冬に咲く花 38
孝宏がその場を立ち去ろうとした時、それまで黙っていた緑のマントの小人が、孝宏を引き止めた。
「あなた、待って………ユー、この人から鳥の匂いがする」
本から三人が引き剥がすべく、建物の隙間に足を踏み入れたばかりの、青い小人、ユーが立ち止まった。ゆっくりと振り向き、小さな目を見開いて孝宏を凝視した。
「ター、本当?私は気づかなかった」
緑の小人、ターが頷く。
「微かにしか匂いはしない。けど、確かにこの人から、鳥の匂いがする。間違いない」
小人たちの雰囲気がガラリと変わった。孝宏から見ると本当に小さく、フードをかぶっている小人の表情は読めなかったが、背中がぞわりとして、全身に鳥肌が立った。
小人達は自身のマントの左右に突き出している、一対の袋に手を通した。
孝宏が袖だと思っていたそれは、実はマントと一体になっている手袋だった。ただの筒型の袋に、小人たちが手を入れたとたん、先端に五本の鋭い爪が現れた。
変化は続けざまに起きた。まずマントの内が真空になっていった。つまり、どういう事かというと、マントが両腕と背中と腰にぴったりとシワなく張り付く。余った裾の部分がクルクルと巻き、尻から生える、一本の尻尾のようになった。
フードが頭と一体となり、ライオンの立髪のように立派に逆立つと、いつの間にか体の後ろ半分を覆っているウロコがヌメるように光った。
(マントがウロコに変化したのか?)
「隠している場所を素直に吐きなさい。そうすれば、盗んだことは許してあげる」
ユーが、掌を上に差し出した手の、長く鋭い爪同士を当てて音を立てた。爪同士が当たる度に硬質な金属音がなるのだ。それは酷く耳障りな音だった。
「鳥だって?」
神経を逆なでる単語が聞こえ、孝宏はほぼ反射的に拳をグッと握った。心内で黒くドロドロしたものが渦巻き、今も出口を探している。孝宏は小さく舌打ちした。
(またトリかよ。クソッ)
「それがなんだって言うんだ。俺は何もやましい事を何一つしてない。鳥が盗まれたって言うなら、俺じゃあない。他を当たれ。勝手な事言ってんじゃねぇよ、この……」
孝宏は唇を噛んで、言葉を閉じた。深く息を吸い、胃から逆流してくる苦いモノをグッと堪え飲み込んだ。興奮すると、口数が増えるのは昔からの悪い癖だ。つい余計なことまで口走り、さらに拗れるのが常となっている。
彼らの言っている鳥が、孝宏の腹にいる鳥と同一とは言い切れないが、匂いがすると言うのなら可能性はある。
孝宏は一瞬だけ考えた。マリーなら腹の鳥の事を言うだろうか。
孝宏から見たマリーは正義感が強くお人好し。努力を惜しまない人だ。おそらく、聞かれたら素直に答えるだろう。それが彼女の良い所でもある。小さくて可愛い彼らの危険性などまるで疑わないのだ。
だからといって、なにも孝宏は慎重さが故に知らないと言ったのでない。これはただの八つ当たりだ。