引き籠り期間の出来事5-2
「もしかして、私たち掴まれば切り刻まれる?」
マリーの不安げな瞳は、控えめにだがタツマに向けられる。今の話が本当なら、タツマも欲しがっている一人で間違いないだろう。
タツマはどう返答しようか迷いながら、口を開いた。
「違う……といえば嘘になる。私の様な学者にとっては君たちの身体は魅力的な素材だよ。認めよう。でもね。私は人間を止めるつもりはない。君たちを簡単に切り刻んでは、すぐになくなってしまうじゃないか」
(俺たちを手懐けて増やせば問題解決するとか考えてないよな?)
孝宏の脳裏に家畜化された自分たちが思い浮かぶ。マリーやカウルも同じだったようで、カウルがマリーを自分の背中に隠した。
「我が国の法では本人の同意がなければ、どんな非道も行えない。さらにヘルメル殿下が君らを保護しているんだ。誰が手を出せる。それにオウカの、親友の息子たちの友人を手にかける程堕ちてはいないよ。安心しなさい」
「すみません、つい……」
「いえ、そのくらいで良い。ここで重要なのは検査を見ずとも、ある程度の予測は立てられるということだ」
タツマも、カダンの報告や仕事上聞こえてくる彼らの噂から推測できたからこそ検査をしたのだ。
魔術の知識が豊富な者なら、同じ結論に辿り着くことは可能性は大いにあるだろう。
「知られるのは時間の問題かもしれない。国外に行くならヘルメル殿下の威光も届かない。十分に気を付けなさい」
「タツマさん、その為にこれを?ありがとうございます」
知らせなければ、まだ騙しようもあっただろう。地球人の身体を手に入れるも楽だったはずだ。
孝宏は純粋に感動していた。自分はこの人を誤解していたのかもしれない。
「まあ、それだけではないんだけどね。最後のを……」
カダンが最後のページを捲る。
「タカヒロの凶鳥の兆しは側腹部にはっきりとした痣がある。けれど、マリーの身体にはどこにもそれらしき痣がない。彼女の使用する力は一体どこから来るのか疑問だったんだ」
「それで、この前……」
マリーが思い出し口に手を当てる。タツマが頷いた。
地下室生活が始まってすぐの頃。タツマはマリーの身体をいつくかの部分採取していた。紙、体毛、口の中の粘膜、爪、血液、皮膚、唾液、汗、その他にもいくつかある。
それらはタツマの仮説を証明するために必要だった。
「結論から言うと、マリーの力は水の要素を持つ魔術具から来ている。マリーの体内に魔術具が存在していて、マリーはそれを無意識に使っているんだ」
初め、タツマは孝宏の様に何処かに痣があるものだと考え、それこそ文字通り、身体の内外を隅から隅まで探した。しかし、どうしても見つからなかった。
なので着目点を変えた。
孝宏とマリーの力の使い方だ。
孝宏は言葉で、或いは心の中で問いかけ力を使用する。それに対し、マリーは、見聞きする限りではあるが、その様な事を一切行っていない。
マリーの力の使い方は予め術式を用意した状態で行う魔術に近い。例えば、魔術具などがそうだ。
さらに、孝宏の様に自身の持つ魔力にも影響が出ていないことから、彼らの持つ力の根源は、別の形態をとっているのではないか、と仮説を立てたのだ。
カダンから報告ではタツヒトなる者達が、一緒に保管されていたからと渡してきたのがマリーの体内に吸い込まれたとなっている。
自らの意志で宿主を探した凶鳥の兆しとは明らかに違っている。
凶鳥の兆しが人精とよく似た物であるなら、人格なるものが宿っていたとしたら、個々の性格もあるのかもしれないが、しかし、それは、仮説が否定された時に考えれば良い事だ。
なのでタツマは、マリーの中に隠され別形態の物を探そうと思ったのだが、問題は、既に隅から隅まで見た後だという事だった。
探していたのは痣だったが、その際、魔術具や術式があれば気が付いただろう。
何もなかった、となれば、まだ探していた場所にそれはあるはずだ。
そこでタツマが思い出したのは《毒・零》だ。
「それで、血液を採取したんですね」
「ああ、採取した血液と他の体組織を比較すれば確実だろうと思って、体中の組織、体液を採取させてもらった。私の仮説は正しかった」
カダンの持つ紙には、マリーの力の根源、魔術は血管の中、で血液と共に循環していたと記されていた。
この事実はさらなる問題を生み出してしまった。
「零毒とマリーの力の根源は……おそらくだが……同じ技術の可能性が高い。それから、これ持ってきたタツヒトと言ったか……かの種を突き止めた」
「え!?」
声を上げたのはルイだが、驚いたのは何も彼だけではない。全員が驚いた。何せ、いくら調べても、竜人という種はなく見つからなかったからだ。
カダン以外で異世界の存在を確信している者達だ。当然調べた。調べたが、いくら探してもどこにも彼等の事は書かれておらず、強いていうなら、お伽話の中に彼等と似た者が登場するのみだった。
もしもリリンが門番でなかったとしても、彼等の情報を得られればと考えていたくらいだ。
孝宏たちからすれば、異世界への鍵がまた一つ見つかったのだから、暁光とも取れるかもしれない。しかしこれこそが、今、タツマを悩ませている最大の問題だった。