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夢に咲く花 後編 53

 その次の日の昼間だった。ワットとミツハクが、ガラリと扉を開け入ってくる。


 孝宏はおや、と思った。二日ずつで交代するはずが、ワットはこれで連続三日目だ。



「あ、また変な虫が死んでますよ。やっぱりここ虫多いですね」



 ミツハクがマリーのベッドの傍に死んでいる虫を見つけ、嫌そうに零した。二センチにも満たない小さな羽虫で、この施設では頻繁に見かける虫だった。



「こんな場所じゃあ、仕方ないわよ。あちこちから入ってくるし。諦めましょう」



「私別に、そこまで虫って苦手じゃなかったですけど、こうも多いと恐怖症にでもなりそうです。ほら、王都ってここまで虫、多くないじゃないですか。自然あふれる環境って憧れてたんですけど……無理そうです」



「そう?私はそろそろ慣れてきたわ。こんな小さな虫くらい可愛いもんじゃない。私この間、外に水を捨てに行った時に、野生の鹿を見たわよ。大きくて角を振り回して……命の危険を感じたわ」



 二人の他愛もない会話に耳を傾けながら、孝宏は自分のベッドの傍らに立つワットを見て、げんなりとしていた。


 可愛らしい大きな丸い耳、濃いめのグレーの毛は全体的に短く、顔面は魔人と同じく人の顔。シルエットだけは、若干どこかの鼠を彷彿とさせるが、ミツハクやロウクにはない色気がある気がする。



(これが大人の余裕か、余裕が魅力になって色気を振りまいて…………って多分だけど絶対違う)


(くっそ。もしも俺自身が反応したらクローンは反応……しないよな。だって今繋いでるの視覚だけだし。でも本体は確実に反応する。そしてそれをタツマさんが見ると……)


(……それだけは絶対に無理だ。絶対死ぬ。恥ずかしすぎて俺が死ぬ)


(これは仕事。向こうも仕事なら、こっちも仕事……のような物。心を無にするんだ……無に、無に、ウニ、ムニ、クニ……に……ニク、クルマ、マリ……そういやマリーは大丈夫かな。俺と同じでずっと…………って、違う!無にするんだ。そうそう、ムニムニウニウニ……)


 

 とはいえだ、目を閉じるわけにもいかず、孝宏はワットの行動や周囲の様子をつぶさに観察している。しかし体を拭かれている最中、ここにはないカーテンが開かれ、孝宏はもう一方に意識を取られた。



(表の方だ)



 小さい耳の獣人の看護師がベッドの傍で何やら記録している。こちらでは医療従事者を白衣の天使などという呼び方はしない。彼らの服は全て藍色だ。



「きゃあ!」



 彼女は明らかに怯えていた。孝宏でもマリーでもなく。ドアとは反対側、つまり窓の方を凝視している。



――ガラッ――



 悲鳴を上げてからものの数秒で、部屋の扉が勢いよく開いた。



「どうした?何かあったのか?」



 入ってきた看護師が不安げに尋ねた。彼はたまたま、病室の前を通りかかった所、只ならぬ声を聞き着け心配で様子を見に来ただけだった。

 しかし、彼はすでに何があったのか、粗方予想が付いていたのだろう。顔を青ざめさせる同僚を気遣う仕草を見せながらも、視線は窓のの方をさ迷っている。



「大丈夫か?気分が悪いなら俺が変わるが……」



「窓の外から誰かが覗いていた気がして……カーテンの隙間からちらりと見えただけだし、もしかしたら、見間違いかもけど……」



「またか。これで五件目。どうやら気のせいじゃないみたいだな」



「一体何なの?やっぱり、患者の誰かを探しているって噂、本当なのかな?」



「噂はしょせん噂……だけどそう思いたくなるな。それにしたって不気味だな」



(探しているのは……やっぱり、俺たちだろうか。噂になる程に探しまくってるのだとしたら、相手方も必死ってことか……)



 表の場所がバレたのは、単に追跡されたか、所員の誰かの仕業か。孝宏は頭の中で考えを張り巡らせたが、どちらにしろ、最後に判断するのはタツマだ。



(カーテンの隙間からって、まだ見つかってないのかもしれないし、バレたかもしれない。これは早めに報告した方が良いかもしれん)



 この事を孝宏がタツマに報告した時、タツマは神妙な面持ちで頷き、しかしそれ以上何も言わなかった。

 ただ、タツマのギリリと歯を食いしばる音が、嫌に耳に付いた。




 それから数日が経った。



 その日は珍しく、マリーと孝宏、両方いっぺんに起こされた。


 タツマは時間がないと短く前置きしてから、強い口調で話し出した。



「敵側がそろそろ動き出す。私は今日中に何かあると考えている。気を引き締めろ」


「はい」


「分かりました」



 孝宏たちには知らされない何かがあったのだろうと予測はできたが、それが何なのか、詳しく聞ける雰囲気ではなかった。普段なら詳しい説明を迫る孝宏も、タツマの気迫に短く頷いただけだった。

 孝宏が大きく息を吐く。そうやって、気合を入れ直すと同時に、意識して気持ちを切り替えた。


 そんな孝宏の様子に面食らったのはタツマの方だった。

 今回も説明を求められると考え、契約を果たすだけの、簡潔にまとめられた説明文をあらかじめ作って来ていただけに拍子抜けだ。



「意外だな」


「何がですか?」


「君はもっと聞いてくると思っていたよ」


「俺だって時と場合を考えます。ゆっくり眠りたいですよね?」


「あ、あぁ……そう、だな。久しく寝ていない。期待しているよ」


「……頑張りますけど、駄目でも怒らないでくださいね」



 孝宏が気まずそうに顔を顰め、タツマはクスリと笑った。



 《分かりました》とだけ答えた後は、二人のやり取りを眺めていたマリーの、グレーの瞳が不安げに揺れ、孝宏をチラリと一瞥する。孝宏はそんな事には気が付きもせず、さっさと寝台に横たわった。


 戸惑う様子もなく、淡々とタツマの指示に従う孝宏を見て何を思ったのか。マリーは目をきつく瞑り、唇を噛みしめた。そしてもう一度目を開けた時、そこにいたのは、自信に満ち溢れる、いつものマリーだった。



「やるべき事は頭に入っているな?」



「「はい」」



「よろしい。今日が正念場だ」



 タツマが二人に対し、軽く傾ける程度に頭を下げた。



「頼む」



 まだ、寝台の上で座っていたマリーは、頭を下げるタツマを両目でしっかり見ていた。タツマの思いは察するに余りある。


 マリーはここに来て、ヒーローがどういう者をいうのか、よくわからなくなってきていた。

 ヒーローに固執する心も、あの火事の中で燃えて消えてしまった。自分が信じて来たものがなくなり、マリーは途端に不安を覚え、孝宏はどうするのか。孝宏ならどう動くのか、無意識の内に考えていた様に思える。


 ただ、この数日で思い出した事もあった。初めにヒーローに憧れた、その根源が何だったのか。その根源と孝宏が重なって見えた事だけは、決して誰にも言うまいと心に決めている。



「全力を尽くします」



 マリーは人形との繋がりを深くするべく、目を閉じた。








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