
礼を言いたかったが、掠れて声が出ない。すると男は喋らなくて良いよと言った。
冷静になってくれば口の中が湿って、乾いた喉に染み入ってむしろ痛い。
(温めると動けるとか、氷かよ)
孝宏は漫画などで見る冷凍人間を思い出し心の中で笑った。本当はそんなものあるはずはないのだが、もしそうなら不思議体験でテレビに出れるかもしれない、などと気楽な事を考える。そんな事とは裏腹に、自由になった孝宏の四肢は震えていた。
数分後孝宏の視界はすっかりクリアになっていた。呼吸も無理なくできるし、瞬きもできる。鼻に無理やりお湯を流し込んだ時はツーンとした痛みに涙が出たが、その時だけで今は痛まない。
「もう大丈夫だよ。安心して」
孝宏を支えている男が言った。向かい合う格好で抱えられている為、男の顔は孝宏から見えない。視界の端に、白髪が見えた。染めているのか、それとも声からは想像もつかない程年配の男なのか。
そこはやはり浴室であった。木製の床と壁、浴槽まで木で出来ており、まるで時代劇にでも出てきそうな風体だ。浴室の出入り口に男女が二人立っている。視線が合うと安堵したように笑みを零した。
女の方は栗色の長髪と、ほりの深いはっきりとした顔立ち。日に焼けたのか肌が赤くなっている。
奇妙なのは男の方だった。上背があり、日に焼けた小麦色の肌。それに加えて絵の具で塗りたくったような赤い髪に三角のピンと立った耳と尻尾。
昔ネットで見た動く猫耳なる物があったが、あれは一目で作り物とわかる風体をしていたし、耳の横に黒く四角い物体がついていた。男の耳にはそれがない。それどころかカチューシャすら見つけられない。髪が一センチも伸びていない頭に、耳は違和感なく乗っている。
「あんた、大丈夫か?…その…随分と……アレだぞ」
猫耳男は汁塗れで、だらしなく緩み切った孝宏の顔を、何と表現して良いのか解らなかったようだ。男の猫耳がへニョと垂れ下がり、赤毛の尻尾が迷い子のように、ゆっくりと左右に揺れた。猫耳男の反応で、孝宏も自分の惨状に何となくだが察しが付く。
「大丈夫です」
孝宏が返事を返した。ようやく声が出たものの、掠れマトモに音になっているかも怪しい声は、孝宏を抱える男にしか聞こえなかったらしい。頭の後ろから通訳が入った。
「大丈夫だって。良かったなカウル」
「ああ、安心したよ。着替えどうしようか。俺たちの服は大きそうだ」
「それなら、俺のを持ってきてよ。多分同じくらいだと思う」
猫耳の男が短く返事をして奥へを消えた。それに続いて女の方も行ってしまい、広い浴室がカランとする。