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夢に咲く花後編47


「ご苦労だったな。もう起きて良いぞ」



 タツマの指示に、孝宏は目を開けた。

 そこは薄暗く、寝台が二つ置いてあるだけの質素な部屋だった。


 ここにいるのに、ここにいないような、体と脳が別々になってしまったような。そんな不思議な感覚が、まだなくならない。

 孝宏は目に違和感を感じ、頻りに瞬きをして、頭を軽く振った。



「どうだった?()()()()()()?」



「最後まで途切れることなく見えましたよ。でも……」



「でも、何だ?」



「特に何もわかりませんでした。すみません」



「まあ気にするな。何が必要な情報化どうかは、こちらで判断する。君たちは見えた事をすべて報告してくれれば良い」



「それなら……」



 実は、孝宏とマリーはまだ研究施設内にいる。二人とも朝からずっとこのベッドの上で、一歩たりとも移動していない。

 では外で、正面門と裏口からそれぞれ出て行った孝宏とマリーは一体誰だったのか。


 それは前々日の事だった。





 孝宏がお昼を食べている最中に、タツマはやって来た。トルティーヤによく似たそれを大口で頬張った直後の事だ。


 ドアがノックされ「昼飯の最中にすまないね」言いながらタツマが部屋に入って来た。

 


「具合はどうだい?」



「モキュモキュモキュモキュモキュ……」



(それは、少なくとも俺よりもこの人に似合う言葉だよな)



 彼女は一目で解る程度に草臥れていた。

 目の下には隈ができ、服の上から羽織る白衣は皺だらけ。けれど不思議と表情には覇気があり、眼光がギラリと光る。

  カダンが言った通り、忙しかったのだろう。孝宏は素直に思った。



「モキュモキュモキュモキュモキュ……」



 孝宏たちのソコトラからの旅路は、街道を進む一般的なものではなく、山の中を強行突破した形になる。それ故に簡易食が多く、町に着いてからも蜘蛛やゾンビやらで、孝宏にとってまともな食事は今や貴重だ。

 孝宏はどうせ誰も見ていないのだからと、意地汚く口いっぱいに頬張り、お世辞にも綺麗とは言い難い。今も口いっぱいに頬張った食事がなかなか飲み込めないでいる。


 なので孝宏は口で言えない分、目で訴えようとした。

 タツマにしっかり視線を合わせ、自分は元気で且つ現状に不満を持っている事を訴える。


 タツマも目を瞬き孝宏を見つけ返していたが、やがて堪えきれなくなり、吹き出すように笑い出した。咄嗟に口元を手で覆い、隠し咳払いで誤魔化す。



「モキュモキュモキュモキュモキュ……」



 突然入ってきて笑うとは失礼な人だな、と孝宏は思った。けれどもそんな事はおくびにも出さない。ようやく全て飲み込むと、コップの水を一口飲んだ。



「…………はい。すこぶる健康です」



 タツマは目を細め、ニヤリと笑った。



「そうか。何処かに痛みや吐き気などは……」



 タツマはテーブルの上に乗せられた、いくつかは空になった皿に目を落とすと、肩を竦めた。



「これだけの食欲があるなら、さほど心配はいらんな」



「あの、そんな事より、俺いつまでここにいなくちゃいけないんですか?」



 孝宏は意識してグッと眉間に皺を寄せた。


 気も大きく持たなければと思った。ここで押し負ければ、この後も良い様にされるだけだろう。契約を交わした以上、自分の権利は堂々と主張すべきだ。


 これまでことなかれ主義を貫き、何とかなってきた。それ故に、受け身では決していられない状況に追い込まれ、決して楽ではない選択は、孝宏を酷く緊張させた。

 ごくりと喉を鳴らす。

 孝宏の緊張感など、まるで気付かないと言った風に、タツマは飄々としている。



「ああ、そうだ。その事なんだ。火急の事ゆえ悪いとは思うが、明後日には別の病院に移ってもらう事になった」



「……どうしてですか?」



「君らの検査結果だけど、正直な所あまり思わしくない。火事の影響か、それ以外の事が要因かは、まだ判断が付かないから何とも言えないが。詳しく調べないといけなくなったんだよ」



