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引き籠り期間御出来事6-3

 カダンが追う動く二本線の内、一本は、もう一本に比べて動きが大きかった。

 糸の先にある縁を繋ぐ物が、まだ近くにいるのだ。


 カダンはその動きの大きい糸を追った。


 勘に頼った部分は多分にあったが、進むにつれ、空気の中に覚えのある匂いを見つけ、カダンは足を速めた。


 やがて糸は人混みを反れ、人気の少ない裏路地へと入り込んだ。

 同時にカダンは音を消す魔術を自身の周囲に展開する。


 耳の良いお仲間に気付かれないようにだ。



「カバンを開ける前に追いつく」



 もちろん自身が口にした言葉も、魔術に吸収され消える。


 今のカダンは神出鬼没の忍が如く、人がまばらにたむろする裏路地を音もなく失踪する。


 明らかに尋常ではない男の出現に、裏路地に緊張が走った。

 だが、カダンを視界に捕えていた者も、視界の外から突然カダンが表れた者も、一度はギョッとした様子で視認するものの、カダンが通り過ぎ自身と関係ないと分かると、とたんに顔を背けた。


 国王のお膝元でもこの様な場所はあるのかと、カダンは無気力な人達を通り過ぎながら思う。



「絶対に間に合う」



 カダンは己を鼓舞する為の言霊を再び口にした。


 魔術という手段を持っていない彼等は、後生大事にひったくりの証拠を懐に抱えたまま行動しないだろう。


 追手が来ないと分かれば、さっさと金目の物を抜き取り、捨てるか売るかするだろう。


 だが物ならともかく、生き物の売買は難しい。


 バックの中のマロンちゃんは捨てられるなら良い方で、最悪その場で処分されかねない。


 見知らぬ、関わりのない人の為にリスクを負うなど、カダン自身らしくないとは思う。


 声を掛けたのは、彼女の悲鳴に狂気じみたものを感じたからだった。

 すると金よりマロンちゃんが大事だと彼女の全てが物語っていて、カダンは自身と重ねて見てしまったのだ。



 自分にも、己の命より大事だといえる者がいる。


 仮に未来で、自分ではどうしようもない事態、窮地に陥った時、差し伸べられる手があったとしたら、それだけで救われる部分もあるだろう。


 絶望の中にあっても、それは幸運といえるかもしれない。



 だからこれは因果応報である。



 糸を辿って、人気のない路地を右に曲がる。

 一際匂いが強まり、他には誰もいない細道で見覚えのある後ろ姿を見つけた。


 カダンはカッと目を光らせ、口元に笑みを浮かべる。


 このまま気付かれず近づければ良かった。だが、魔人の男がカダンに気が付いた。


 魔人の男はカダンが誰かなど分からなかっただろうし、目が魔力で輝いているなど見えてもいなかっただろう。

 しかし経験から身に付いた直感が閃いた。


 男はカダンと目が合った瞬間、一仕事を終えたばかりの自分たちこそが、カダンの目的であると悟ったのだ。


 魔人の男がカバンを抱え身を翻した。


 向かい合い立っていたもう一人の犯人は、魔人の男の行動に付いていけていない。

 何かあるのかと振り返った。


 カダンは己の失態に気付いたものの、焦りはなかった。


 犯人たちに気付かれないようにとは考えて行動していたつもりだが、心の中では、仮に見つかってもどうにでもなると思っていた。


 慢心して足元をすくわれかねない考えだ。


 しかしその辺を歩いている人が、例えば犯人たちが同じように考えているなら、ただただ愚かだが、カダンにはそれに足りる能力があった。


 カダンがニヤリ笑う。


 カダンは纏っていた消音の魔術を解くと、声に魔力の乗せ



「安心して。何もしないから」



 カダンの声は犯人たちの鼓膜を震わせ、するりと入り込んだ。


 すると魔人の男の思考はスンと凪いで、逃げかけた歩みを止めた。

 今自分が感じた危険信号を忘れたかのように頭を振って、もう一人の仲間に謝る。


 もう一人の仲間、兎人の女も魔人の男に対し、呑気に溜息を零しただけだ。


 魔人の男が何かを見た瞬間逃げようとしたのも、その時視線の先にいたカダンの事もどうでもいいとばかりに、大きく欠伸をする。


 カダンが今言った通り、自分たちに危機が迫っているとは微塵も考えていない。



「そこの二人は動いてはいけないよ。俺の話を聞かなければならないからね」



 カダンの目が一際光を放つ。


 二人を逃がさない為に言葉を重ね、より強力に、より深く人魚の暗示をかける。


 人魚の魔法は本人たちが気付かないまま、内から思考を浸食する。


 ひったくり犯の二人ともがカダンを振り返った。

 表情は穏やかで、まるで親しい相手かのように



「どうした?」



 と尋ねる。



「俺が終わりというまでジッとしてて」



「ああ、了解」



 犯人たちは素直に頷き、だらりと体の力を抜く。

 ひったくり犯は互いに顔を見合わせ、次の得物はどこで探そうか、などと相談を始めている。

 笑みまで浮かべ、すっかりリラックスした様子だ。


 兎人の女の商業地区の東の市場はどうかという提案に、魔人の男が頷きつつ懐から取り出した小刀の刃を目を細めて眺める。




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