引き籠り期間の出来事6-5
ここでカダンはおや、と思った。先の言葉が嘘ではなかったからだ。
他人の心配をする事もあるんだ。
付き合いが短いのもあるが、カダンは、嘘の愛を語る男の嘘の愛語り以外を知らない。
以前ソコトラでナルミーの事で孝宏と喧嘩したのを思い出す。
何故あれだけ腹立たしく思ったのか今となっては謎だが、あの時、ナルミーを庇う孝宏を騙され可哀想に思ったものだ。だが、彼の主張の全てが間違っているわけでもない.
のかもしれないと思い直す。
とはいえだ。
「とても心配している顔じゃないですよ」
カダンはソコトラ村で化け物の討伐に参加した事があった。孝宏たちが来る前だ。
カダンはそこで初めてナルミーの戦闘を見たのだが、凶戦士さながら実に楽し気に刃を振るう男で、カダンは顔に似合わず生臭い戦い方をする人だという印象をもった。
この様子からみるに、ナルミーはこういう行為自体に興奮する性質なのだろう。
こういった人物が嘘の愛を語るのだ。チグハグな具合がカダンにはどうにも怖ろしく映る。
「……美しき人魚である貴方なら自分でなんとかするだろうね」
ナルミーが声を上げて笑った。
ナルミーはカダンのソコトラでの戦いぶりを知っているし、蜘蛛相手の立ち回りも頻繁に話題に上がる。今やカダンたちの噂はどこにいても聞こえてくるのだ。
ただのひったくり犯相手にどうにかなると、誰が考えるだろうか。
「まあ、余計なお世話でしたよ」
寧ろほぼほぼ終了していたところを邪魔されたと言い換えても良いぐらいだ。これが兵士同士であれば、手柄を横取りされたとトラブルになっていただろう。
だが、カダンは兵士ではない。よって手柄などに興味もなかった。関心は一つバックを持ち帰る事だけだ。
「それでもあなたに焦がれる者としては、至極当然の行為だよ」
「……」
「もしかして私の身を案じてくれているのかい?けれど私は兵士だからね!国に捧げた我が身は存外丈夫だ!安心したまえ!それにあなたの為ならいくらでも、この身だって惜しくはない!」
この言葉も嘘ではない。けど言い草もポーズも大袈裟すぎる……とは言わない。今更だからだ。
僅かな気恥ずかしさからなのか分からないが、ゾワリとした感覚が肌を撫で、カダンは身震いした。初めての事だった。
決して好感触というのではない。だがナルミーは、カダンのこれまでになかった僅かな変化に気を良くしていた。
これまで幾度となく邪険にされ口付けを交わしても尚、カダンのナルミーに対する態度は辛辣なままだった。だというのに、ここに来てこの変化だ。多少なりとも己の言葉が届いたのかと思えば、楽しくならないはずがなかった。
「君がこういう荒事に慣れているのは分かっているけれど、こういう時の為に兵士がいるのだ。大いに頼って欲しい」
こういうのと言いながら、ナルミーがムキッと力こぶを見せつけながらひったくり犯を踏みつける。
ナルミーは頭が良い。そして観察に長けていた。カダンの変化をもたらしたのが何かを察して的確に利用する。
だが彼はやりすぎた。よせば良いものを、ついいつものくせで兵士らしさを出そうとして踏みつけたのが良くなかった。
カダンは肩を竦め溜息を吐いた。
カダンは未だ起き上がれずにいるひったくり犯の男から 中で何かが暴れている様子のバックを取り返す。
どうやらマロンちゃんは生きているようだ。カダンはホッと胸を撫で下ろす。
「それは君のかい?」
趣味が変わった? ナルミーが尋ねる。大袈裟にポーズを付けるのも忘れずに。
「違います。ひったくられた別の女性の物ですよ。頼まれて追いかけて来たんです。だいたい俺の好みの何を知ってるんですか」
「だから一人……いや、珍しいなと。いつも一緒だっただろう」
「ああ、カウルとルイはこのバックの持ち主と一緒にいてもらってます。では急ぎま……」
「二人だけか……タカヒロ君とマリー君は留守番か?」
カダンはハッと目を見開いた。
二人の死を知らないのであれば、当然の疑問だ。
カダンの見開かれた目にジワリと涙が滲み、瞼を伏せると零れ頬を伝い落ちた。何かを伝えようとする口は、唇が震えている。
言葉を失ったカダンに対し、ナルミーは困り顔で首を傾げた。あざとい反応だとカダンは思った。
普段であれば無視して懐かれても困るので不快感を隠さず表情に出す。だからこの時も隠さず不快感をナルミーにぶつけた。




