夢に咲く花 後編 50
タツマは孝宏とマリーを部屋の奥へ案内した。ここは所員の誰も入れない部屋だと、タツマは言った。
「え?」
「これ……」
部屋の中央に置かれていた物を見て、孝宏もマリーも言葉をなくした。絶句する二人に対し、タツマが自嘲気味に笑う。
「これは作戦に必要な君たちの人形だよ。賞賛されない過去の遺物だけれどね。忌々しい事に、こうして役に立ってしまった」
奥の部屋の寝台に寝かされていたのは、孝宏とマリーにそっくりな、布を被せられただけの人間、いや、人間にそっくりな物だった。
それが二体ずつ。まるで双子の様に、それぞれ並べられている。
タツマが人形と表現したそれは、地球でいうところのクローンといえるだろう。タツマの前任の所長が解雇される原因となった技術だ。
前任の所長は違法な人体実験を繰り返し、人工生命体を生み出す技術をほぼ完成させていた。関わった所員ともども解雇になったが、技術自体はこうして保存されていたというわけだ。
今回の作戦を遂行するにあたり、タツマが独断で引っ張りだし完成させた。一人で準備を進め、ある程度まとまった所で、宮廷魔術師長であるアベルを巻き込み、アベルが上層部を説得した。
それでも作戦の全てを知るのは上層部の中でも、その上澄みの一部の人間だけだ。
「君たちの細胞から作られた人工生体。理論上は脳が入れば動くし、これの内臓を君たちに移植するのも可能だ。つまり、脳が入っていない以外は、君たちと全く同じものだよ」
タツマが言った通り、寝台の上に寝かされている物は、髪型から爪の形まで、二人にそっくりだった。
人形のはずなのに、触れればほんのり温もりを感じるのは、それらを包み込む緑色の光が、脳の役割の一部を担っているからだ。
「うげ、俺がもう一人……じゃない。もう二人いる」
「私、たまに異世界にいるんだって、思い知らされるのよね」
「……たまにだけか?」
魔術だけでも十分異世界気分を味わっているはずなのに、こうした価値観の違いもまた、二人に自分たちが異質であることを思い出させた。
気持ちが悪いと言いつつも、孝宏もマリーも自分たちのクローンに興味津々だった。
「う、動かな……い?」
「今は脳が入っていないからな。安心しなさない」
孝宏は自身のクローンの肌に触れ、髪の毛を恐る恐る引っ張り、閉じている瞼を持ち上げる。
(本当に似てる……あ、これ腹の痣ないんだな)
「君たちから見て合格か?」
「そっくり過ぎて気味悪いです」
孝宏が正直に感想を述べる。
「君は本当に正直だね。でもそれなら大丈夫そうだ」
作戦当日はこれと孝宏たちの感覚を繋ぎ、表と裏それぞれから運び出す。もちろん、運搬に関わる全ての人間にも、これが身代わりである事は秘密にされる。
運び出された人形はエサだ。内部に潜む敵の間者を炙り出す為の道具だ。
既にある程度、可能性のある者を絞り込み、表と裏に振り分けてある。あとは、実際にこれと孝宏たちを繋ぐだけだ。
「でも、裏と表から同時に運ばれたら、少なくともどちらかが偽物とバレるのでは?」
マリーの疑問にタツマは詰まらず答えた。
「時間をずらす。それに当日、所員は全員が自室待機の上、他との接触を一切禁止する予定になっている。運んでいる本人同士も接触は禁止するつもりだ。他と接触できないのであれば、もう一つあると知りようがないからな」
その状況で外と、或いは誰かと接触を計ろうとすれば、その者こそ怪しいという事だ。
ならば、他と接触しなければ、間者はいないという事になるのか。マリーの疑問にタツマは渋い顔で首を横に振った。
「忘れているのかもしれないが、火事の時、魔術妨害が行われていたんだ。あれは研究所内にいなければできない」
「そう……でした」
「残念だが、中に敵がいるのは間違いない。だからこそ、ここまで君たちに話した」
「どういう事です?」
孝宏はタツマとの間に交わした契約が故であると思っていた。マリーの手前、はっきり声に出すのも憚れて、首を傾げた。
「君が思うのももっともだよ。一度ここに敵が入り込んでいる以上、完全に信用するのは無理だ。私にはね。だからね、人が足りてないのさ。で、君たちは敵でないのが解っているから、しっかりと働いてもらおうと……そう思ってね」
「なるほど……」
この作戦はどれか一つでもミスをすれば、計画はたちまち破綻するだろう。その為、作戦は必要最低限の人員のみで決行される運びとなっている。
唯一の不安要素が、魔術をかき消してしまう孝宏の凶鳥の兆しだ。
「さあ、明後日までにはこれと魔術で繋がって且つ、問題なく操れるようになってもらうぞ」
その為に、睡眠を削ってまで時間を作ったのだから。タツマがにっこり笑った。




