冬に咲く花 34
「すごい……まさかカダンも狼だったなんて。耳と尻尾がないから、てっきり違うと思ってた」
マリーが見えなくなった背中を探しながら、感心して言った。マリーだけでなくその場にいる皆が山の方角に、見えなくなったカダンの姿を追い続けていた。
いつの間にか空はすっかり黒い雲が覆い尽くしている。まだ昼間だというのに、辺りはまるで夕方のように薄暗い。
「お二人も変身するんですか?」
初めて見る変態に俄然興味がわいた鈴木の目は、不謹慎にも輝いている。マリーも彼らの変態にどうしても興味が引かれるようだった。
マリーと鈴木の二人がルイの魔法で言葉や文化を覚える際、脳に刻んだもらった中に変態の知識もあった。興味がなかったわけではないが、世話になっている負い目から見せてほしいと言いづらく、また必要がなかった為、お目にかかる機会がなかったのだ。
鈴木の言う《お二人》とは、もちろんカウルとルイのことで、この双子はカダンと違って耳と尻尾まで付いている。
感情のままに動く尻尾と、孝宏たちよりも多くを聞き取る耳が、自分たちとの違いをうき立たせていた。その為か、カダンより獣らしく思えるのだ。
カダンと違って赤毛のカウルとルイ。彼らに狼らしさがないとするなら、この色であろう。真っ赤な毛色は狼のイメージに程遠く、赤毛はもっと別の獰猛な獣を思わせた。
「一応できるけど、長くは無理だ。俺たちは魔人と狼人のハーフだからな」
ふいっと目を逸らしたルイに代わり、カウルが答えた。カウルの尻尾が垂れさがり、ぎこちなく揺れている。
表情では平静を取り繕っても、尻尾は正直だ。犬を飼ったことがあるなら話は別だが、あいにく鈴木もマリーも犬の飼育には詳しくない。
興味が勝ってしまっている今は尚更、些細な感情表現を読み取れるはずもなく、ますます興味深そうに二人ともが深く頷く。
「そんなものなの?特性が混ざって、新しい特性が生まれたりするの?」
マリーは今昔に見たアニメの設定を思い出していた。異世界なのだから、それくらい突飛であっても不思議でない。そんな単純な思いからの、彼女にとって軽い質問のつもりだった。だが、カウルの表情が不意に陰る。
「特性は混ざらない、血は混ざるけど…………単純にどちらかの特性が濃く出てしまうんだ」
血が混ざる。この言葉を幼少期か等嫌になる程、双子共に言われ続けてきた。
父は純潔の狼人、母は魔人の魔術師。二人の子供のカウルとルイは、母の魔人としての特性を濃く引き継いていた。
特にルイの魔術を操るセンスは、アノ国にこの人ありとまで言われた母親を驚かせた。子供にしては高い魔力を有し、巧みに術を操る。優秀な魔術師になると期待されても、ほぼ魔人で構成されている村の人にとって、ルイは所詮混ざった血だった。双子であるカウルも同様で、村の人たちにとって彼らは混ざった、魔人に似た魔人でない者。
だから何だと言って肩肘張っていても、言葉に孕む侮蔑的な意味合いは、幼い子供の心に少しずつ、少しづつ重い物をため込ませていった。
成人の慣習で村を出てから、自身の容姿についてだいぶ考え方も変わったが、他人から指摘された時、ふと昔の感覚が蘇り、とても嫌な気持ちになる。体に染みついた疎外感が蘇るのだ。たとえ彼らがそのような意味を込めていなかったとしてもだ。
黙り込んだ双子にようやく、鈴木とマリーは触れてはいけない話題だったと気が付いた。とはいっても彼らの抱える背景を読み取ったのでなく、このような状況で親に絡んだ話をするべきなかったと反省しただけだが、それは無理からぬことだろう。