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引きこもり期間の出来事2-4



 鈴木は咳ばらいをした。



「その貿易の取引に初めて連れて行ってもらった時なんですが、私は取引相手に頭を下げたんです。そしたらかなり驚かれまして」



「頭を下げて?それのどこに驚く要素があるんだ?俺たちだって頭を下げるくらいするぞ」



 カウルのいう《頭を下げる》は、少し頭に傾けるだけの物だ。確かにそれも頭を下げているのに違いはないが、鈴木が言っているのとは全く違う。



「私が行ったのはお辞儀です。姿勢を正し、腰から折って深めに頭を下げるというもので、我が国の礼のやり方なんです。普段はあまり使いませんが、仕事や畏まった場面で使用されます。この国では深く頭を下げる習慣がないですからね。取引相手に気に入られて……どうやらあの方の国では、同じように頭を下げるらしいですね」



「我が国って事は……タカヒロも?」



「おそらくですが。以前彼は、格闘技を習っていたと話してましたし、習慣になっていてもおかしくないです。私も長年の習慣から自然とやってましたし。家族や親しい友人同士でする場面は少ないですから、気付かないのも分かります」



「じゃあ、その辺りから外国人だと思われて……一応、常識とかそういうのは一通り教えたと思ってたんだけど、込んな落とし穴があったなんて……」



 細かく突き詰めれば他にもあるだろう。これからマリーと孝宏が変装して過ごす事を考えれば、仕草など特訓が必要かもしれない。



「それで、本題なんだけど……」



「という事は、それが二人で来た理由ですか?」



 カウルとルイが頷く。ここまでの話も十分驚くべき内容であったが、これ以上があるのか。鈴木は身構えた。

 一度に色々聞かされ過ぎて、実の所、鈴木の許容は既に限界に近い。しかし、これが本題なのだ。


 


「もしも、異世界に帰れるかもって言ったらどうする?」



「は?」



 鈴木の目が零れそうな程開かれ、フラリと前に踏み出した。両手が何かを掴む仕草をみせる。



「まだ、確定じゃない。単純に異世界への手がかりを掴んだ()()()()()()ってだけだ。だから、関係ないという事も十分にありうる話なんだ」


 カウルは《かもしれない》の部分を強調して言った。


「カダンに知られたら潰されるかもしれないから……僕ら二人で来たのはそういうわけ」



 リリン教の御神体リリン様。彼の存在がかつて門番と呼ばれていた可能性があり、また、門番とは神と世界とこの世界を繋ぐ門の番人を指す言葉でもあるという事実。

 もしも違っていたとしても、リリン教のリリン様といえば迷える人々に道を示してくれる存在として古くから崇められているカンギリであり、人より長く生きる彼なら異世界への渡り方手がかりを示してくれる可能性が高く、一度行ってみる価値があるのだ。



「どうする?」



「か、帰れるなら、帰りたいです!」



「恋人は……良いのか?二度と会えないぞ?」



 鈴木が躊躇している時間は殆どなかった。たとえ薄情者と思われたとしても、地球に残してきた者に並々ならぬ未練があった。

 そんな鈴木も一度は目を逸らそうとした。けれど、考えまいとすればするほど思考はそればかりに支配され、焦りが募っていった。


 鈴木が最近貿易に手を出したのも、実のところ異世界が理由だったりする。外国に異世界への手がかりがないか、知りたかったのだ。

 貿易で世界を回る人ならば、何か知っているかもしれない。初めにそれを教えてくれたのは、他ならぬ恋人のイリナだった。

 鈴木は一度だけ、イリナに異世界の話をした事があった。しかし、イリナはその他大勢と同じく冗談だと受け流した。

 今もイリナは異世界を信じてはいないが、鈴木が母国へ帰ってしまったら、二度とここへは帰ってこないと感じ取っていた。

 離れたくないと思いつつも、それでも、望郷の念に捕らわれる恋人の為探す道を示したのだ。


 ルイやカウルから見れば、迷いなく答える鈴木に対し物悲しさを感じたのは事実だ。ただ彼らとて望郷の念というものも理解できるのだ。



「娘がね、いるんですよ。私……」



 孝宏以外には初めて話す。カウルとルイも黙ったままだ。



「私はあの子に、逃げる場所を作ってやりたいんです。自力で作れるなら、それでも良いんです。でも、もしも、あの子が今、逃げ場をなくしていたら?私は親として、あの子を守りたいんです。もしかすると、あの子にとって私は必要ない存在かもしれない……けど、それでも…………」



「分かった。帰れるとなった時はすぐに連絡する。けど、まだ帰れると決まったわけじゃないから……念のため……」



 言ったのはルイだ。カウルは思うところがあるのだろう。黙ったまま、床を見つめている。



「はい、分かってます。それで良いです。ありがとうございます」



 カウルとルイが帰る時だ。鈴木がカダンは説得すべきだと伝えると、二人は実に嫌そうな顔をして帰っていった。

 鈴木は一抹の不安を覚えながら、冷めた紅茶を飲み干した。



「もしも帰れるとなったら、その前に環境を整えないといけないですね。あと出来るだけ早急に覚えないと……」



 記憶を操る魔法を……



 鈴木の独り言を聞くものは誰もいない。ただ、言葉の罪深さだけが、己の心に傷をつけた。






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