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夢に咲く花 後編 55


 それから動きがあったのは夕方、二つ目の太陽が沈んだ直後の事だった。


 アベルがいなくなった後、三人は交代で護衛として病室に残った。始めにワットが、二番名にロウクが、三番目、夕方になりミツハクが病室に入った。

 ミツハクは落ち着かない様子で、部屋の中を歩き回っていたが、両膝を付いてしゃがみ込み両手を合わせた。


 

「タツマ様、どうか未熟な私に力を御貸し下さい」



(そういや、髪型があの人そっくりだな……尻尾と耳ないけど、同じ種なのかな)



 ミツハクは目を閉じ、何やら熱心に祈っている。時折、タツマの名前を零しているあたり、彼女を崇拝しているのかもしれない。神様ではないのだから祈った所で奇跡は起きないだろうなと、心の中で突っ込みつつも、孝宏にはミツハクの味のある行動が好ましいものとして映る。


 しかし事態が動いたのはミツハクが熱心に祈っていた、気を抜いてしまっていた正にその時だった。


 突然、短くも激しい音を立て、扉が開かれた。

 入り口に背を向けしゃがんでいたミツハクは、辛うじて反応するも応戦するのは叶わず、突然侵入してきた者に頭を殴り倒されてしまう。

 頭から血を流して床に倒れたミツハクが、ベッドの上で横たわるだけの孝宏からは見えない。



(マジかよ。死んでないよな?)



 孝宏の心臓がバクバク音を立てる。目の前で人が傷つき倒れるのは実に嫌なもので、何度経験しても未だ慣れる気配がない。



(慣れたくもないけどな)



 人が傷つく楽しさなど知りたくもない。孝宏は心の中で吐き捨てるが、自分で言っていてどこか空々しい。



(倒れているあの人も気になるけど、今は集中しないと)



 侵入者は迷彩柄の服に黒い眼ざし帽を被る、いかにもと言った風体の二人組だった。



(目論見通り来たけど、思ったより少ない?)



 緊張か恐怖か、孝宏は興奮して次第に息を荒くしていく。1


 孝宏は侵入者が現れた時点で、病室に眠る人形とのつながりをより強化した。それまで孝宏と繋がっていたのは視覚だけだったのが、強化する事により触覚や嗅覚といった五感がすべて繋がり、その証拠に顔の表情筋や指先がピクリと動く。

 間違いがなければ、これで体が動かせるようになっているはずだ。

 侵入者は迷わず孝宏の元へ駆け寄り、ナイフをかざし、孝宏の心臓目掛け振り下ろした。



(!?)



 孝宏は転がり刃をかわした。咄嗟のことだったが、何度もシュミレーションを繰り返した成果が出たようだ。ナイフがベッドに突き刺さる。



「!?」



 侵入者は狙いを外し、驚きを隠せない様子だった。まさか、孝宏に避けられるとは露ほども思っていなかったのだろう。

 しかし、侵入者が意表を突かれ、まごついていたのは一秒にも満たないほんの一瞬だった。


 侵入者がナイフをベッドから引き抜きざまに、孝宏の背中を切りつけた。刃が確実に肉まで抉り、避けた服を血で濡らす。



 もしもこれが生身であったら、痛みなどで痛み動きに制限が掛かっただろう。だがこれは、どんなに人間らしくとも、あくまでも人形なのだ。

 痛みは殆ど感じていない。孝宏からは背中に多少の嫌悪感を伴う感触があるだけだ。

 孝宏はベッドから転げ落ち、ベッドに身を隠しつつ態勢を整えた。



――ビィィィ! ビィィィ! ビィィィ!――



 人形をベッドごと包んでいた緑色の光が人形をできなくなり、異常を知らせるアラートが鳴り響く。

 孝宏は体に纏わりつくシーツを回転しながら引き剥がし、体の向きを変えた。それから侵入者に掴みかかろうと飛び出さんとした時、脳が違和感を覚え危険を告げる。それは緊張感だとか殺気とでもいうものなのだろうか。肌を指すような感覚だった。