「調べるって、ここではできないんですか?」



「ここは魔術を研究する施設であって、病院ではない。できる事には限界がある。だから今から少しだけ、君らの体組織を採取してもう一度検査をしたい。その結果を持って別の病院に行ってもらう事になっている」



「もう一度検査って!なんで……」



「悪いんだけどね」



 タツマは孝宏の声を遮り、威圧的に低い声で言った。



「少し静かにしてくれないか?こちらは火事の後始末や、君らの転院の件であまり寝ていないんだよ」



 タツマが寝ていないというのは嘘ではない気がした。タツマは本当に草臥れていたし、真っ赤に充血した目はくっきりと隈ができて具合が悪そうだ。



「大変なのは解るけど、説明がないのは、け、契約違反だと思うんです!」



(ここは負けるわけにはいかない)


 

 魔術で縛られた契約を交わした以上、守る義務が両名にあるのだ。

 子供だろうと大人だろうと関係なく、牙は無情に振るわれるのだから、身を守る盾は、己自身でしっかりと握らねばならなかった。

 地球でなら大人が、親がしてくれる事を、自分でしなければいけないのだ。



「解っているとも……」



 タツマから見れば、孝宏の精一杯の虚勢は実に可愛らしかった。

 それだけで終われば何ともやりやすかっただろうが、交わした契約は強制的な拘束力を持ち、その時はどうとでもなると思っていたが、今や、作戦に支障が出そうで実に煩わしい物となっていた。

 タツマはベッドに座る孝宏の肩をだき、耳元に口元を寄せた。タツマと体が密着し生暖かい息が耳にかかる。



「ここからは極秘事項だ。一緒に来てもらう」



 タツマがそう言っている内にだ。孝宏はケバブによく似たそれを、残りすべて大口で頬張った。



「モキュモキュモキュモキュモキュ」



 口の中に入れてしまえば、後はいいと言わんばかりに、孝宏はベッドから降りて立ち上がった。もちろん口の中に頬り込んだ昼食はまだ飲み込めていない。


 ベッドを挟んで二人は視線を交わす。


 孝宏としては、今すぐにでも良くつもりで立ったのだが、頬を膨らませたまま目だけはキリっとする孝宏の姿に、タツマは遠い日の記憶が刺激され堪えきれず笑い出した。



「は?……ハ、ハハッアハハッ……」



「モキュモキュモキュ……」



(さすがに人前でやる事じゃなかったか。いやでもそんなに笑わなくても……)



 孝宏の不満が顔に出た。それに対し、タツマは笑いながら謝罪した。



「いや、すまない……っんというか懐かしい感じがして…………クッ……フフフ……」



 何をさておき、切り替えが早いというのは、孝宏の良いところでもある。孝宏は普通に笑うタツマを素直に綺麗だなと思った。



(しっかし、こうして見ると綺麗な人だよな。俺よりはかなり年上っぽいけど、全然綺麗だし格好いいよな……)



「モキュモキュ……ゴクン」



「行儀悪くてすみません」



「いや、昼食時に尋ねたのは私なんだ。気にするな。それでは良いか?」



「はい」



「こちらに来なさい」



 タツマが孝宏を引き寄せた。肩が触れ合い、握られた手に力が籠る。孝宏は照れくささから眉間に皺を寄せながらも、口元はにやついている。



「では行こうか……」



「…………」



「…………」



「あの……」



「………………君のせいだな」



「何でですか!?」



「君の力、他者の魔術を受け付けないのだろう?この感じだと、多少本気を出せば何とか出来そうだが……転移魔法は問題が起きた時が怖いからな。仕方ない。ストレッチャーを用意しよう。君は具合が悪そうにしていろ。できるな?」



「は、はぁ」



「返事は、はいだろう?」



「はい!」



「よくできました」



 タツマは幼子にするかのように、孝宏の頭を撫でまわした。


 優し気な表情に滲み出る寂しさが自身の母と重なり、孝宏は意外だなと思った。



(最後、顔も見てないんだよな……)



 異世界に落ちてしまったあの日。


 最高の一日になると、胸を高鳴らせていたあの日。母は孝宏を後ろ向きで手を振って見送った。


 こんなことになるならちゃんと挨拶をして出かけるんだったなと、今更後悔する。


 いつも同じ明日があるわけではないのに。今なら知っているのに。






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