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引き籠り期間の出来事4


 タツマの自室。タツマが箪笥の一番上の引き出しから取り出したのは、赤みを帯びた木材で作られた、掌からはみ出す大きさの箱だった。


 それを二つ。テーブルの上に置き蓋を開ける。中には少なくとも長さが10センチ以上はある幅広のリングが収められていた。


 これはタツマの親友オウカより、カウルとルイへの成人の贈り物として、最後の仕上げのために預かった物だ。

 あの忌まわしき夜の、数日前の事だった。


 急いで仕上げたという割には丁寧な仕事ぶりで、タツマは受け取りながら、オウカが作った物にしては珍しいと揶揄った。


 オウカは最高傑作だと言って微笑んでいたが、何処か憂いを帯びていて、タツマも寂しさを覚えた。


 これは二の腕に装着するのを想定して作られた魔術具で、本体を金で、その上を人工魔石で隙間なく覆っている。

 更にその上からレースを模した金の透かし彫りを被せる事で、本体に刻まれた魔術を保護し且つ美しく仕上げていた。


 二つの、全く同じ見た目の魔術具。唯一裏に刻まれた名前が二つを分かつ。


 だが六眼を持つ孝宏なら、それ以外の違いを見出せるだろう。


 ルイの名が掘られた魔術具には、水属性の人工魔石が。カウルの名が掘られた魔術具には、火属性の人工魔石が使用されている。


 どちらも常に周囲から微量の魔力を取り込み、任意の魔術以外は弾くよう設定され、意図的に魔力を流すと、一定値以上の物理的な障害を弾き飛ばす仕様になっている。

 加えて心拍数が低下すると、生命維持装置の役割もこなす優れものだ。


 それだけではない。二つの魔術具はカウルとルイ、それぞれの特性に合わせて異なる機能が設定されている。


 ルイは必要に狩られて、大掛かりな魔術の為に相応の魔力を取り込む場合もあるだろう。

 他に属する魔力は体への負担がより大きい。

 ルイの魔術具は普段から自身の魔力を貯めておけ、周囲から取り込んだ魔力をも貯められる仕様になっている。


 カウルはルイと違い、自ら術式を紡ぎ魔術を発現させるのを苦手としている。結果、武器を手に持ち、敵と接近して戦う場面が予想された。

 その為、ルイの物よりも物理的に耐久性が高く、追尾攻撃魔術が可能な魔術具に仕上がっている。

 魔女と呼ばれたオウカが組んだ魔術だ。性能も精度も高いが、その分繊細な魔力コントロールを要し、扱いは国内でも屈指の難易度に仕上がっているが、カウルなら使いこなせると踏んでの設計だ。



 現在世に出回っている人工魔石自体オウカが開発した物ではあるが、この魔術具に使用されている人工魔石は従来の物を遥かにしのぐ性能を誇る、全く新しい人工魔石だ。


 従来の人工魔石は天然物に比べると、どうしても大きさに対して籠められる魔力の量が少なかった。属性の付与も出来ず、ただ単純な魔道具を動かす為のエネルギー源でしかなかった。

 その為主な使い道といえばテレビやコンロや掃除機などの、日常で使われる比較的魔力を要しない魔術具ばかりだったのだが、この新たな人工魔石は違う。


 自由に属性の付与ができるばかりか、石の大きさに対して保有可能な魔力の量というのが天然魔石を遥かにしのぐ。


 オウカから資料を譲り受けているものの、タツマでは砂粒程の大きさしか生成できず、性能もオウカが作った物と比べると数段劣った。ゆくゆくは飛行船のような大きな物を動かせるようになるのが目標だ。


 オウカはこの魔石を、ソコトラ村の地下室でひっそりと研究していた。いつか来る日に備えて、自分たちが息子たちの傍にいられないのも想定して。

 だからこそ事が起きる前にタツマに託されたのだが、タツマは今でもオウカたちの手から渡されるべきだったと思っている。


 魔術具に魔力を込める最後の仕上げの作業。オウカは、こればかりは自分では力不足だからと半ば無理やり押しつけていったのだ。

 さっさと仕上げてオウカに返しに行こうと思っていた矢先、あのソコトラ襲撃が起きてしまった。


 勇者たちが現れて約一か月、音沙汰なかった突然の出来事だった。タツマが何も起きないのではないかと気を緩めていた、そんな時に起きてしまった。



 あれからタツマが後悔しない日はない。

 村の守りを頑丈にしていれば、軍の派遣を要請していれば、それが叶わなくとも自分が村に滞在していれば、あるいはオウカとカイは死なずに済んだかもしれない。


 夜寝る度後悔が押し寄せ、タツマを悪夢に誘う。


 忌々しい記憶を思い出したくなくて仕事に打ち込み、罪悪感を払拭したくて贈り物の魔術具に最高の仕上げを施した。


 贖罪に生きるタツマに追い打ちをかけるかのように、今度はタツマの恋人が何者かに襲われ、一時生死の境をさ迷った。

 タツマの指示で動いていた際中の出来事で、タツマは後悔を深くし私怨に捕らわれた。



「これを渡す時、私は薄ら暗い気持ちに囚われているとばかり思っていたよ」



 オウカを止められなかった後悔、守るべき国民をみすみす死なせてしまった後悔。巻き込んでしまった愛する人に対する贖罪。

 そんな暗い気持ちと共にオウカの形見ともいえる魔術具を、彼女の息子たちに渡すのだとばかり思っていた。


 そんなタツマの心を、少なからず浮上させてくれたのは、意外にも勇者と目される孝宏とマリーだった。


 始めは贖罪と復讐の一環だった。

 だが彼らと接している内に、タツマの中に忘れていた別の記憶が色鮮やかに蘇り、無くしてしまったとばかり思っていた気持ちをも思い出させたのだ。


 それは遠い昔、タツマが初めて母となった日から育てていった、愛する人を選んだが為に捨てざる得なかった気持ち。

 復讐や贖罪とは真逆の気持ちといって良いだろう。


 いくらかは晴れやかな気持ちでこの箱を手に持てる事が、タツマは嬉しかった。



「先人から後人に託すのは、祝福でなければ……な」



 タツマは自分でも意識しない内に笑みを零すと、二つの箱を持ち、自室を出て行ったのだった。


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