夢に咲く花後編59
タツマの家は王都の中心部より西部に位置する住宅街だ。王都内でも裕福な層が暮らす地域で、他地域と比べると建物は大きく見目が綺麗だ。そんな中で、タツマの家はこじんまりとして見えた。
―ビー・・・ビー・・・――
「よく来たね。入りなさい」
呼び鈴を押し少しして出て来たタツマはエプロンをしていて、表情も晴れやかだ。
数日前、研究所の物が散乱する執務室で会った時は、今にも倒れてしまいそうな印象を受けただけに、カダンは軽い衝撃を受けた。
初めて会った時はともかく、二回目に言葉を交わしたのがオウカが死んだ後だっただけに、彼女に対しはつらつとした女性であるイメージが湧かなかった。
「今昼食をとろうと思っていた所なんだよ。まだなら一緒にどうだい?」
台所からは確かに香しい匂いが漂ってきている。タツマは何も置かれていないテーブルを横切り、カダンら三人を地下へと案内した。
「説明してもらえるんですよね?」
晴れやかな表情のタツマを見ても、カダンは気を緩めなかった。ピリッとした殺気にも似た感情をタツマに向ける。タツマは全く意に介さず階段を降りた先にある扉を開けた。
「とりあえず……どうぞ」
扉の向こうを見て、食事の並ぶ食卓に記憶通りの姿で並ぶ孝宏とマリーの姿を見止め、カダンはタツマを凄んでいた表情が一瞬にして解けた。呆然として孝宏を見つめる。
ドアの真ん中で立ち尽くすカダンを押しのけ、カウルがマリーに駆け寄る。マリーも椅子を立ち、互いに固く抱き合った。鼻を啜る音はどちらの物なのか。カウルはマリーの肩に顔を埋めたまま上げる気配はない。
「ふぅん、元気そうじゃん」
ルイはぶっきらぼうな言い方とは裏腹に、笑顔で孝宏の頭を撫でまわした。
「な!?やめろって」
「あははははは」
無表情のルイの、明らかにワザとらしい笑い声。孝宏は身を引きつつ
「笑い方恐いって」
ルイが乱暴に撫でるので、孝宏は頭を下げて避けようとしているが、その表情はやはり笑顔だ。
「俺に会えて嬉しいなんて、可愛い所あんじゃん」
「はあ!?年下のくせに生意気」
久しぶりに顔を合わせた面々は嬉しそうに笑い、互いに喜び合っている。
カダンは眩暈がした。後ろに倒れるように壁に寄りかかり、もたれ掛かりならが床に座り込んだ。ほっとして体の力が抜けたのだ。息を切るような笑い声が漏れ、目には涙が滲む。
嘘は分かる。カダンは人魚だ。だが、死んでいないはずの彼らが、もしかすると生死の境をさ迷っているのかもしれない。ひょっとすると重大な傷を身に受け、絶望しているのかもしれない。その身に背負ったものがあまりにも重く、心を狂わせてしまったのかもしれない。
ここに来るまで考えていたいくつかの可能性がどれも違っていた現実に、ようやく感情が追いついたのだ。彼らが無事であるとようやく理解できた時、カダンは全身の力が抜け、立てなくなった。
こんな事で泣くなんて。自分を叱咤する。
「大丈夫か?」
いつの間にか傍に来ていた孝宏に声を掛けられ、カダンはフッと笑みを浮かべた。
まさか、彼が自分に気遣いをみせるなんて、そんな気持ちが強かった。顔を上げると、無表情の孝宏と目が合う。
「タカヒロが俺に優しいなんて、明日は雨かな」
カダンはただ単純に嬉しかったが、皮肉な言い方になってしまうのはやはりカダンの正確に寄るところが大きい。
「………………」
「ん?」
「…………その言い回し、異世界にもあるんだな」
孝宏がそう言いながら真顔のまま目を細めると、怒っている様な不機嫌の様なで、カダンはとたんに寂しさを覚えた。
素直になれない自分が恨めしいと思っても、もう遅い。言葉はすでに命を吹き込まれた後だ。
フイッと踵を返した孝宏の、その背中にカダンは手を伸ばしたくなったが、臆病な性格が邪魔をしてなのか言葉が出ない。黙って見送る。
堪えても押し殺せない込み上げてくる感情に、まるで呼応するかのように頭が痛み出した。
カダンは崩れる表情を、誰にも気付かれないよう首を傾げて誤魔化した。