 孝宏は瞬間的に動きを止めた。態勢をできるだけ低く保ちつつ、シーツを拾い上げ丸めると、侵入者の方へ投げ付けた。

 侵入者も孝宏の出方に注意を払いながら、腕に仕込んだ矢じりを発射するタイミングを伺っていた。

 

 ベッドの向こうに見え隠れする背中に標準を合わせていると、白い塊が飛んできた。シーツを丸めただけのそれは、空中で解け、わずかな間、侵入者の視界を遮った。ほぼ同時にアラートが()()に鳴り響く。



――ビィィィ! ビィィィ! ビィィィ!――

――ビィィィ! ビィィィ! ビィィィ!――



 彼らは実に訓練された者たちだった。


 初手こそ意表を突かれたが、冷静さを取り戻す術も、遠くから獲物をしとめる技も、追い込まれた時の対処法も持ち合わせていた。

 侵入者は迷わず左手首に仕込んだ糸を引き伸ばし、もう一方を右手に巻き付けた。


 この部屋には窓がない。当然だ。地下室なのだ。出入口は一つ、侵入者が背中を向け立っているそこしかない。


 侵入者は孝宏がどこから駆け抜けても、攻撃できるよう意識を広範囲へと向ける。そして、左下に飛び出してくる影を見咎め、それが自身の脇を駆け抜ける前に、足で踏みつけた。


 だが、それがおよそ人よりも柔らかく小さいと知ると、咄嗟に反対へ矢じりを向け、視線をドアのある方へ滑らせた。



――ギッ――



 しかし、獲物に逃げられるという考えは、前方から聞こえて来た木材が軋む音にかき消された。侵入者が後ろに飛び退くのと、それが落ちてくるのはほぼ同時だった。 



(今だ!)



 孝宏はシーツや枕を投げた後、ベッドをひっくり返し、それを踏み台にして侵入者に拳を振りかざし飛びかかった。

 だが渾身の一振りはあっさり避けられ、もちろん着地など考えていなかったのだから、孝宏はそのままの態勢で床に激突した。


 本体ではないと分かっていても、高い場所から落ちるのは怖いもので、孝宏は反射的に目を瞑る。だが、床にぶつかる事はなかった。その代わりに細い糸の様なものが孝宏を受け止め、腕や首に食い込んだ。

 孝宏は糸を引きちぎらんとして、声を漏らした。



「ぐぅっ……」



 侵入者が両手に持つ糸をピンと張り、うつ伏した状態でぶら下がる孝宏を背中から踏みつける。


「う゛っぅ……」




 糸は孝宏の皮膚を破り肉に食い込み、ドロリと血が流れ出す。また、孝宏から苦し気な声が漏れた。


 巻かれた糸は碌に見えない程細いのにも関わらず、侵入者が引く力にも負けず、抵抗を続ける孝宏を締め上げた。



「……っ」



 息を呑む音と共に、孝宏の抵抗が止み



「はぁ……はぁ……」



 人形の口から震える気遣いが漏れる。

 決して声が出る程痛くないし、孝宏自身はそれほど苦しくない。糸が肉を抉ろうとも、孝宏にとっては煩わしいだけで、それ以外の何ものでもなかった。


 とはいえ、この人形はあくまでも人形であり、頭に入れられた脳()()()()()で、常に人形たちを覆っていた緑の光がないと、途端にただの死体同然になってしまうのだ。

 やろうと思えば、死体でも動かせるが動きが鈍り、それでは正にゾンビだ。


 それにだ。《必ずしもそうだとは言わんが、手札をわざわざ見せつける真似はしてくれるな》というのがタツマからの指示がある。



(もうそろそろヤバイ気がする……)



 糸が緩んだ。その代わり、侵入者の手が人形の頭と顎に宛がわれる。孝宏は咄嗟に頭を振って抵抗すると、体を仰向けに転がし侵入者の足首を掴んだ。素肌ではなく、薄い布越しだったので、おそらくは靴下のようなものだろう。

 そこで、ゴキッと鈍い音が聞こえ、孝宏の視界が横に倒れた。



(ああ、もう終わりか……)



 首を折られたら死ぬべきだ。孝宏は人形との繋がりをすべて切った。








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