夢に咲く花後編44
「でも本当にあの女の人が侵入者なのかな、とは思ってます」
「どういう事?外国出身で、あの火事の時一人だけ魔法使って、一気に英雄になんて出来過ぎよ。罠だって方がしっくりくる」
モモはゆっくり頷いたが、その後でもと続けた。
「敵の間者なら目立ちすぎだと思うんです」
隠密という言葉があるくらいだ。
通常、間者活動とは悟られぬよう行われるものだ。長期にわたって英雄へと昇りつめたのなら、信頼を一緒に勝ち取る事も可能だろうが、ただでさえ国内が緊張している現状で、目を引く行為は逆効果になりえるのだ。
それでいけば、マリーたちの行動はその真逆をいく。外国の訛りで、アノ国ではまだ一般的でない燃料車に反応し、絶体絶命の状況を、誰にも使えなかった魔術で切り抜けた。全く溶け込めていないし、この上なく目立っており、あらぬ疑いをかけられる始末だ。
もしも彼らが、或いは彼女が間者なら、このままでは作戦の成功は難しいだろう。
「誰かが彼女に、注目を集めていると考える方がしっくりくるんです。それに、食堂で彼女を一度見かけたんですけど、私、以前聞いたことあるんです。彼女の訛り。地方の方言か何かで。ほら、私元々商会の出なので。地方に買い付けに行ったときに……どこだったかな……」
モモは顎に手を当て考え込んで言った。モモの意見にセイヤや他の面々もハッとし、一様に目を見張っている。
彼女の話が本当なら、間者は外部から来た人間に目を向けさせる必要がある人物だ。誰がだって、少なくとも一度は考え、決して触れなかった点だ。
「そうだ。思い出しました。あの子の訛りは南部の訛りに似ているんです。あそこは貿易が盛んだから。だから言葉の感じも独特なんですよ……その、私の印象で……ですけど」
「え?じゃあ、外国人かどうかも怪しいって事?」
「いえ!そこまでは言えませんが…………」
「そういえば、誰があの子を外国人だって言ったんだっけ?」
そう零したのはミツハクだ。いつもの彼女とは違う喋り方。思わず口から零れてしまった独り言のようだ。
全員が、互いに視線を交わしていたが、必然的というべきか、セイヤに視線が集まった。セイヤがたじろぎながら言った。
「私はメットから……」
「待って、俺は食堂でそう話している人がいたから、話題に出しただけで俺が言い出したんじゃないって」
「食堂?まあ、それならありえるか」
「……確か燃料車の話をしていたんだよ、その人たち。その中で外国人じゃないかって……それだけ。俺も彼女を見かけたから喋ってるの聞いたけど、ちょっとだけだし、それが外国の訛りかどうかなんて解るわけない。それならワットとか一緒に帰ってきたメンバーの方が良く知っているだろう?訛りとか、人となりとかさ」
火事があった日の朝。所長の客人たちは、食堂で一際目を引いていた。見慣れない連中が楽し気に会話をしているのだ。否応なしに目立っていたのは事実で、それを覚えている者も多い。ワットが言う通り、彼女が訛っているのを知っている人物は少なくないだろうし、更に言うなら一緒に帰ってきたメンバーは間近で聞いている分、はっきりと覚えているはずだ。
「いやいや、待て待て……」
このままでは噂を流した犯人にされかねないと、それまで静観していたソウダイが口を挟んで止めた。
「そもそも彼女が外国出身だって話は、訛っているからじゃなかったはずだ……」
そういえば、とミツハクが言った。
「そうでしたね。確か外国語を話していたとか……」
ワットはハッとした。あの時、所長の客人たちに最後まで付き添っていたのは一人だ。その彼女が興奮して、その時起こった出来事を話していたのを思い出したのだ。
「ロウクよ。ほら、あの人所長のお客さんを最後まで案内してた。その時に、燃料車を一目見て言い当てたって言って、民間人では言い当てた人いないから興奮してた。確か外国語を呟いていたから……彼女の出身国でも燃料車を作っているんだろうって……彼女、外国に精通しているの。それで同行者の……一人に、選ば…………」
つい勢いで言ってしまったが、とんでもない事を口にだしてしまったのではないか。ワットは只ならぬ雰囲気を察し、口を閉じた。お互いに探る様な視線を交わす。
「じゃあ、この噂、発端は……ロウクさんって事ですか?」
モモがはっきりと言ってしまったのは、単に素直なだけだと、他の皆は知っていた。
部屋中を嫌な空気が満たし、正体不明の流れがこの場を支配していても、実際に判断し、決断し処分を下すのはこの場にいる誰でもないのだ。無意味であると、誰もがを明言を避け口を閉ざす中、ミツハクだけが否定的な言葉を零し首を横に振った。
「まさか、ロウクが?嘘よ……」
重い沈黙が落ち、誰ともなく、逃げるように作業を再開させた。
カダンたちの元に、孝宏とマリー、二人の容態が急変したと連絡があったのは、夜も明けきらぬ朝方の事だった。