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冬に咲く花 3

 孝宏が意識を取り戻した時、クラスメイトの木下との待ち合わせの為に、家を出たところまでは覚えていた。だがそれ以降の記憶はない。


(か、体が動かない!?)


 孝宏は目が覚めてすぐ、体の不自由さに気がついた。力を入れても、体は命令通りに動いてくれず、指先が僅か程にも動かない。


(くそ!?どうなって……てか誰だよ、こんな事すんのは!?)


 事故にあったにしては意識がはっきりしすぎている、と孝宏は思った。ならば、夢でもないのだから、誰かに拘束されたのだろうと思い込み、いるかもわからない犯人に腹を立てる。


 仮に犯人がいたとして、重力を足に感じるのだから、立ったまま拘束されているのだろう。しかし、だとするとかなり特殊な拘束具合だ。体のどこも、一ミリたりとも動かせないでいるのだ。手足を単純に拘束するのはもちろん、縛ったとしてもこうはならない。

 土に埋められているとしても、鼻が無理でも口からは一応息はできるのだから奇妙な話だ。その口も僅かに隙間が開いているだけで、上手く言葉を発せられない。どうにか声を出そうとしても情けない音がこぼれるばかりだった。


 当然恐怖はあった。もし全身が固まっていなければ、震えてまともに立つ事さえできなかっただろう。けれども俺の人生短かったな、と振り返るような真似はしたくなかった。


 孝宏の、あらゆる感情が黒く塗りつぶされていく。どうしたら助かるのかとか、逃げるにはどうすべきかとか、考える隙間もなくなった。とにかく助けを呼ばなくては、孝宏はとありったけの力を腹に込めた。


「あぇぇぇぇ……ヴァアァァァ………」


 やはり小さな叫びは、言葉にすらならなかった。


 今の孝宏にとって、口のわずかな隙間がほぼ唯一の呼吸器官である。頑張って声を出そうとすれば、酸素を補うのに十分とはいえず、酷く息苦しく意識が朦朧とする。

 孝宏は何度も気を失い、目が覚めては助けを求めて、また気を失った。


 そうしている内にいくらか時間が経過しているらしかった。もう何度目かもわからない振り絞った声が、カラカラに乾いた喉に響く。唯一の武器も、これではもう役に立ちそうにない。それでも諦められないと、孝宏は掠れた叫びを繰り返した。


 それからさらに何度か気を失って、どれほどの時間が経っただろうか。とうに声は出なくなっていた。喉の奥が焼けたように痛く、飲み込む唾すら出てこない。


 そんな時だった。不意に何かを叩く音がした。硬質な音が二回ずつ、執拗に繰り返す。音は自身の側頭部、耳のあたりから聞こえてくる。疲弊し鉛と化した意識で、孝宏が自分への合図だと気が付くまで多少の時間を要した。


 孝宏はなんとか合図に答えようと、必死に腹筋に力を入れたが、空気が溢れるばかりで肝心の声が出ない。だが相手にはそれで十分だったようだ。

 音が止んだ。そして横に倒されたかと思えば、上下左右に激しく揺れた。不意に止まり、ほっとしたのもつかの間、上下逆さまになる。少なくとも丁寧な扱いではない。最後にうつ伏せに斜めにされ逆さまよりずっとマシと、孝宏はホッと胸を撫でおろした。


 ふと、相手が自分を殺しに来たのではないか、と孝宏は考えた。

 自分は誰かに拘束されていたのだから、これが助けとはかぎらない。もしそうだとしても、文字通り手も足も出ないのだからなす術はないのだが。

 どうか助けであってほしい。強く願いながら、時間にして五分もないだろう短い間、孝宏はまるで生きた心地がしなかった。



(なんだろう……暖かい)


 別に体が冷えているわけではない。季節にして今は夏のはずだ。先ほどまでも別に寒くはなかった。となれば、自分が暑い場所に連れて行かれたに違いない。


(外?炎天下で放置されてるとか?)


 孝宏が初めに異変を感じたのは足先だった。他の場所より感じる温度が明らかに高く、緊張した筋肉がほぐれていく。足の指が動き、次に膝が崩れた。バランスを崩した体は、支えを失い前へ倒れ込んだが、すにさま誰かが孝宏を抱き留めた。

 その誰かはゆっくりと孝宏を座らせる。その時には孝宏の両手の感覚は戻っていた。動かせば柔らかく温かな液体を指に感じる。


(お湯に浸かっているのか)


 頭がじんわりと温くなり両腕が自由になった。上半身の拘束が緩くなると同時に、体を支えられず再び前に倒れ込んだ。孝宏は一瞬だけキュッと身を縮こまらせたが、先ほどとは違い安心感がある。体の力を抜く。

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