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夢に咲く花後編46

 時間を少しばかり遡る。


 ソウダイたちが丁度、結界の中でストレッチャーを構え、結界の中で汗水流している頃、ワットとミツハクとロウクは所長室にいた。


 孝宏とマリーの移送を理由に、必要最低限の人員を覗き、今日は終日全職員が室内で待機するよう命令が出ており、いつ行われるか、誰にも明らかにされていなかった。なので、三人は緊張した面持ちでタツマと向かい合っていた。



――コンコンコン――



 タツマが指先で机をノックした。すると足元に魔法陣が現れ、タツマと三人は、一瞬ぐにゃりとずれる感覚と浮遊感に襲われ、次の瞬間には在らぬ場所へと転移していた。


 暗がりのさほど広くない部屋。天井がやや引くく息苦しさを感じる。少しかび臭いが立ち込め、決して衛生的とは言えないその場所に、ストレッチャーが二台並べ置かれていた。そこには何者かが寝かされているはずなのに、ピクリとも動かず、部屋の雰囲気もあってか不気味さを醸し出している。


「患者を二人、病院まで送り届け欲しい。これは重大な任務だ。よろしいか?」


 患者?ならばこれはやはり……三人の心の中に例の二人が思い出され、選ばれたのだと、そんな考えが思い浮かぶ。


 ロウクはタツマを信頼していたし、タツマからの信頼を勝ち得ていると信じていた。もちろんそれはミツハクもワットも同じだ。重大な任務を任されていると思えば、三人の表情もキュッと引き締まり背筋が伸びた。


「ここを出てまっすぐ言った突き当りに、秘密裏に新たな出入口を設けてある。扉を二回、間を開けてもう一回叩け。外に迎えが来ている。パーヴェルを待っている、と言うから、もう実を付けた、と答えろ。外に出たら、迎えの者に付き従え。戦闘行為が行われる可能性もある。気を引き締めて行け」



「「「はっ」」」



「それから、重要な事を一つ。出入り口には何重にも結界が展開されている。そのストレッチャーから手を離して触れると、電流が流れる仕様だ。決してストレッチャーから手を離すな。死ぬぞ?聞こえたな?」



「「「はい!」」」



 ガコンと鈍い音が室内に響き、三人の背後の壁が、外に倒れるようにゆっくりと開く。薄暗い室内に光が差し込み、タツマは真っ赤に血走る目を細め、腕を組んだ。ワットを先頭にストレッチャーを押し、現れたスロープを昇っていく三人を、まるで睨み付けている様にも見える。


 昇り切る前、三人の背中を睨み付けながら


「頼んだぞ」


 タツマはぽつりと零した。




 地下室を出た所で、木々の間から壁が見えた。ワットが先頭でストレッチャーを引き、真ん中でロウクが前後のストレッチャーを支えつつ、ミツハクが一番後ろで押しながら、林の中、事前に整備された歩道を苦労なく進む。


 外壁にはタツマの言った通り扉があった。目立たないよう壁と同系色で、ストレッチャーが一台通れる位の幅しかない。



――コンコン……コン――



 ワットが扉を叩いた。



「パーヴェルを待っている」



 やや遠く、くぐもった様な、落ち着きのある高めの声が聞こえた。


「もう実をつけた」


 ワットが言われた通りにと答えると、ドアノブが回され、ゆっくりと、慎重に扉が開かれた。


扉を潜る時、ワットはゴクリと喉を鳴らした。ストレッチャーを引く手に力を入れ、ガタガタ音を立てながら外へ出る。何事もなく無事に外に出られた事に安堵し、溜息を吐いた。それから待ち構えていた、木目がむき出しの大きな馬車を見てなるほどと思った。

 研究所や王宮に出入りする業者の車だ。何の装飾も施されていない様に見える外見は特徴で的で、町中を走っていてもこの上なく目立つ馬車だ。しかし、ストレッチャーを二台乗せれる車としては都合よく、これ以外の車はもっと目立つ羽目になるだろう。


「ご苦労だったな」


 扉に隠れていた人物が現れ、ワットは息を呑んだ。他の二人も同様にその人物を見ると、硬直し一瞬小さく震えた。

 三人が敬礼の姿勢を取ったのを、その人物は片手で静止する。 


「時間が惜しい。挨拶は結構だ。さっそくだが、確認したい。布をめくってくれ」



 彼らが緊張するのも頷けた。彼女は全く予想外の人物だったのだ。国王直属部隊、宮廷魔術師団の団長、ザクトロウ・アベル。決してこんなところに、直接来るような人物ではないのは確かだ。


 ロウクが孝宏の、ワットがマリーの布を捲る。



「良し、戻せ」



 再び布が顔を覆い、ガラガラと音を立て、ストレッチャーを二台横に並べる。アベルが感情を映さない目でそれらを一瞥する。


 ワットは生きた心地がしなかった。冷たい目の奥の何かを感じ取り、鼻下から伸びるヒゲが引くつく。隣に立つロウクも明らかに緊張した様子で、何度もストレッチャーを握り直している。


 外に引き継いで終わりじゃないのか。ワットの脳裏にこんな疑問が浮かんだ。誰もいないのだ。馬車の御者席にも周囲にも誰一人、アベル以外は誰もいない。


「車に乗せろ」


 アベルの有無を言わさない命令に、三人ともが速やかに行動した。ワットが車の扉を開け、スロープを出し、ロウクとミツハクがストレッチャーを押して中へ入れる。


 押して二人を中に乗せたまま、扉がアベルによって閉められた。


「お前は御者席に、私の隣だ。上からこれを着ろ」


 アベルが差し出したのは、ワットも良く知る業者の制服だ。よくよく思い返せば、確かにタツマは病院に送り届けろと言っていた。ならば、これは所長命令と何も違わない。



 ワットは意を決したように、短く返事を返すと、制服を受け取った。

 




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