冬に咲く花 44
孝宏は苦しくなるまで息を吐いて、胸が痛みを感じるまで息を吸った。そうやっていくらか自身を落ちつけた後に、目の前にある現実だけを頭の中に置いていった。絵の書かれた一枚の大きな紙に、別の小さな紙を広げるように、何枚も何枚も重ねる。
頭の中なんて大して広くない。強固な意志があれば、理性は保てるのだ。
そうしている内に死への恐怖が、現実に上塗りされて、見えない底へ沈んていった。耳障りだった、ゴーッという音が消え、代わりに聞こえてきたのは、規則的に脈打つヨーの鼓動だった。
視界にチラつくオレンジの炎は消えたのに、抱きしめるヨーが異様に熱い。
「火は消えた。よく頑張ったね。本当にがんばっ………」
言い終わる前に、突然ヨーが消えた。孝宏は支えを失い前に倒れんだが、黒く焼けた芝の上に、小さな赤い影を見つけ、寸での所で地面に肘を付いた。
「おい、どうした?」
声をかけてもヨーは目を開けず、息も荒い。孝宏は雨粒からヨーを守る為手をかざした。小人に戻った彼女に、今の雨粒は身の危険なはずだ。
「タカヒロ!大丈夫か!?」
カウルが駆け寄ってきた。孝宏の黒く焦げた服の端を遠慮がちに摘み、怪我の具合を伺う。だがやけた服の下はいくつかの傷と白い肌があるばかりだ。周りの惨事と違って、孝宏自身は軽い火傷すらもなく、体の無数の傷は小人たちがつけたものだ。
「俺は全く焼けてないから大丈夫だ。けど、ヨーが………」
「本当に大丈夫か?痛いところはないのか?傷の手当てをしないと……」
カウルは何度もしつこく聞いてきた。孝宏がその都度大丈夫だと答えると、持っていた雨具を孝宏に着せ、きつく抱きしめ震えた。小人たちに刻まれた傷が痛んだが、今彼を突き放す真似はできない。
替わりに孝宏は、手をヨーにかざしたままカウルの頭を撫でた。カダンが彼らにしたように優しく、カウルが落ち着くまで何度も。
(あそこに落ちてるのは………写真?)
ふと目に入った、カウルの足元に落ちているのは、新聞屋が鈴木に渡したあの写真だった。家で落としたのかもしれない。カウルがあれを見たのなら、さぞかし動揺しただろう。
「おい、お前、タカヒロと言ったか?勘違いで怪我させて悪かったな」
ユーが元の小さな小人に戻っていた。始めの時のように青いマントを羽織り、フードを目深にかぶっている。
横たわったままのヨーの周りに、小人が集まっていた。藍色の小人が、懸命にヨーに回復の魔術をかけていた。表情を見る限り、最悪の事態は免れたらしい。
「ヨーは鳥の力を無理に取り込んだから、少し中を焼かれただけ。あれは、私たちが操れるものではないから。取り込めば、当然こうなる」
「俺のせい…………だよな。ごめん」
「まあ……そう、だね。でも原因を作ったのは、私たちだから。あなたが気に病む必要はない。私たちこそ、あなたに謝らなければいけない。ごめんなさい」
「いいよ、そんなの」
「そうだ!忘れるところだった!」
ユーが両手を天にかざすと、彼女の頭上で、雨がくるくると球体を作り始めた。見る間に水量は増え、30秒ほどで、孝宏の掌に乗る程度の水球になった。
「この雨雲はコレを運ぶために、私たちが持ってきたもの。コレは鳥と対になっていて、一緒に封印されていたモノだ。鳥と一緒になくてはならないものだから、あなたに渡そう」