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冬に咲く花 2







 

 目が合い照れくさそうに微笑む木下を思い出し、孝宏は頬を緩めた、あの時の予感は順調に真実になりつつある。


 灰色の受験生がいるのだから、薔薇色の受験生がいてもいいだろう。


 孝宏はドアの横の壁に設置させた三つの内、一番下のスイッチを切った。天窓から降り注ぐスポットライトをブラインドが遮断すると、室内は薄暗くなった。色あせた鏡の中の自分に、緊張が少しだけ落ち着いたような気がする。


 ベッドの上に、投げ出したままのカバンを開いた。


 財布、携帯、ウォークマンに充電器。一応筆記用具は入っているが、参考書のない鞄を見るのは久しぶりだ。財布の中に映画のチケットが二枚入っているのを確認し鞄を閉じた。


 緊張と期待感が入り混じり、実に妙な気分だ。


 部屋から出ると階段の下から父の声がした。週末でも大人の付き合いがあるのだとぼやく父だが、今日は違うらしい。

 運動着に大きなバッグ。道場に行く時のお決まりの格好だ。


 元々は孝宏が道場に通っていたが、中学に上がり勉強に打ち込むようになってからは、父親が自分で通いだした。孝宏が通っていたのも父親に言われての事で、どうやらメダリストの父親としてインタビューを受けたかったというのが主な理由だ。

 階段の上に息子を見つけ、父が楽しそうに左手を挙げた。


「よう、色男」


「道場に行くんだろ?遅刻すると叱られるよ」


 《色男》にはあえて触れなかった。からかいたくて仕方ないのは、表情を見ただけでわかる。


「今日は頑張れよー」


 ニヤニヤ笑う父に、孝宏は嫌味の一つでも返してやろうと思ったが止めた。単純に思いつかなかったのと、映画のチケットは父から貰ったものだったのを思い出したからだ。いや、貰ったというよりも、奪ったと言うべきか。

 見送りの笑顔も、やや引きつった不自然なものにしかならない。


 完全に閉じる寸前のドアの向こうから、一瞬聞こえてきた笑い声に孝宏は顔をしかめた。同性とはいえ親に恋愛事情を知られるのは小っ恥ずかしいものがある。

 リビングでは母と双子の弟妹が、幼児番組を見てはしゃいでいた。出かけてくると声をかけるが、母は右手を軽く振っただけで、弟妹は番組に夢中でこちらを振り向きもしない。


 玄関を出た所で携帯が通知を知らせた。スクリーンには木下の文字。


 早る気持ちを抑えつつ開くとそこには、時間に遅れる旨と何故か孝宏の好きな色を尋ねるもの。ひょっとするとプレゼントでももらえるのかもしれない。思ったとたん、動悸が早く打ち、耳は熱を持ち頬はだらしなく緩む。


「まずい、すっげー緊張してきた」


 高速で輝く青春が、喜びの歌とともに構築されていく。気分と共に足取りも軽くなり、見慣れた我が家がキラめく。気分はまるで異世界にでも迷いこんだようだ。

 外の日差しは眩しく、目を細め流れる雲を狭い視界の中で追った。頭の中は木下からの文面の意味とか、映画を見終った後はどうしようとか。いっそ告白してしまおうとか。そんな事でいっぱいだった。


 だから気がつかなかった。



 数歩先に闇が口を開いていた事に。それはまるで獲物を待ち構える捕食者だ。


「わああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ………―――」


 あるはずの地面がなく、体が前のめりに倒れた。地面に頭を打ち付けるかと身を縮こまらせるがそれも裏切られ、体は吸い込まれる様に落下していった。


 もがいてもあがいても掴めるモノもなく、ただ落下していくだけ。お腹が抉られ、押しつぶされる圧迫感が全身を襲う。

 息もできない苦しさで、孝宏は恐怖を味わう余裕もなく意識を手放した。


 


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