引き籠り期間の出来事6-4
兎人の女が得物の注意を引き魔人の男がバックを奪う、というのがいつもの手口だったが、場合によっては小刀で裂いて中身だけを奪う事もあった。
もちろん小刀の使い方はそれだけに限らない。
腐食の魔術が施された小刀は身を守るうえでも大いに役に立った。
だが、ここで刃物を取り出す意味は、カダンの暗示に対する無意識の抵抗だろう。
子悪党のくせに……
カダンは心の中で毒づいた。
このまま拘束して役人に突き出すべく、カダンは二人を拘束する魔術を展開し始めた。
時間も手間もかかるが、世の中の為にもそうするのが正解に思えた。
しかし、もう魔術が発動しようとしたところで、唐突に芝居がかった声が降ってきた。
「私が来たからにはもう安心したまえ!」
同時に集中力が削がれ、拘束魔術の発動が止まった。
カダンは状況を飲み込めないままだったが、本能か直感的なものか。ゾワリと悪寒がはしり、その場から後ずさった。
自分の行動が理解できないままの行動だった。だが、三階建ての建物の屋根から飛び降りて来た人物を見て、すぐに納得し、自分の無意識に感謝する。
鍛え上げられた肉体と透明感のある白い肌。
陽光を浴びて輝くプラチナブロンドの短髪は嘆く本人の気持ちとは裏腹に、それらが相まって寧ろ芸術作品のようだった。
いや本人に言わせれば、己は美の権化であるのだから当然とまで言い切るかもしれない。
賑やかであるのが標準装備の彼は、己の価値をある意味正しく理解している。
男の名はボウクウ・ナルミー。気まぐれにカダンに言い寄っている様に見える、アノ国の兵士だ。
ナルミーは屋根から飛び降りながら、手に構えた銃をひったくり犯の二人に向けて打ち出していた。
銃から飛び出した弾丸は白い網目状の物へと形を変え、ひったくり犯の二人を拘束する。
「相変わらずですね」
カダンはにこりとも笑わずに言った。
眉間に皺をグッと寄せる。
カダンの表情からも分かるように、カダンは決してナルミーを褒めたのではない。
カダンはナルミーと関わるのが嫌だった。ただそれだけだ。
世間が評価するナルミーは、自信過剰で時として誰にでも愛を語る軽薄な面もあるが、決して他人を貶したり貶める様な言い方はしない。
そんな彼を好ましく思わないまでも、ここまで毛嫌いする人物は珍しかった。
ナルミーはカダンと初めて会ったその時から何かと愛の言葉を紡ぎ、カダンに何度断られてもしつこく迫った。
もっというと、彼がこれ程熱心に口説くのはカダンだけだ。
カダンも薄々は気付いていた。
だとしても、カダンにとっては不愉快極まりなかった。
しかし、カダンがナルミーを毛嫌いするのはこれだけが理由ではない。
カダンが存在自体か苦痛だと言い切るだけの、カダンだからこそのナルミーを嫌う理由があった。
ナルミーが紡ぎ語る、愛の言葉のすべてが嘘である。
ナルミーの嘘に、カダンは初めから気が付いていた。
人魚であるカダンは、人の言葉の真偽が分かる。
一般的に、知識があれば汗や仕草等から人の真偽を見抜く事も可能だろう。
だが、人魚とは嘘を見抜けるのではない。嘘が分かるのだ。
カダンが意識しなくとも嘘か本当かは当たり前の様に分かる。
相手がどんなに取り繕おうとも、人魚の本能が相手の嘘を教えてくれるのだ。
そんなカダンだから、ナルミーがどれだけ取り繕っても言葉に心が少しも籠っていないと分かるし、本気にして頬を赤らめる他の子たちが不憫だった。
カダンが嫌悪感を滲ませると、他の子を口説いている最中であっても、嫉妬しているのだろうと絡んだ。
しかもそれすらも嘘であるから始末に負えない。
結局ナルミーは他人などどうでも良いのだろう。
カダンはそんな風に思っていた。
実際、真実に近いところにある。
カダンが明らかに嫌悪感を現したのにも関わらず、ナルミーはいつものように晴れやかにポーズを決めて返した。
「ありがとう。もちろん、今日も私は美しい!」
「日々の積み重ねにより完璧な美は完成される」
「己を高める努力を惜しまない私はやはり素晴らしい!」
彫刻にみたポーズを取りながらうっとりと目を閉じるナルミー。まさしくいつも通りだ。
ちなみにだが、これらの言葉は全て真実だと、カダンの人魚の本能が告げている。
本当に自分だけが好きな人だ。
カダンは人通りが無くて本当に良かったと、ナルミーから視線を逸らしつつ溜息をこぼした。
ひったくり犯の方はというと、網が体に巻き付きバランスを崩し、今は地面に転がっている。
倒れた時の衝撃でカダンの暗示が解けてしまっているが、逃げようと藻掻いたところで網にガッチリ拘束され逃げられそうにない。
喚いていないあたり、寧ろ冷静なのかもしれない。
「それにしても、危ないところだったね……」
ナルミーが笑みを浮かべながら、しかし目元はギロリとひったくり犯たちを睨みつけた。