引きこもり期間の出来事5-1
「なるほど」
タツマが重々しく呟いた。
地下室は張り詰めた空気が支配する。緊張した面持ちでカダンは喉を鳴らし、食い入る様にタツマの次の言葉を待つ。カダンだけではない。カウルとルイ、孝宏とマリーも同様にタツマを食い入るように見つめている。
たった今、これから自分たちがどうするのかをタツマに話したところだ。きっとタツマの望むような展開ではないはずだ。
タツマは腕を組み、目を閉じ眉間にシワを寄せる。
本来なら、タツマの許可などいらない。
それでもタツマに自分たちの希望を伝え、許可という名の助言を求めたのは、タツマが双子の母、オウカが信頼を寄せた人物だからだ。
カダンらが初めてタツマ宅に訪れた際、タツマから渡された物。それは、カウルとルイ、二人が両親から受け取るはずだった、成人の贈り物だった。
一般には出回っていないまったく新しい人工魔石で作られた、二の腕に装着するタイプの魔術具。
贈り物を受け取った時、カウルとルイは素直に喜べなかった。
十五歳で家を出る成人の習わし。十五はまだ大人ではなく、村に帰り成人の贈り物を受け取り、初めて大人と呼ばれるのだ。
アノ国の法では20を成人としているので、法律上ではまだ未成年だが、世間では大人として扱われる。
だからこそ、親は自らの手で贈り物をこさえ、子は大事に肌見放さず持ち歩く。
初めて会ったような他人から貰うものではない。
だから今も身に付けているものの、そこに両親の影を見てその都度辛い気持ちにさせられる。
そんな成人として重要な意味を持つ贈り物を託す程、タツマは母オウカが信頼を寄せていた相手なのだ。
孝宏とマリーを欲している人物だとしても、自分たちの望みを尊重してくれるのではないかと期待した。カダンの一押しもあった。信頼に足りる人物だと。
だから、こうして包み隠さず自分たちの希望を伝え、協力して欲しいと願い出たのだ。
しかしここに来て、タツマの難しい顔に期待が揺らぎ始めている。ここでいきなり拘束されるのではないか、そんな考えが全員の脳裏に浮かび消える。
タツマは随分長い間、考え込んでいた。それでもやがて、「分かった」と一言残すと、何かを取りに自室へ戻った。
タツマが自室からわざわざ歩いて取ってきたのは数枚の紙の束で、それは、孝宏とマリーの身体を調べた際の記録であった。
「これは、まだ上にも報告していない、私しか知らないものだ。まあ、見なさい」
孝宏やカウルはもちろん、マリーにだって、紙に記された内容を理解するのは難しい。ただルイとカダンは、内容を目でなぞる程に、眉間に皺を寄せていった。
「これは、あり得ない……のでは?」
ルイの感想はそれを知る者達からすれば、至極真っ当なものだった。タツマだって初めは目を疑った。それほどの事実がそこに記されている。
「これが世に出れば、タカヒロとマリーと狙われる理由が増えますね。スズキも今のままでは危ないかも」
カダンは確認するが如く、タツマに視線を送り、そのタツマは深く頷いた。
「どういう事か説明して欲しいんだけど。俺たちが狙われるって?」
「これは、半分は前に見た。タカヒロにも説明した奴だ。覚えてる?」
研究所に着いた翌日、検査後に受けた説明。タツマと契約を交わした時の事だ。孝宏もよく覚えている。
凶鳥の兆しが孝宏にかける負荷は、人であれば、到底耐えられるものではなく、通常であれば半年も経たず死に至る。これはマリーも同様だった。
ここまでの説明に、カウルが顔色を変えた。孝宏はマリーの反応が気になり横目で見るが、彼女は平然とした様子で、おそらくは知っていたのだろうと思えた。
しかしここにはあの時にはなかった続きがあった。
「この記録が確かなら、タカヒロとマリーの身体は耐えられるだけじゃなくて、高濃度の魔力に完全に順応しているといっても過言じゃない」
「つまりどういう……?」
「正確には取り込まれる魔力の質によって、身体の質を変化させてるんだ」
魔術を使用する際、火の魔術なら火の要素を持つ魔力を身体に取り込む。
取り込む要素の量を間違えれば、身体に負荷がかかり最悪死に至る。
過ぎたるは及ばざるが如し、というやつだ。
故に、取り込む魔力の量の定式が存在しており、自由に術式を組み立てる際もその式を当てはめるだけなので、特段意識しなくとも体に負担がかからない。
効果を上げたければ、定式部分の数値を変更し魔力量を増やせば良いが、身を滅ぼしかねないと魔術師協会の規則では禁止となっている。
とはいえ罰則はなく、国の法律でも”強要”が禁止されているだけで、使用自体は禁止されておらず、一時的に強要以上の魔力を取り込んだとしても、その後魔力抜きをしさえすれば、影響はほぼない為に、軍隊などでは現在も、強い魔力を取り込む訓練を行っている。
とはいえ、それは希望者に限られており、希望者に何らかの異常がある場合は許可が下りないのが現状だ。
魔力が便利なエネルギーであるのに対し、反動も大きいというのがこの世界の常識であるのだ。
しかし、地球から来た三人の身体は、その常識を完全に覆した。
タツマは検査の際、二人の状態が安定している事に、ある意味気持ち悪さを感じた。
そして、彼らが完全に無防備でいるのを良い事に、無断でとある実験を行っていたのだ。
彼らの体に複数の――火、水、光など――要素を含んだ魔力を、微量に流してみたのだ。
すると、火の魔力の時、身体は水の要素を強くし、水の魔力の時は火の要素を強くし、光の魔力の時は闇の要素を強くした。
そうやって身体の性質を変化させることにより、バランスを取り影響を防いでいたのだ。
信じられられない事だった。
そのような性質を持つ生物や物体は、この世界には存在していないからだ。人工的にもまだ作られていない、貴重な素材だ。
その素材がたとえ人間であっても、世界中が欲しがるだろう。