夢に咲く花後編58
「申し訳ありません。現在所長のア・タツマは研究所に出所しておらず、お会いすることはできません。皆さまが見えられた場合、この封筒をお渡しするよう言付けを預かっております」
カダンたちが研究所を出て都内の宿に身を寄せたのは、つい先日の事だ。孝宏とマリーが病院に移送された翌々日だった。
それから数日、いくら問い合わせても容態はおろか、移送先の病院の場所さえも教えてはもらえなかった。業を煮やしたカダンら三人が、タツマに直談判する為研究所を訪れ、思いの外すんなりと通されたと思っていたら、この通りだ。
渡された封筒にはしっかりと封がされ、中身はそれを預かっていた受付の男も知らないそうだ。カダンたちは、逸る気持ちを抑えきれず、その場で封を開け中を読んだ。
「は?二人が死んだ?」
ルイがそう呟いたのは、中の手紙を三回程読み返した後だった
《タカヒロとマリーの両名は入院先の病院で病死が確認されました》
短く簡潔に纏められた、と言えば聞こえは良いが、明らかに説明の足りていない文章を理解するのは、逆に難しかった。信じがたい内容であれば尚更だ。
カウルとカダンも手紙の内容を信じ切れないのだろう。文面を睨み付けたまま動かない。いや、ルイも口に出しはしたものの、死んだなどとは信じられなかった。
「あの、この手紙なのですが……うちのタカヒロとマリーが死んだって、書いていあるんですけど。事情をご存じであれば、一体どういう意味が説明していただけませんか?」
尋ねるルイの顔は真っ青だ。受付の男は彼らの心境を慮りながらも、極めて冷静に告げた。
「先日他の病院へと移送されたお二人についてでしたら、病状が悪化し亡くなられたと聞いておりますが、それ以上の詳しい話は存じておりません。申し訳ございません」
「そう……なん、ですね」
現実を受け入れられていない彼らの心情が、表情や態度にありありと現れている。
「取り合えず、宿に帰ろう」
と言い出したのは誰だっただろうか。三人は特に言葉もなく、帰路に就いた。
彼らが借りている宿は王都の端にある、比較的安めの宿屋だった。特に不用心という程でもないが、用心深いでもない宿屋の部屋に入るなり、カダンは鬼気迫る様子で壁を掌で叩いた。
「紡いだ糸を繋げ。先は魔術研究所所長、ア・タツマ」
カウルとルイはその様子を、特に驚きもせず眺めている。
タツマはすぐに応答した。やはりザラザラとした白と黒の映像が映し出され、タツマの声は聞こえて来ても姿は見えない。
「手紙を見たのね。連絡してくると思って待っていたの」
タツマの声色に悪びれた様子はなく、カダンは多少なりとも腹を立てて口を開いた。
「二人が死んだって、どういう事ですか?」
カダンは冷静に喋っているようでその実、はらわたが煮えくり返る程の怒りを内に秘めているのがタツマにも伝わる。言われずとも語尾に《約束が違う》とついているのも、しっかり理解する。
「どういう事も何もそのままだよ。悪いのだけれど、詳しい死因は言えない。許して欲しい」
「大丈夫だって言ったじゃないですか!?」
「確かに大丈夫と言ったな。嘘になってしまい申し訳ないと思っているよ」
「二人の遺体は?もちろん引き渡してくれるんですよね?」
「それも出来ない。あれは我が国が所有する事になった」
「あの二人の身元引受人は俺です!そんな勝手が許されて……」
「これに関してはもう決定事項だ。私も処分を待つ身でね。これ以上は何もできないんだよ」
「処分って……どういう事です?一体何があったんですか?」
「すまないがそれも言えない。とにかく彼らは死んだんだよ。諦めて欲しい。まあ、落ち着いたら家においで。オウカから預かった物があるし、今後の君らの助けになりたい……村に帰るにしても、アルヒに戻るにしてもだ」
そう言うとタツマは、一方的に通信を切り、カダンはもう一度壁を拳で叩いた。
「ねぇ、今の嘘……だよね」
ルイが震える声で、カダンに尋ねた。横でカウルもカダンの返事を待っている。
「いや…………とにかくタツマさんの家に行こう。場所は俺が知っているから」
カダンは言うや否や、部屋を飛び出した。後を、カウルとルイも無言でついていく。
カダンの横顔は務めて冷静でいるようだったが、よく見れば焦燥感が滲み出ている。歩みは比較的ゆっくりだったが、10分経つ頃には早歩きになり、20分後、タツマの自宅が見えた時には小走りになった。
そしてそれは、カウルとルイにとって正に希望だった。
言葉の真偽を判断できる人魚の能力が確かなら、カダンはタツマの言葉に嘘があれば見抜いたはずだ。見抜いた上で急いているとするなら、それは即ち、孝宏とマリーが死んだ、というタツマの言葉が嘘だったのではないかと推測できるのだ。本当に彼らが死んでいるのなら、カダンはもっと違った反応を見せるだろうというのが分かっているからこそだが。
カダンがタツマの自宅を知っているという事実を、ルイとカウルは奇妙な気持ちで受け止めていた。《やはり》という残念な気持ちと、《それならなぜ》という疑問が同時に心に湧き上がる。
カウルとルイに湧き上がった共通の疑問は、カダンが孝宏とマリーに対して、必死になる程度の情を抱いていた証拠ではないかと二人に思わせた。
それ故に、二人の生死に対してこれ程必死になるのならどうしてタツマと取引をしたのか、二人には理解できない。
「どうして……」
カウルの呟きは今のカダンには届かなかった。